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『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


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33/54

第33話 文化祭の歌声

由香里の容体も落ち着き、長浜家に少しずつ穏やかな日常が戻ってきました。


 一方、学校では待ちに待った文化祭。


 久しぶりに病院を離れ、中学生らしい時間を過ごす徹でしたが、そこで思いがけない出来事が待っていました。


 少し肩の力を抜いて楽しんでいただける一話です。

 由香里の手術から、少しずつ日が過ぎていた。


 あれほど家族全員を不安にさせた手術だったが、術後の経過は驚くほど順調だった。


 言葉に詰まることもない。


 記憶にも問題はない。


 手足の麻痺も見られず、数日前からは看護師に付き添われながら歩行訓練も始めている。


 病室を訪れた日下部先生は、由香里がゆっくりと廊下を歩く姿を見ながら、珍しく感心したように目を細めていた。


「正直に言いますと、ここまで順調に回復されるとは予想していませんでした」


「先生が手術してくださったおかげです」


 由香里が答えると、日下部先生は静かに首を振った。


「手術だけで決まるものではありません。長浜さん自身の体力と、生きようとする力が強かったのでしょう」


 それから少し考えるような顔をした。


「医学的に説明できないと言うつもりはありませんが、運にも恵まれましたね」


 運。


 その言葉を聞いて、俺は由香里の胸元にあった小さなお守りを思い出した。


 神様が本当に助けてくれたのかは分からない。


 日下部先生の技術。


 由香里の強さ。


 葵が示した名前と日付。


 いくつもの細い糸が重なり、母さんをこちら側へ引き戻してくれた。


 きっと、その全部なのだと思う。


「この調子なら、そう遠くないうちに退院の話もできるでしょう」


 日下部先生の言葉に、由香里は目を輝かせた。


「本当ですか?」


「無理をしなければ、ですが」


「気をつけます」


 由香里は素直に頷いた。


 その表情を見ているだけで、胸の中に残っていた重いものが少しずつ溶けていった。


 学校では、文化祭の日がやって来ていた。


 校門には色紙で作られた飾りが並び、廊下には各クラスの看板が所狭しと置かれている。


 普段なら走れば先生に怒られる廊下にも、今日は生徒たちの明るい声が響いていた。


 俺たちのクラスの出し物は喫茶店だった。


 教室の窓には紙で作った花が飾られ、机には白い布がかけられている。メニューはコーヒーと紅茶、ジュース。それに家庭科室で作った簡単な菓子が少し。


 俺は準備にほとんど参加できなかった。


 放課後は病院へ行き、休日も由香里のそばにいることが多かったからだ。


 そのため、せめて当日くらいは働こうと思っていた。


「長浜、注文入ったぞ」


「分かった」


 クラスメイトから伝票を受け取り、盆にジュースを載せる。


 慣れない接客は落ち着かない。


 前世でも人と接する仕事は得意ではなかったが、中学生になったからといって急に愛想が良くなるわけではない。


「いらっしゃいませ」


「長浜、顔が怖い」


 女子に小声で注意された。


「普通だろ」


「喫茶店なんだから、もうちょっと笑って」


「無茶言うな」


「お母さんの手術、うまくいったんでしょ?」


 不意に聞かれ、俺は少し驚いた。


「ああ」


「よかったね」


「ありがとう」


 それだけの会話だった。


 だが、その何気ない言葉が嬉しかった。


 自分が知らないところでも、クラスの誰かが母さんのことを気にしてくれていたのだ。


 昼が近づいた頃、教室の扉が勢いよく開いた。


「徹くん、来たよ!」


 声を聞いただけで誰か分かる。


 如月葵だった。


 今日は制服ではなく、白いブラウスに明るい色のスカートを合わせている。芸能活動を始めた影響なのか、以前より少しだけ垢抜けて見えた。


 周囲の男子たちの視線が一斉に集まる。


 葵はそんなものを全く気にせず、空いている席へ座った。


「徹くん、注文!」


「客なら少し静かにしろ」


「店員さんの態度が悪いです」


「帰れ」


「もっと悪くなった!」


 葵は楽しそうに笑う。


「何にするんだ?」


「おすすめ」


「オレンジジュース」


「それ、徹くんが運びやすいやつ選んだだけでしょ」


「よく分かったな」


「ケーキは?」


「売り切れ」


「文化祭なのに!」


「遅く来るからだ」


 葵は頬を膨らませた。


 それでも、運ばれてきたオレンジジュースを嬉しそうに飲んでいる。


「おばさん、元気?」


「ああ。歩く練習も始まった」


「やったね!」


 葵は自分のことのように喜んだ。


「お守り、効いたかな?」


「日下部先生と母さんが頑張ったんだよ」


「それは分かってるよ」


 葵はストローをくるくる回しながら笑う。


「でも、ちょっとくらい神様にも感謝しようよ」


「そうだな」


 今回は素直に頷いた。


 葵は満足そうに笑い、それから教室の中を見回した。


「徹くん、いつまでここにいるの?」


「交代まであと少しかな」


「じゃあ、そのあと一緒に回ろうよ」


「俺と?」


「ほかに誰がいるの?」


「友達できただろ」


「できたけど、徹くんと回りたい」


 あまりにも自然に言うものだから、返事が少し遅れた。


「駄目?」


「いや、別に」


「じゃあ決まり!」


 葵は勝手に予定を決め、残りのジュースを一気に飲み干した。


 交代の時間になると、俺たちは教室を出た。


 廊下には焼きそばの匂いが漂い、隣のクラスからは客を呼び込む声が聞こえてくる。


 葵は展示を見るたびに立ち止まり、ゲームを見つければすぐに参加した。


