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『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


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第39話 小さな祝福

葵のデビューから一日。


今日は長浜家で、ささやかなお祝いを開くことになりました。


笑顔あふれる温かな時間の中で、葵が初めて見せる意外な一面にもご注目ください。


ぜひ最後までお楽しみください。

 四月二十五日の夕方。


 長浜家の居間には、いつもとは少し違う華やかな空気が漂っていた。


 壁には色紙を切り抜いて作った文字が並んでいる。


『葵ちゃん デビューおめでとう』


 文字の大きさは少し不揃いで、「お」の一文字だけがわずかに傾いていた。それでも、優子が何度も位置を直しながら飾った力作だった。


 食卓には由香里が用意した料理が並び、中央には白い箱に入ったケーキが置かれている。その傍らには、昨日徹が買ってきた『風のメロディ』のCDが飾られていた。


「お姉ちゃん、その文字、やっぱり少し曲がってない?」


 徹が壁を見ながら言うと、優子は椅子の上から振り返った。


「これでいいの。手作りらしくて温かいでしょ」


「便利な言葉だな」


「文句があるなら、徹が直してよ」


「もうすぐ来るんだから、触らない方がいいよ」


 徹が答えると、優子は少し不満そうな顔をしながら椅子から下りた。


 由香里は台所から居間をのぞき、二人のやり取りに小さく笑う。


「それより、クラッカーは用意した?」


「ここにあるよ」


 優子がテーブルの端に置いた二本を見せる。


「徹、葵ちゃんが入ってきたら、ちゃんと合図してね」


「分かってる」


「先に鳴らしたら台無しだからね」


「お姉ちゃんの方が先に鳴らしそうだけど」


「失礼ね。私はこういう時は失敗しないの」


 言い切った直後、優子がクラッカーの紐へ指を引っかけ、慌てて手を離した。


 徹と由香里が同時に彼女を見る。


「今のは違うから」


 優子は何事もなかったようにクラッカーを置いた。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。


 三人の表情が一斉に引き締まる。


「来た」


 徹は急いで玄関へ向かった。


 戸を開けると、薄い水色の上着を羽織った葵が立っていた。肩には小さな鞄を掛け、仕事帰りなのか、髪はきれいに整えられている。


 顔にはいつもの笑顔があったが、目元には少し疲れも見えた。


「こんばんは。お邪魔します」


「お疲れさま」


「ありがとう。今日は朝から取材だったの」


 葵は肩を軽く回しながら笑った。


「本当は寮の門限があるんだけど、マネージャーさんにお願いして、少しだけ時間をもらったの」


「無理させたんじゃない」


「ううん。徹くんの家に寄りたいって言ったら、帰りは迎えに行くからって」


 そう答えたあと、葵は少しだけ声を弾ませた。


「長くはいられないけど、どうしても来たかったんだもん」


「それなら、来てもらえてよかった」


 徹は玄関を大きく開けた。


「入って」


「うん」


 葵が靴を脱ぎ、居間へ続く扉を開ける。


 次の瞬間、二つの破裂音が重なった。


「葵ちゃん、デビューおめでとう!」


 色とりどりの紙テープが宙を舞い、葵の肩や髪へ降りかかった。


 葵は目を丸くしたまま、その場に立ち尽くした。


「えっ?」


 壁の飾り。


 食卓に並んだ料理。


 中央に置かれた自分のCD。


 その一つ一つを見回し、ようやく状況を理解したらしい。


「これ、私のために?」


「もちろんよ」


 由香里が優しく笑う。


「歌手デビュー、本当におめでとう」


「驚いた?」


 優子が得意そうに尋ねると、葵は何度も頷いた。


「驚いたよ! 全然知らなかった!」


「サプライズだからね」


「徹くんも知ってたの?」


「俺が連れてくる係だったから」


「ずるい。電話した時、何も言わなかったじゃない」


「言ったらサプライズにならないだろ」


「そうだけど……」


 葵は少し頬を膨らませたものの、すぐに壁の文字を見上げた。


「すごい。これ、誰が作ったの?」


「私」


 優子が胸を張る。


「お」の字がちょっと曲がってるけど、そこは気にしないで」


「自分で言うんだ」


 葵が吹き出し、居間に明るい笑い声が広がった。


 四人は食卓を囲み、由香里の料理を食べながら、葵のデビュー当日の話を聞いた。


 朝からレコード会社で取材を受け、その後はラジオ局を回ったという。何度も同じ質問をされたが、自分の名前を初めて口にする人たちと会うたびに、本当に歌手になったのだと実感したらしい。


