第54話 もしあの時
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
文化祭に向けて、新曲作りを進めるDIGITAL FANTASY。
そして今回、徹は人生で初めての作詞に挑戦します。
恋愛の歌はどうにも自分らしくない。
では、自分だから書けるものは何なのか。
考えた末に浮かんだのは、
『もしあの時』
という言葉でした。
人生で初めて歌詞を書く。
そう決まったものの、いざノートを開いてみると、思っていた以上に何も浮かばなかった。
机の上には鉛筆と消しゴム。それから、何度も書いては消した跡で少し毛羽立ったノート。
最初に思いついたのは、ありがちな恋愛の歌だった。
好きだとか、会いたいだとか、君しか見えないだとか。
そこまで考えたところで、俺は鉛筆を置いた。
「……無理だな」
自分で書いておいて、自分で恥ずかしくなる未来しか見えない。
そもそも俺は、そういう言葉を真正面から並べられる性格じゃない。
じゃあ、何なら書ける。
椅子にもたれ、天井を見上げる。
作詞なんて簡単だと思っていたわけではない。それでも、曲を作るより言葉を並べるだけなら何とかなるだろうと、どこかで甘く考えていた。
実際は逆だった。
自分の中にあるものを言葉にしようとすると、途端に難しくなる。
俺はこれまで、どんなことを考えて生きてきた。
そう考えたとき、ふと前の人生が浮かんだ。
黒沢恒一として生きた五十年以上。
あの人生では、何度も選んだ。
やるか、やらないか。
言うか、黙るか。
続けるか、諦めるか。
そして後になってから、あの時は違う方を選べばよかったと思ったことも、一度や二度ではない。
人生は選択の連続だ。
正解だけを選べる人間なんて、たぶんいない。
俺なんて間違いまくった。
だからこそ、死んだあとにもう一度人生が始まったとき、今度こそ間違えないようにしようと思った。
未来を知っている。
前の人生の経験もある。
だったら今度は、もっと上手く生きられる。
そう思っていた。
けれど最近は、少しだけ考え方が変わってきた。
間違えたからこそ、分かったこともある。
遠回りしたからこそ、今度は違う道を選べる。
そして何より、今ここにいる俺は、黒沢恒一の人生がなければ存在しない。
鉛筆を手に取る。
ノートの一番上に、ゆっくりと書いた。
『もしあの時』
悪くない。
そこからは、さっきまでの苦戦が嘘のように少しずつ言葉が出てきた。
もしあの時。
違う道を選んでいたら。
もしあの時。
あの一言を言えていたら。
きっと今とは違う場所にいた。
けれど、違う道を選んだ自分は、今の自分ではない。
何度も書き直しながら、言葉を削っていく。
未来の歌詞なら、いくらでも知っている。
けれど、それを借りるつもりはなかった。
これは俺たちの曲だ。
だったら、俺の言葉で書かないと意味がない。
翌日の放課後。
「できた」
俺が一枚の紙をテーブルに置くと、四人が集まってきた。
「もう?」
春子が真っ先に手を伸ばす。
「昨日まで全然だったじゃん」
「昨日の夜、急に浮かんだ」
達也が春子の肩越しに覗き込む。
「タイトルは……『もしあの時』?」
「うん」
こずえも隣から静かに紙を読む。
春樹だけは少し離れた位置で待っていたが、春子が読み終えるとすぐ紙を受け取った。
しばらく、誰も何も言わなかった。
思ったより長い沈黙だった。
「……何か言ってよ」
さすがに落ち着かなくなる。
最初に顔を上げたのは達也だった。
「徹」
「何?」
「お前、何歳だっけ」
「十四」
「だよな」
達也はもう一度歌詞を見る。
「これ、十四歳が書く?」
「何が」
「人生の選択とか、間違えた道とか。お前、どんだけ人生に疲れてんだよ」
「失礼だな」
春子も口元を押さえて笑っている。
「でも、ちょっと分かる」
「何が?」
「中学生っぽくない」
「じゃあ駄目?」
「駄目とは言ってないよ」
春子はもう一度歌詞へ目を落とした。
「私は好き。なんか徹っぽいし」
「それ褒めてる?」
「半分くらい」
「半分かよ」
こずえが紙の一部分を指でなぞる。
