第47話 「本気でやったら一位でした」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
六月も終わりに近づき、学校では期末テストの時期を迎えます。
これまで目立つことを避け、学校のテストでは少しだけ力を抑えていた徹。
けれど、芸能界で頑張る葵や、自分とは違う青春を歩き始めた恒一を見て、今回は少し考えを変えます。
ただ、手を抜かずにやってみる。
徹にとっては、それだけのつもりだったのですが……。
今回は久しぶりに、学校での徹に注目です。
六月の終わり。
教室の空気は、いつもより少しだけ重かった。
理由は単純だった。
期末テストが近い。
「無理だ……」
達也が机に突っ伏した。
「数学が意味分からん」
「昨日も同じこと言ってたよ」
こずえが呆れたように笑う。
「昨日より分からなくなった」
「それ、勉強してないだけじゃない?」
「してるって。教科書開いて五分くらい」
「それは勉強って言わないよ」
春子が横から口を挟む。
「せめて三十分はやりなよ」
「三十分も数学見てたら寝る」
「もう寝てるじゃん」
達也は顔を上げない。
そんな三人のやり取りを見ながら、徹は小さく笑った。
自分の机の上にも数学の教科書はある。
だが、期末テストのために改めて勉強することは、ほとんどなかった。
今取り組んでいる内容は、すでに中学校の範囲を大きく越えている。
高校の内容は一通り終え、数学を中心に大学で扱う内容にも少しずつ手を伸ばしていた。
芸能プロダクションを作る。
そのためには芸能界だけではなく、経営や数字にも強くなっておきたい。
そう考えて始めた勉強は、いつの間にかずいぶん先まで進んでいた。
「徹は余裕そうだな」
達也が恨めしそうに顔を上げる。
「そんなことないよ」
「嘘つけ。全然焦ってないじゃん」
「普段やってるから」
「それを余裕って言うんだよ」
春子が徹の教科書をのぞき込む。
「徹って、テスト前も勉強の量変わらないよね」
「そうかな」
「去年もそうだった」
言われて、徹は少しだけ視線を落とした。
中学一年の頃。
成績はだいたい学年十位前後だった。
本気でそれしか取れなかったわけではない。
目立つ必要がない。
ただ、それだけの理由で少しだけ点数を調整していた。
満点を取れそうな問題を、わざと一問間違える。
考えれば、ずいぶん変なことをしていた。
その頃は、それでいいと思っていた。
だが最近、少し考えが変わった。
葵は不安を抱えながらも芸能界へ飛び込み、歌手として一つずつ仕事をこなしている。
恒一もギターを続け、自分が前の人生でできなかったことを、ためらわずにやっていた。
みんな、自分の人生を進んでいる。
それなのに自分だけが、目立たないためにわざと力を抜く。
それは少し違う気がした。
(今回は、普通にやるか)
学年一位を狙おうと思ったわけではない。
ただ、わざと間違えるのをやめる。
それだけだった。
期末テスト初日。
一時間目は国語だった。
徹は問題用紙をめくり、順番に解いていく。
文章問題で少し考えるところはあったが、迷うほどではない。
最後まで書き終え、時計を見る。
まだ十五分近く残っていた。
(こんなに余るのか)
見直す。
漢字。
文法。
記述。
特に問題はない。
もう一度確認する。
それでも時間が余った。
前の席では達也が頭を抱えている。
徹は思わず視線を逸らした。
(頑張れ)
二時間目は数学。
問題用紙を開いた瞬間、さらに気が楽になった。
方程式。
図形。
文章題。
どれも今の徹にとっては基礎の基礎だった。
鉛筆が止まることなく進んでいく。
最後の問題まで解き終え、時計を見る。
(……二十分もある)
さすがに暇だった。
式を最初から確認し直す。
計算ミスもない。
これ以上やることがない。
徹は静かに鉛筆を置いた。
その後の英語、理科、社会も似たようなものだった。
テストが終わった帰り道。
達也がぐったりした顔で歩いている。
「終わった……」
「テストが?」
「俺の人生が」
「大げさだよ」
春子が笑う。
「徹はどうだった?」
「普通かな」
「絶対普通じゃない」
春子が即座に返した。
「数学、途中からずっと暇そうだったもん」
「見てたの?」
「前から見えるんだよ」
「徹、寝てた?」
達也が聞く。
「寝てないよ」
「じゃあ何してた?」
「見直し」
「どんだけ見直してんだよ」
こずえがくすっと笑った。
「結果出るの楽しみだね」
徹は曖昧に笑った。
数日後。
テストが返却され始めた。
国語、九十六点。
数学、百点。
英語、百点。
理科、九十八点。
社会、九十九点。
合計四百九十三点。
「……高いな」