「昨日、三軒目でやっと見つけたんだ」


 徹がCDショップを回った話をすると、葵は箸を止めた。


「二軒にはなかったの?」


「一軒目は入荷してなくて、二軒目も注文分だけだった」


「そっか……」


 葵の笑顔がわずかに曇る。


 徹は続けた。


「でも、三軒目にはちゃんと並んでた。小さな棚だったけど、手書きの紹介も付いてたよ」


「本当?」


「俺たちが買ったあと、知らない人も一枚買っていった」


 葵が目を見開く。


「私のことを知らない人?」


「たぶんね。棚で見つけて、そのままレジへ持っていった」


「そうなんだ……」


 葵は嬉しそうにCDへ目を向けた。


「誰かが私の歌を聴いてくれるんだね」


「まだ一日目だよ。これから少しずつ増えていくんじゃない?」


 優子が言うと、葵は力強く頷いた。


「うん。そうなるように頑張る!」


 その声は、いつもの前向きな葵そのものだった。


 食事のあとは、ケーキの箱が開けられた。


 白い生クリームの上に青い砂糖菓子が飾られ、中央の板チョコには『葵ちゃん デビューおめでとう』と書かれている。


「青だ!」


 葵が嬉しそうに声を上げる。


「葵ちゃんの好きな色でしょう?」


「覚えててくれたの?」


「徹から聞いたのよ」


 由香里が答えると、葵は徹を見る。


「徹くんが?」


「ケーキを頼む時に、青を入れてもらえないかって言っただけだよ」


「それでも嬉しい」


 葵は照れくさそうに笑った。


 ろうそくへ火をつけ、部屋の明かりを少し落とす。三本の小さな炎が、葵の顔を淡く照らした。


「何かお願いするの?」


 優子が尋ねる。


「それ、誕生日じゃないだろ」


「いいじゃない。夢が叶った日なんだから」


 葵は目を閉じ、少しだけ考えた。


 やがて炎を一息で吹き消す。


「何をお願いしたの?」


「言ったら叶わなくなるから秘密!」


「さっきまで全部話してたのに」


「これは別なの」


 そう言って笑う葵を見て、徹も自然と頬を緩めた。


 賑やかな時間が過ぎ、ケーキの皿も空になった頃だった。


 時計を見た葵が、少しだけ名残惜しそうな顔をする。


「もう少ししたら帰らないと」


「まだ大丈夫?」


「あと三十分くらい。マネージャーさんが迎えに来てくれるの」


 答えた葵は、膝の上で指を組んだ。


「それでね。もう一つ、仕事が決まったの」


「また?」


 優子が嬉しそうに身を乗り出す。


「今度は何のお仕事?」


「雑誌のグラビア」


「すごいじゃない!」


「お仕事が増えてきたのね」


 由香里も喜んだが、葵はいつものように笑わなかった。


「でも、水着なんだ」


 その一言で、居間の空気が少しだけ変わった。


「水着?」


 優子が聞き返す。


「うん。来月、撮影することになったの」


 葵は困ったように笑い、自分の腕を抱いた。


「歌なら、何度練習しても平気なんだ。失敗したら、もっと練習しようって思えるから」


 そこで一度言葉を止める。


「でも、水着で写真を撮られるのは、ちょっと怖くて」


 徹は黙って葵を見つめた。


 いつもなら、まず「やってみる」と言う。できるかどうかを考える前に、一歩踏み出すのが葵だった。


 その葵が、今は視線を落としている。


「私、そんなにスタイルがいいわけじゃないし」


 葵は小さな声で続けた。


「雑誌に載ってる人って、みんなきれいでしょ。比べられたらどうしようって考えたら、急に自信がなくなっちゃって」


「断ることはできないの?」


 優子が尋ねると、葵は少し考えてから首を振った。


「嫌なら相談していいって言われてる。でも、私のことを知ってもらうためには大事な仕事なんだって」


「だから、やりたい気持ちもあるんだ」


「うん」


 葵は膝の上で組んだ手へ視線を落とした。


「やってみたい。でも怖い。自分でも、どっちなのか分からないの」


 由香里はすぐに答えず、葵の隣へ座った。


「怖いと思うことは、悪いことじゃないわ」


 穏やかな声だった。


「初めてのお仕事なんだもの。不安になるのは当然よ」


「でも、歌手になるって決めたのに、こんなことで弱気になるなんて……」