「……ここ、好き」
「どこ?」
「間違えてきたから、次の道を選べるってところ」
こずえはそれだけ言うと、少し照れたように視線を落とした。
春樹はというと、最初から最後まで無言で読んでいる。
「後藤くん?」
春子が覗き込む。
「今、頭の中で曲に合わせてる」
「もう?」
「ここ、音数が一つ多い」
「え」
春樹が紙を指さした。
「この行。今のメロディだと一音余る。でも、その前を少し伸ばせば入る。あとサビの『もしあの時』は頭から入れた方が残ると思う。そのあと一回落として」
「ちょ、ちょっと待って」
春子が笑う。
「また速くなってる」
春樹はそこで口を閉じた。
「……ごめん」
「音楽の話になるとほんと変わるね」
達也が面白そうに笑う。
俺は春樹が指摘した部分を見た。
「直した方がいい?」
「歌ってみないと分からない」
「じゃあやってみよう」
春樹がマイクの前に立つ。
俺はキーボードへ向かい、春子とこずえも楽器を構えた。達也がスティックを軽く打ち合わせる。
「最初からいくぞ」
俺が鍵盤を鳴らした。
イントロが部室に広がる。
春子のギターが重なり、こずえのベースが下から支える。そこへ達也のドラムが入った。
そして春樹が歌い始める。
自分で書いた言葉が、他人の声になって聞こえてくる。
妙な感覚だった。
昨夜、一人でノートに書いていたときには、ただの文字だった。
それが曲に乗った瞬間、まるで別のものになる。
もしあの時。
違う道を選んでいたら。
春樹の声を聞きながら、俺は鍵盤を弾いた。
頭に浮かぶのは、黒沢恒一として過ごした時間。
そして、長浜徹として過ごしている今。
春子が隣でギターを弾いている。
達也が後ろで楽しそうにドラムを叩き、こずえはいつもの静かな表情でベースに集中している。
春樹の歌声が、その真ん中を通っていく。
前の人生で、俺は何度も間違えた。
でも。
その全部がなかったら、今この場所にいる俺もいなかった。
曲が終わる。
最後の音が消えるまで、誰もすぐには動かなかった。
やがて春子がギターから手を離す。
「……いいじゃん」
達也も大きく息を吐いた。
「うん。俺、結構好きだわ」
「結構って何だよ」
「かなり寄りの結構」
「分かりにくい」
こずえが小さく笑う。
春樹は歌詞を見ながら言った。
「ここだけ少し直したい。でも曲としてはかなりいいと思う」
「じゃあ選考、いけそう?」
春子の問いに、春樹は少し考えてから頷いた。
「仕上げれば」
「よし」
春子が拳を握る。
そのあと、彼女はふと俺を見る。
「でもさ」
「何?」
「徹って、そんなにやり直したいことあるの?」
指が止まった。
一瞬だけ、答えが遅れる。
「……誰にだってあるでしょ」
「十四歳で?」
「年齢は関係ないよ」
「ふーん」
春子がじっと俺を見る。
「やっぱり徹って、たまに中学生っぽくないよね」
「中学生だよ」
「見た目はね」
「見た目も何も全部中学生だから」
達也が笑い出す。
俺も笑いながら、もう一度鍵盤に手を置いた。
二週間後には部内選考がある。
まだ直すところは残っている。
演奏も、歌も、もっと合わせないといけない。
それでも、一曲になった。
五十年以上生きて、初めて書いた歌詞。
間違いまくった人生から生まれた歌。
タイトルは、『もしあの時』。
次は、この曲を文化祭のステージまで連れていく番だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
DIGITAL FANTASY初の歌入りオリジナル曲『もしあの時』。
人生は選択の連続。
間違えて、遠回りして、「あの時こうしていれば」と考えることもある。
それでも、そのすべてを通って今の自分がいる。
黒沢恒一として一度の人生を経験した徹だからこそ書けた歌になりました。
ただし、周りから見れば十四歳。
「これ、中学生が書く?」
当然のツッコミも入りました。
そして自分の書いた言葉を春樹が歌い、春子、達也、こずえの演奏と重なったことで、ようやく一つの曲になった『もしあの時』。
次はいよいよ、文化祭への出演をかけた部内選考です。




