第49話 未来の音に声が乗る
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
春樹と音楽の話をするようになった徹。
今回は、そんな春樹を軽音部へ連れていくことに。
一年間、四人でインストバンドとして活動してきたDIGITAL FANTASY。
そこへ、思いがけない「声」が加わります。
そして徹も、久しぶりに未来の音で少し遊んでみることに。
七月に入り、夏休みまであと少しとなった。
期末テストが終わったこともあって、学校全体がどこか浮ついている。窓の外では蝉が鳴き始め、教室には湿った夏の風が入り込んでいた。
そんな中、俺は後藤春樹と話すことが増えていた。
きっかけはテストだったが、今では勉強より音楽の話をしている時間の方が長い。
「だから、この前言ってたキーボードの音なんだけどさ。長浜くんが使ってるのって」
「後藤くん」
「何?」
「昼休み終わるよ」
時計を指差すと、春樹が慌てて自分の教室へ戻っていく。
音楽の話になると、本当に止まらない。
だったら一度、実際に見せた方が早い。
そう思った俺は、その日の放課後、春樹を軽音部へ連れていくことにした。
「ここ」
「入っていいの?」
「見学くらい大丈夫だよ」
部室の扉を開けると、すでに春子たちが来ていた。
「あ、後藤くん」
ギターを抱えていた春子が顔を上げる。
「本当に来たんだ」
「……うん。長浜くんに誘われて」
この前よりはマシだ。
それでも、俺と二人で話している時より明らかに声が小さい。
「こっちは田崎達也。ドラム。あっちが田中こずえ。ベース」
「よろしく」
達也は人懐っこく手を上げた。
こずえも軽く頭を下げる。
「……よろしく」
女子が二人いるせいか、春樹の肩にはまだ少し力が入っていた。
「後藤くんって音楽好きなんだよね?」
春子が聞く。
「まあ……好き」
「この前もそれくらいしか喋らなかったよね」
「……」
春樹が俺を見る。
助けを求められても困る。
「音楽の話を振れば、そのうち止まらなくなるよ」
「長浜くん、余計なこと言わなくていいから」
春子が面白そうに笑った。
俺はキーボードの前へ座る。
「せっかくだから、聴いてみる?」
「いいの?」
今度は春樹の声が少し弾んだ。
春子がギターを構え、こずえがベースを肩に掛ける。達也がスティックを鳴らして合図を送った。
俺たちDIGITAL FANTASYは、もう一年近く四人で演奏している。
本来はボーカルも入れるつもりだった。
ところが、駅前商店街の夏祭りに出演することが急に決まり、探している時間がなくなった。そのまま四人でステージに立ち、気づけばインストバンドとして活動を続けてきた。
それはそれで楽しかった。
四人だからこそ作れる音もある。
ただ最近になって、達也が何度か口にするようになっていた。
「そろそろボーカルいてもよくね?」
春子も同じらしい。
「インストも好きだけど、一年やったしね。歌のある曲もやってみたい」
こずえも反対はしていなかった。
俺自身も、そろそろ違うことをやってみてもいいと思い始めていた。
とはいえ、誰でもいいわけじゃない。
そんな話をしたところで、結局ボーカルは決まらないままだった。
達也がカウントを取る。
演奏が始まった。
俺は鍵盤へ指を走らせる。
春子のギターが重なり、こずえのベースが低音を支え、達也のドラムが全体を押し出していく。
一曲終えると、春樹はしばらく何も言わなかった。
「どう?」
春子が聞く。
「……今の、長浜くんが作ったの?」
「元はね。みんなで変えていったけど」
「途中のコード、変じゃない?」
「変?」
「悪い意味じゃなくて!」
そこからだった。
「普通ならそのまま繰り返すところで変えてるし、キーボードもロックの使い方じゃないっていうか、それなのに桐谷さんのギターとぶつかってないし、ベースも途中から」
「ちょっと待って」
春子が目を丸くする。
「後藤くん、そんな喋る人だったの?」
「だから言ったでしょ」
「長浜くん!」
達也が腹を抱えて笑う。
こずえまで口元を緩めていた。
でも、春樹の反応を見ているうちに、俺もだんだん楽しくなってきた。
そこまで食いつくのなら、もう少しやってみたくなる。
「じゃあ、これは?」
もう一度、鍵盤に指を置く。
最初は、この時代でもそれほど違和感のない音から始めた。
そこから少しずつ変えていく。
俺の頭の中にある音楽の記憶。
サザンからミスチルへ。
さらに時代を飛ばしてRADWIMPS。
曲の展開を速くし、静と動を短い間隔で切り替える。
「……ん?」
春樹の眉が動いた。
気づいたな。
だったら、もう少し。
今度は米津玄師を思い浮かべながら、メロディの区切り方を崩していく。言葉を乗せる場所が簡単には読めないような、独特の譜割り。
もちろん、実際の曲をそのまま弾いているわけじゃない。
そんなことをしたら反則だ。
あくまで俺の記憶に残っている、未来の音楽の感覚を借りているだけ。
1991年から一気に三十年先。
さて。
これはどう聞こえる?