「歌手になったからって、何でも平気になるわけじゃないでしょう?」


 優子が笑いかける。


「私だって、急に大勢の人に水着姿を見られるってなったら逃げたくなるよ」


「お姉ちゃんは逃げるんだ」


「全力で逃げる」


 あまりに即答だったため、葵が思わず笑った。


 優子はその笑顔を見て続ける。


「でも葵ちゃんは、逃げるかどうかをちゃんと考えてる。それだけでも十分偉いと思う」


 葵は少し驚いた顔をした。


 徹も、伝える言葉を探した。


「自信がないなら、無理にあるふりをしなくてもいいんじゃないか」


「徹くん?」


「怖いままでも、やってみたいと思ってるんだろ?」


「うん」


「だったら、その気持ちは大事にしていいと思う」


 徹は葵の目を見て言った。


「仕事を頼まれたのは、葵にその仕事を任せたいと思った人がいるからだよ。誰かと比べて選ばれたんじゃなくて、如月葵を撮りたいと思ってもらえたんだろ」


 葵は何も言わず、徹を見つめていた。


「だから、自分から自分を駄目だって決めなくてもいい」


 少しの沈黙のあと、葵が小さく息を吐いた。


「徹くんって、時々すごくいいこと言うよね」


「時々は余計だろ」


「だって普段は、すぐ現実的なこと言うんだもん」


 ようやく、いつもの葵らしい笑顔が戻った。


「でも、ありがとう」


 その声は柔らかかった。


「怖いのが全部なくなったわけじゃないけど、少しだけやってみようって思えた」


「それでいいのよ」


 由香里が優しく頷く。


「撮影してみて、どうしても嫌だと思ったら、その時はちゃんと大人の人に相談しなさい。頑張ることと、我慢し続けることは違うから」


「うん。マネージャーさんにも話してみる」


 葵はそう答え、残っていた紅茶を一口飲んだ。


 やがて外から車の止まる音が聞こえた。


「迎えが来たみたい」


 葵は立ち上がり、鞄を肩へ掛けた。


 玄関まで見送ると、葵は靴を履いたあと、三人へ深く頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました」


「またいつでもいらっしゃい」


 由香里が言う。


「今度はグラビアのお祝いかな?」


 優子がからかうと、葵は一気に顔を赤くした。


「それは絶対しなくていい!」


「雑誌は買うけどね」


「お姉ちゃん!」


 葵の慌てた声に、三人が笑う。


 玄関を出ると、道の端に一台の車が止まっていた。


 葵は数歩進んだあと、振り返った。


「今日は来てよかった」


 夜風に髪を揺らしながら、葵が笑う。


「明日から、また頑張れそう」


「頑張りすぎるなよ」


 徹が言うと、葵は少し頬を膨らませた。


「そこは普通に頑張れって言ってよ」


「無理しない程度に頑張れ」


「もう」


 不満そうに言いながらも、葵は楽しそうだった。


「じゃあ、行ってきます!」


 大きく手を振り、車へ向かって駆けていく。


 徹たちは、その姿が車の中へ消えるまで見送った。


 夢は叶った。


 けれど、それは終わりではない。


 葵の前には、これまで知らなかった仕事や迷いが、これからも現れるのだろう。


 それでも、一人で抱え込まずに戻ってこられる場所があれば、きっと前へ進める。


 走り去っていく車の赤い灯を見つめながら、徹はそんなことを考えていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


今回は長浜家でのデビュー祝いを描きました。


夢を叶えた葵ですが、芸能界での新しい仕事を前に、初めて弱気な一面を見せます。夢が叶えば終わりではなく、そこから新たな悩みや壁が待っていることを少し描いてみました。


それでも、一人で抱え込まず、支えてくれる人たちがいることが、葵にとって大きな力になっていきます。


次回からは、歌手・如月葵としての新しい日々が本格的に始まります。徹たちとの日常も交えながら、少しずつ物語を進めていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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