答案を並べながら、徹は小さく呟いた。
もちろん悪い気はしない。
わざと点を落としていた頃とは違う。
今回は、自分なりに普通に解いた結果だった。
「徹」
春子の声が聞こえた。
顔を上げる。
春子が答案を一枚持ったまま、こちらをじっと見ている。
「何?」
「数学、何点?」
「百点」
「英語は?」
「百点」
「ちょっと待って」
春子は自分の席へ戻り、今度はこずえと一緒に戻ってきた。
「全部見せて」
「なんで?」
「いいから」
徹が答案を渡す。
春子は順番に確認し、最後に顔を上げた。
「四百九十三……」
「計算早いね」
「そこじゃないよ!」
思わず教室中に響く声が出る。
達也も寄ってきた。
「何点?」
「四百九十三」
「は?」
達也が固まった。
「五百点満点だよな?」
「そうだけど」
「お前、人間?」
「失礼だな」
「去年、こんな点取ってなかっただろ」
「今回は真面目にやったから」
三人の動きが止まった。
春子がゆっくり眉を寄せる。
「……今回は?」
「うん」
「じゃあ今までは?」
「少し手を抜いてた」
「なんで!」
また春子の声が響いた。
「目立ちたくなかったから」
「意味分かんない!」
達也が隣で笑い始める。
「俺なんて目立ちたくても、この点取れないぞ」
「そこ張り合うところ?」
「徹、なんか腹立つな」
「なんでだよ」
数日後。
廊下の掲示板の前に人だかりができていた。
期末テストの学年順位が張り出されている。
「徹!」
先に見に行っていた春子が駆けてくる。
「どうした?」
「一位!」
「え?」
「徹、一位だよ!」
徹も掲示板へ向かった。
一番上。
一位 長浜徹。
自分の名前があった。
「……ほんとだ」
「ほんとだじゃないよ!」
春子が半分呆れたように笑う。
達也も後ろから順位表を見上げる。
「十位前後から一位って、上がりすぎだろ」
「今回は調整しなかったから」
「さらっと言うな」
周囲の生徒たちも徹の名前を見てざわついている。
これまでは成績のいい生徒の一人。
それが突然、学年一位になった。
当然、目立つ。
(まあ……こうなるよな)
以前なら、それを嫌がっていた。
でも今は、不思議とそこまで気にならなかった。
放課後。
帰ろうとすると、担任から声を掛けられた。
「長浜。ちょっと職員室に来てくれ」
「はい」
何か問題でもあったのかと思いながら、徹は職員室へ向かった。
担任は自分の机へ座ると、答案の束を取り出した。
「今回、すごかったな」
「ありがとうございます」
「去年も成績は良かったけど、一気に伸びた」
担任が眼鏡の奥から徹を見る。
「何か勉強方法を変えたのか?」
「特には」
「塾?」
「行ってません」
「家庭教師?」
「いません」
担任の眉が少し上がった。
「じゃあ、普段どんな勉強をしてる?」
徹は少し迷った。
隠す必要があるのだろうか。
以前なら、適当にごまかしていただろう。
でも今は、もう手を抜かないと決めた。
「学校の内容とは別に、先の勉強をしてます」
「先?」
「高校の範囲は、だいたい終わりました」
担任の表情が止まる。
「……今、なんて?」
「高校で習う内容は一通り」
「長浜、お前まだ中学二年だぞ」
「はい」
「じゃあ今は何をやってる?」
徹はさらに少しだけ迷い、
「大学でやる内容を、少しずつ」
と答えた。
担任は数秒、何も言わなかった。
「……大学?」
「はい」
職員室のざわめきの中で、二人の間だけ妙な沈黙が流れた。
担任は答案をもう一度見下ろす。
そして、ゆっくり息を吐いた。
「長浜」
「はい」
「お前の進路について、一度ちゃんと話した方がよさそうだな」
徹は少しだけ目を見開いた。
自分としては、ただ今回から手を抜くのをやめただけだった。
それだけのはずだった。
けれど。
どうやら思っていたより、大きなことになりそうだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は期末テスト回でした。
中学一年の頃は、目立たないように少し力を抑えて十位前後にいた徹。
今回は葵や恒一の姿に刺激を受け、初めて点数を調整せずにテストを受けました。
その結果は、学年一位。
本人にとっては「普通に解いただけ」でも、周囲からすればそうはいきません。
そしてついに先生にも、高校の範囲を終え、大学レベルの勉強にまで進んでいることを話してしまいました。
目立たないように生きてきた徹が、少しずつ自分の力を隠さなくなってきています。
「お前の進路について、一度ちゃんと話した方がよさそうだな」
先生から出たこの言葉が、徹のこれからに何をもたらすのか。
次回もよろしくお願いします。