「待って待って!」
春樹が声を上げた。
思わず笑いそうになる。
「何?」
「何じゃないよ! 今の何?」
「適当に弾いただけ」
「絶対適当じゃない!」
「長浜、もう一回!」
今度は春子まで食いついた。
「どこ?」
「今、急に変わったところ」
「分かんないよ」
「歌おうとしたら置いていかれそうなとこ!」
「ああ、そこね」
「分かるんじゃん!」
面白い。
予想以上の反応だった。
達也も途中からドラムを合わせ始め、こずえは何も言わずベースで俺の音を追いかけてくる。
春子もギターを重ねた。
最初はバラバラだった音が、何度か繰り返すうちに少しずつまとまり始める。
「これ、歌入れるの無理じゃない?」
春樹が言った。
「やってみれば?」
「俺が?」
「音楽好きなんでしょ」
「それとこれとは別だよ!」
そう言いながら、春樹は耳で音を追っている。
その前に一度、試してみることになった。
達也が最近流行っている曲のリズムを叩き始め、春子がすぐに合わせる。
「あ、それ知ってる」
春樹が小さく口ずさんだ。
俺も鍵盤を合わせる。
数小節。
そこで俺は春樹を見た。
うまい。
音程が安定しているだけじゃない。
声がいい。
目立ちすぎないのに、楽器の中へ埋もれない。
春子も同じことに気づいたらしい。
演奏を止めるなり、春樹を見た。
「後藤くん、歌うまくない?」
「え?」
「もう一回歌って」
「いや、無理」
「今歌ってたじゃん」
「あれは普通に口ずさんでただけだから!」
急に春樹の顔が赤くなる。
やっぱり女子に注目されると駄目らしい。
「じゃあ、こっち見なくていいから」
達也がスティックを構えた。
「なんだよそれ」
「はい、いくぞ」
「ちょっと待って!」
問答無用で演奏が始まる。
春樹は困った顔をしていたが、やがて諦めたように息を吸った。
歌が入る。
さっきより声が出ていた。
俺は弾きながら、少しずつコードを変える。
そして途中から、さっき作った未来寄りの展開へ持っていった。
「長浜くん!」
春樹が歌いながら睨んでくる。
俺は笑って鍵盤を続けた。
来い。
これはどうする?
一度聴いただけの、見慣れない展開。
春樹は一瞬迷った。
だが、止まらなかった。
メロディを変えた。
俺の音を追いかけ、自分なりに声を乗せてきた。
(……ついてくるのか)
今度は俺が驚く番だった。
春子も気づいたらしい。嬉しそうにギターを鳴らし、達也のドラムにも力が入る。
こずえのベースがその隙間を埋める。
そして最後の音が消えた。
誰もすぐには喋らなかった。
「……これじゃない?」
春子が最初に口を開いた。
達也が頷く。
「俺も思った」
こずえが春樹を見る。
「……合ってると思う」
「何が?」
春樹だけが分かっていない。
俺は鍵盤から手を離した。
一年前。
探す時間がなくて、そのままになっていた最後の一人。
四人で十分楽しかった。
だから、いつの間にか本気で探すこともなくなっていた。
でも。
俺は春樹を見る。
「後藤くん」
「何?」
「DIGITAL FANTASYで歌わない?」
春樹の目が丸くなった。
「……俺が?」
「ボーカル」
春樹は俺たち四人を順番に見た。
「俺、人前で歌ったことないよ」
「これから慣れればいいじゃん」
春子が笑う。
「後藤くんの声、合ってると思うよ」
「桐谷さんまで……」
春樹は困ったように頭をかいた。
それから、少しだけ俯く。
「……俺でいいなら」
小さな声だった。
でも、ちゃんと聞こえた。
「やってみたい」
「決まり!」
春子が即答する。
「早くない?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど」
「じゃあ決まり」
「だから早いって!」
部室に笑い声が広がった。
こうして一年間、四人だったDIGITAL FANTASYに、初めて声が加わった。
しかも、その声は。
三十年先の音にも、思った以上についてきそうだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ついにDIGITAL FANTASYにボーカルが加わりました。
勉強と音楽の話になると止まらない春樹ですが、歌でも意外な才能を見せてくれました。
そして今回は、徹もかなり楽しんでいます。
1991年から、頭の中だけは一気に2020年代へ。
サザン、ミスチル、RADWIMPS、米津玄師。
未来の音楽を知っている徹だからこそできる遊びに、春子や春樹が「何それ?」と食いついてくる。この時代の彼らには、かなり不思議な音に聞こえたはずです。
でも、その未来の音に春樹は声でついてきました。
四人だったDIGITAL FANTASYは、これから五人へ。
徹たちの音楽も、少しずつ変わっていきそうです。
次回もよろしくお願いします。