 射的では景品を取るまで何度も挑戦し、輪投げでは小学生相手に本気になっていた。


「大人げないぞ」


「私、中学生!」


「三年だろ」


「徹くんよりは大人です」


「今の姿を見て誰が信じるんだよ」


 笑いながら歩いていると、体育館から演奏の音が聞こえてきた。


「軽音部だ」


 足を止める。


 春子たちの出番が始まる時間だった。


 俺と葵は体育館へ向かった。


 ステージの上には春子、達也、こずえ。それに上級生のボーカルが立っている。


 俺が弾くはずだったキーボードには別の部員が座っていた。


 少しだけ胸が痛んだ。


 本来なら、あの場所にいたかもしれない。


 だが後悔はなかった。


 今回は母さんを優先した。


 それでよかった。


 演奏が始まる。


 夏祭りの時よりも、春子たちの音はまとまっていた。


 春子は真剣な表情でギターを弾き、達也は力強くリズムを刻む。こずえも以前のような固さはなく、落ち着いてベースを鳴らしている。


「いいね」


 隣で葵が言った。


「ああ」


「徹くんも一緒にやりたかった?」


「少しはな」


「次は出ればいいよ」


 簡単に言う。


 けれど、その言葉に救われた。


「そうする」


 演奏が終わると、大きな拍手が起こった。


 春子が客席を見渡し、俺を見つける。


 一瞬だけ目が合う。


 春子は小さく笑い、俺も軽く手を上げた。


 軽音部の演奏が終わったあと、体育館では自由参加のカラオケ大会が始まった。


 放送部らしい男子生徒がマイクを持ってステージへ出る。


「続きまして、毎年恒例、文化祭のど自慢大会を始めます!」


 体育館が盛り上がる。


 舞台の脇にはカラオケ機器が置かれ、歌詞を映す小さな画面も用意されていた。


 最初は三年生の男子が勢いだけで歌い、会場を笑わせた。次には女子生徒二人が流行歌を歌い、大きな拍手を浴びている。


 その時、誰かが葵に気づいた。


「如月さん、歌ってよ!」


 近くにいた生徒が声を上げる。


 それをきっかけに、別の場所からも声が飛んだ。


「歌手になるんでしょ!」


「聴きたい!」


「如月、出ろよ!」


 あっという間に体育館全体が葵を見ていた。


 葵は目を丸くして、自分を指差した。


「私?」


「ほかに誰がいるんだよ」


 俺が言うと、葵は少しだけ困った顔をする。


「急すぎない?」


「珍しく弱気だな」


「緊張はするよ、私だって」


 そう言いながらも、その口元は笑っていた。


「せっかくだし歌えば?」


 俺が背中を押すように言うと、葵は数秒だけ俺を見た。


 そして大きく頷く。


「分かった」


「行ってくる!」


 葵は人の間を抜け、軽い足取りでステージへ向かった。


 マイクを受け取ると、さっきまでの騒がしさが少しだけ消える。


 曲が始まった。


 葵が最初の声を出した瞬間、体育館の空気が変わった。


 ただ声が大きいわけではない。


 技巧を見せつける歌い方でもない。


 それなのに、自然と耳を傾けてしまう。


 ざわついていた生徒たちが一人、また一人と静かになる。


 春子もステージ脇で葵を見つめていた。


 歌う葵は、普段の天真爛漫な少女とは別人に見えた。


 明るさはそのままなのに、声の中に誰かを引き寄せる力がある。


 俺は前世で見たレイナを思い出していた。


 人の目を奪い、気づけば心まで巻き込んでしまう存在。


 似ている。


 顔だけではない。


 人を惹きつける何かまで。


 曲が終わる。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、体育館が大きな拍手に包まれた。


 葵は少し驚いたあと、満面の笑顔で頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 その姿を見ながら、俺は改めて思った。


 如月葵は、本当に歌手になる人なのだ。


 ただ歌が上手いだけではない。


 人の心に入り込み、その場の空気ごと変えてしまう。


 そんな力を持っている。


 ステージを降りた葵は、まっすぐ俺のところへ戻ってきた。


「どうだった?」


「すごかった」


「それだけ?」


「本当にすごかったよ」


 俺が素直に答えると、葵は一瞬だけ黙った。


 それから嬉しそうに笑う。


「じゃあ、今日は満点だね!」


「自分で決めるのか」


「決めちゃった!」


 葵は俺の腕を軽く引いた。


「ほら、まだ全部回ってないよ」


「もう十分だろ」


「文化祭は最後まで楽しむものです!」


 そう言いながら、葵は人混みの中へ歩き出す。


 俺もその後を追った。


 校舎には笑い声が響き、窓の外には澄んだ秋空が広がっている。


 母さんは回復している。


 学校には仲間がいる。


 音楽も、文化祭も、こうして誰かと笑う時間も戻ってきた。


 失いかけて初めて分かる。


 何でもない日常は、決して当たり前ではない。


 俺は少し前を歩く葵の背中を見つめた。


 また一つ、未来へ繋がる音が聞こえた気がした。

第33話を読んでいただきありがとうございます。


 重い展開が続いた由香里編から一転し、今回は文化祭という明るい日常を描きました。


 由香里が順調に回復している姿を書けたことで、私自身もほっとしながら執筆した回です。


 そして、文化祭のクライマックスでは、葵が初めて学校のみんなの前で歌いました。


 普段は明るく天真爛漫な葵ですが、歌う瞬間だけは空気が変わる。


 そんな「歌手になるべくしてなる少女」を感じていただけたら嬉しいです。


 次回からは、文化祭をきっかけに徹や仲間たちの関係にも少しずつ変化が生まれていきます。


 引き続き、見守っていただけると嬉しいです。

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