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『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


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■ 第4話 「母の声」

忘れたつもりだった。


 思い出さないようにしていた。


 もう終わった人生だと、

 どこかで区切りをつけたつもりだった。


 けれど、人はたった一つの声で、

 一瞬にして過去へ引き戻されることがある。

玄関を上がった瞬間から、胸の鼓動がおかしかった。


 見慣れているはずの廊下。


 少し擦れた床板。

 壁に貼られた古いカレンダー。

 窓から差し込む午後の光。


 全部、知っている。


 まだ新しいだけで、何も変わっていない。


 俺が昔、確かに暮らしていた家だ。


 けれど、その“昔”は、まだここでは始まってすらいない。


 時間がねじれている。


 そんな感覚に足元がふわつく。


 「とおる、こっちだよ」


 恒一が無邪気に手招きする。


 その声で、なんとか現実に戻された。


 小さな背中を追って部屋へ入る。


 六畳ほどの和室。


 ちゃぶ台。

 積み木。

 色鉛筆。

 壁際には、見覚えのある古いタンス。


 何もかもが懐かしい。


 いや、懐かしいなんて言葉では足りない。


 ここには、俺の始まりが詰まっている。


 「これ、ぼくのえ」


 恒一が画用紙を持ってくる。


 太陽。家。車。人の顔。


 幼い頃の俺が描いていた絵、そのままだった。


 「うまいね」


 そう言うと、恒一は嬉しそうに笑う。


 ……その顔も、知っている。


 笑うと少し右頬が上がる癖。


 今まで忘れていたような細かな記憶が、次々と浮かび上がってくる。


 そのときだった。


 「こういちー、おやつできたよー」


 声がした。


 全身が固まる。


 この声。


 間違えるはずがない。


 襖が開く。


 そこに立っていたのは、若い女性だった。


 白いエプロン。

 後ろでまとめた髪。

 優しい目元。


 まだ皺もない。

 背筋もまっすぐだ。


 俺が知っている晩年の姿とは、まるで違う。


 だが――


 母だった。


 「おともだち来てたのね」


 柔らかな笑顔で、こちらを見る。


 「いらっしゃい。恒一の友達?」


 喉の奥が熱くなる。


 声が出ない。


 出せるはずもない。


 目の前にいるのは、俺の母親。


 だけど、母は俺を知らない。


 今の俺は、長浜徹だから。


 「……とおる」


 やっとの思いで名乗る。


 母はにこっと笑った。


 「徹くんね。よろしくね」


 そう言って、頭を優しく撫でた。


 その瞬間。


 胸の奥で、何かが崩れた。


 懐かしい手の温度。


 子供の頃、何度もこうして撫でてもらった。


 熱を出した夜も。

 泣いた日も。

 何かうまくいかなかった日も。


 ずっと、この手があった。


 「どうしたの?」


 母が少し驚いた声を出す。


 気づけば、涙がこぼれていた。


 しまった、と思ったが止まらない。


 ぼろぼろと、勝手に溢れてくる。


 「転んだの?」


 母がしゃがみ込み、顔を覗き込む。


 違う。


 そうじゃない。


 会いたかったんだ。


 もう二度と会えないと思っていた。


 謝りたかった。


 ありがとうって言いたかった。


 もっと親孝行すればよかったって。


 でも、それを言える言葉を、俺は持っていない。


 今の俺は、幼稚園児の長浜徹だ。


 だからただ、泣くことしかできなかった。


 「大丈夫、大丈夫」


 母は昔と同じように、背中をさすってくれる。


 その優しさが、余計に涙を誘う。


 恒一が不思議そうにこちらを見ていた。


 「とおる、ないてる」


 ……お前のせいでもある。


 いや、違うな。


 全部、俺のせいだ。


 前の人生で、何一つちゃんとできなかった俺の。


 しばらくして、なんとか落ち着くと、母は皿を二つ並べた。


 小さなドーナツと牛乳。


 「あんまり上手じゃないけど、食べてね」


 このドーナツも覚えていた。


 少し硬くて、でも甘くて。


 子供の頃、大好きだった味だ。


 一口かじる。


 その瞬間、また涙が出そうになる。


 「おいしい?」


 母が笑う。


 俺は何度も頷いた。


 母も笑った。


 その笑顔を見て、ふと思う。


 ――この人は、まだ何も失っていない。


 父との喧嘩も。

 生活の苦労も。

 将来の不安も。


 俺が知っている母の苦しみは、まだ来ていない。


 なら。


 この人生で、何か変えられるのだろうか。


 母を、もっと幸せにできるのだろうか。


 恒一を、違う人生に導けるのだろうか。


 考えてはいけないと思っていたことが、心に芽を出し始める。


 未来を変えること。


 この人生の意味。


 「また遊びにおいで」


 帰り際、母が玄関まで見送ってくれた。


 夕陽が差し込む中、その姿はやけに眩しかった。


 「うん」


 小さく答える。


 本当は、もっと言いたかった。


 また来るよ。


 ありがとう。


 ごめん。


 大好きだよ。


 でも言えない。


 だから、心の中で何度も繰り返した。


 家を出て、振り返る。


 若い母が、手を振っていた。


 その姿を見ながら、俺は初めて確信する。


 この人生は、ただのやり直しじゃない。


 きっと――


 守れなかったものを、守り直すための人生だ。

第4話を読んでいただきありがとうございます。


 今回は、徹にとって大きな再会の回でした。


 もう会えないと思っていた母。

 けれど目の前にいるのは、まだ若く、何も知らない母。


 嬉しさと後悔、懐かしさと痛み。

 その全部を抱えたまま、徹はこの世界で生きていくことになります。


 そして彼の中で初めて、

 “未来を変えたい”という感情が芽生えました。


 次回は、恒一との友情が深まりながら、

 少しずつこの人生の目的が輪郭を持ち始めます。


 引き続き、よろしくお願いします。

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