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『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


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第27話 十月十四日当日

十月十四日。


 如月葵が口にした名前と共に現れた日付。


 偶然なのか。


 それとも何か意味があるのか。


 答えはまだ分かりません。


 それでも徹たちは、その小さな可能性を信じて動くことを決めました。


 由香里を救うために。


 家族の未来を守るために。


 そして運命の日が、ついにやってきます。


 十月十四日。


 日曜日。


 その朝、俺はいつもより早く目を覚ました。


 まだ外は少し薄暗い。


 布団の中でしばらく天井を見つめる。


 今日だ。


 如月葵の頭に浮かんだ日付。


 日下部明という名前と一緒に出てきた日。


 脳神経外科学会。


 そこに、日下部明が来る。


 会える保証はない。


 話を聞いてもらえる保証もない。


 それでも行くしかなかった。


 病院へ寄ると、由香里はいつものように笑っていた。


「無理しないでね」


 第一声がそれだった。


「母さんのために行くんだぞ」


「だからよ」


 由香里は少し困ったように笑った。


「徹も、お父さんも、無茶しそうだから」


 横にいた泰造が短く言う。


「大丈夫だ」


「あなたの大丈夫は、ちょっと信用できないわ」


「……そうか」


 父が少しだけ言葉に詰まる。


 そんなやり取りが、いつも通りで、だから余計に胸が痛かった。


「絶対に会ってくる」


 俺が言うと、由香里は小さく頷いた。


「ありがとう」


 たった一言だった。


 それだけで、背筋が伸びた。


 会場は東京にあった。


 学会は午前十時から始まる。


 俺と泰造は、少し早めに会場近くへ着いた。


 建物の前にはスーツ姿の大人たちが行き交っている。


 医師。


 研究者。


 製薬会社らしき人たち。


 中学生の俺は、完全に場違いだった。


 隣の泰造も、いつもより緊張しているように見えた。


「父さん」


「なんだ」


「緊張してる?」


「してない」


「嘘だろ」


「少しだ」


 素直だった。


 珍しい。


 俺たちは受付の近くへ向かった。


 だが当然、簡単には入れない。


 関係者以外立ち入り禁止。


 受付の人に事情を話しても、会場内へ入ることはできなかった。


 それは予想していた。


 今日のチャンスは、会場を出てくるところ。


 講演が終わったあと。


 日下部明本人を見つけ、声を掛けるしかない。


 冷静に考えれば、無茶だ。


 だが、待っているだけでは時間が過ぎる。


 由香里には、その時間が惜しかった。


「徹くん!」


 突然、後ろから聞き慣れた声がした。


 振り返る。


 如月葵が立っていた。


 白いブラウスに紺色のスカート。


 いつものように明るい顔で、こちらへ手を振っている。


「なんでいるんだよ」


「来ちゃった」


「来ちゃったじゃないだろ」


「だって今日、気になったんだもん」


 葵は悪びれもせず言った。


 泰造も少し驚いている。


「葵ちゃんまで来てくれたのか」


「はい!」


「邪魔しないようにします!」


 言いながら、全然邪魔しない気配がない。


 だが正直、少しだけ安心した。


 葵がいるだけで、空気が変わる。


 緊張で固まっていた胸が、少しだけほどける。


 午前十時。


 学会が始まった。


 俺たちは会場の外で待った。


 一時間。


 さらに少し。


 時計の針ばかり見ていた。


 十一時半ごろ。


 会場の奥が少し騒がしくなった。


 スーツ姿の人たちがまとまって出てくる。


 その中心に、一人の男性がいた。


 五十代くらいだろうか。


 落ち着いた雰囲気。


 白髪の混じった髪。


 写真で見た顔と同じだった。


 日下部明。


 間違いない。


 周囲には数人の医師らしき人たちが付き添っている。


 近づきにくい。


 あまりにも近づきにくかった。


 俺は足が動かなかった。


 泰造も一瞬、躊躇しているように見えた。


 当然だ。


 相手は日本有数の脳外科医。


 周りには多くの取り巻き。


 突然声を掛けるなんて、普通はできない。


 その時だった。


「日下部先生ー!」


 葵の声が、会場前に響いた。


 俺は思わず固まった。


 泰造も目を見開いている。


 周囲の人たちが一斉にこちらを見る。


 葵は全く怯まなかった。


「日下部先生!」


 もう一度呼ぶ。


 日下部が足を止めた。


 取り巻きの一人が怪訝そうにこちらを見る。


「何か?」


 少し冷たい声だった。


 俺は心臓が跳ねるのを感じた。


 だが次の瞬間、泰造が前へ出た。


 父の背中が、俺の前に立つ。


「突然申し訳ありません」


 泰造は深く頭を下げた。


「長浜由香里の夫です」


 日下部の表情が変わった。


「長浜由香里……」


 小さく名前を繰り返す。


 そして視線を泰造へ向けた。


「ああ、あの症例か」


 その一言で、胸の奥が熱くなった。


 覚えてくれていたようだ。


 日下部明は、由香里の紹介状を覚えていた。


 泰造はもう一度頭を下げる。


「妻を助けたいんです」


 声が震えていた。


 でも逃げなかった。


「少しだけで構いません」


「話を聞いていただけませんか」


 俺は何もできなかった。


 ただ父の背中を見ていた。


 正直、俺が何とかしなければと思っていた。


 でも違った。


 父も必死だった。


 由香里を助けたい気持ちは、俺だけのものじゃない。


 当たり前のことなのに、今になってようやく分かった気がした。


 日下部はしばらく泰造を見ていた。


 周囲の医師たちは困ったような顔をしている。


 だが日下部は片手を上げ、彼らを制した。


「少しだけなら構いませんよ」


 そう言って、会場の隅へ歩き出した。


 俺たちも続く。


 葵は小さく拳を握っていた。


「よし」


「お前、すごいな」


 俺が小声で言うと、葵は笑った。


「声出しただけだよ」


「それが普通はできないんだよ」


 会場の隅。


 人通りの少ない場所で、泰造が改めて事情を話した。


 由香里の病状。


 成功率が低いこと。


 担当医から紹介状を送っていること。


 日下部は静かに聞いていた。


 余計なことは言わない。


 ただ、要点だけを確認する。


「紹介状は拝見しました」


 日下部が言った。


「私も気にはなっていたんです」


「本当ですか?」


 泰造の声に力が入る。


「ええ」


 日下部は頷いた。


「腫瘍の位置も難しい」


「ただ、それだけではない」


「画像と症状の出方が少し噛み合わない」


 俺は息を呑む。


 やはり日下部も違和感を持っていた。


「正直に言えば、簡単な症例ではありません」


 その言葉は重かった。


 でも続きがあった。


「ですが、直接診察してみたいとは思っていました」


 泰造が顔を上げる。


「では」


「すぐにとは約束できません」


 日下部は落ち着いた声で言う。


「病院の予定があります」


「手術も詰まっている」


「ただ、空きが出次第、連絡を入れましょう」


 小さな希望。


 小さいけれど、確かな希望だった。


「ありがとうございます」


 泰造は深く頭を下げた。


 俺も頭を下げる。


 葵もなぜか一緒に頭を下げていた。


 日下部は少しだけ葵を見る。


「君は?」


「如月葵です!」


 元気よく答える。


「長浜さんの知り合いです!」


「そうですか」


 日下部は少し不思議そうに微笑んだ。


「元気な方ですね」


「よく言われます!」


 この状況でも葵は葵だった。


 日下部は最後に泰造へ言った。


「担当医へこちらから連絡します」


「必要な資料を揃えておいてください」


「はい」


「長浜由香里さんを、私の病院で診る方向で調整しましょう」


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸の奥で、何かがほどけた。


 終わったわけじゃない。


 助かると決まったわけでもない。


 それでも。


 扉は開いた。


 日下部が去っていく。


 取り巻きたちもその後を追う。


 俺はその背中を見送った。


 葵が隣で小さく言う。


「よかったね」


「ああ」


「まだこれからだけど」


「それでも」


 俺は頷いた。


「本当に来てよかった」


 泰造はしばらく黙っていた。


 そして、ぽつりと言った。


「早速母さんに連絡しよう」


 その声は、いつもの父より少しだけ柔らかかった。


 帰り道。


 俺は父の背中を見ていた。


 今日は俺の出番なんて、ほとんどなかった。


 声を掛けたのは葵。


 前に出たのは泰造。


 俺はただ、その場にいただけだ。


 でもそれでよかったのかもしれない。


 人は一人で未来を変えるわけじゃない。


 誰かの声があって。


 誰かの覚悟があって。


 誰かの手が伸びて。


 初めて扉は開く。


 十月十四日。


 その日付は、確かに意味を持っていた。


 葵が示した日。


 俺たちが動いた日。


 そして、由香里を救うための道が、初めて本当に開いた日だった。

第27話を読んでいただきありがとうございます。


 今回は由香里編の大きな転機となる回でした。


 これまで名前だけだった日下部明が、ついに物語へ登場しました。


 また、今回は徹ではなく、泰造と葵が道を切り開く役目を担っています。


 妻を救いたい父親の覚悟。


 空気を読まずに突き進む葵の行動力。


 その二つがなければ、今回の出会いは実現しなかったかもしれません。


 そして十月十四日という日付にも、確かな意味が生まれました。


 まだ治療が決まったわけではありません。


 由香里が助かる保証もありません。


 それでも希望は確実に近づいています。


 次回は、いよいよ日下部明の病院での診察へ向けて話が進んでいきます。


 引き続きよろしくお願いいたします。

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