第24話 希望への扉
人生で二度だけ起きた不思議な出来事。
如月葵の口から語られた名前。
「日下部明」
そして「十月十四日」。
意味の分からない言葉だったはずなのに、徹の中ではどうしても無視できないものになっていました。
もしこれが由香里を救う手掛かりなら。
その可能性に賭けてみたい。
そんな思いを胸に、徹は動き始めます。
如月葵と会ってから数日が過ぎていた。
だが俺の頭の中には、あの日の言葉がずっと残っている。
日下部明。
十月十四日。
それが何を意味するのか。
まだ分からない。
それでも無視できなかった。
葵自身も意味は分からないと言っていた。
だが、人生で二度しか起きていない出来事だという。
一度目は歌手になるきっかけになった。
なら二度目にも意味があるはずだった。
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学校でも集中できなかった。
授業中。
ノートを開いていても頭に入らない。
数学の問題を見ても。
英語の文章を見ても。
考えるのは由香里のことばかりだった。
「長浜」
隣から声が聞こえる。
春子だった。
「最近ぼーっとしてるよね」
「そうか?」
「そう」
即答だった。
「部活でも上の空だし」
図星だった。
自覚はある。
「まあな」
そう答えるしかない。
春子もそれ以上は聞かなかった。
由香里の病気のことは達也たちも知っている。
だから無理に踏み込まない。
その優しさがありがたかった。
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放課後。
部活を終えると、そのまま病院へ向かった。
由香里の病室へ入る前に、今日は別の場所へ向かう。
担当医の部屋だった。
ノックをする。
「どうぞ」
中から声が聞こえた。
担当医はカルテを見ていた。
俺を見ると少し驚く。
「長浜君?」
「先生、少し聞きたいことがあるんです」
「なんだい?」
俺は一度深呼吸した。
「日下部明って人、知ってますか?」
その瞬間だった。
担当医の手が止まる。
表情が変わる。
「どうしてその名前を?」
俺は少し迷った。
葵の能力の話をしても信じてもらえないだろう。
「知り合いから聞きました」
嘘ではない。
担当医はしばらく俺を見ていた。
そして小さく頷く。
「もちろん知っているよ」
やっぱり。
知っている。
「有名なんですか?」
「有名どころじゃない」
担当医は苦笑した。
「脳外科医なら知らない人はいない」
俺は息を呑む。
「そんなに?」
「日本でも最高峰の一人だ」
「難しい脳腫瘍の手術を何度も成功させている」
心臓が大きく鳴った。
由香里の顔が浮かぶ。
成功率一割。
その言葉も。
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「先生」
俺は思わず身を乗り出した。
「母さんを診てもらえないんですか?」
担当医は少し困ったような顔をした。
「気持ちは分かる」
「でも簡単じゃない」
やはりそうか。
そう思った。
だが次の言葉は予想外だった。
「実はね」
「え?」
「私も日下部先生のことは考えていた」
思わず顔を上げる。
「本当ですか?」
「うん」
担当医は頷いた。
「長浜さんの症例は難しい」
「だから一度相談したいと思っていた」
胸が少し熱くなる。
何もしていなかったわけじゃない。
先生も考えてくれていた。
「紹介状は書けます」
担当医は続ける。
「ただし」
そこで言葉を切る。
「診てもらえるかどうかは別問題だ」
「全国から患者さんが来るからね」
それはそうだろう。
日本有数の医師なら当然だ。
「返事が来るまで時間もかかるかもしれない」
時間。
その言葉が重かった。
由香里にはあまり残されていない。
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その時だった。
もう一つ気になっていたことを聞く。
「先生」
「うん?」
「十月十四日って何かありますか?」
担当医は首を傾げた。
「十月十四日?」
「はい」
少し考える。
そして。
「ああ」
小さく頷いた。
「確か今年の脳神経外科学会の日だ」
俺の心臓が跳ねる。
「学会?」
「そう」
担当医は机の資料をめくる。
「全国の脳外科医が集まる大きな学会だよ」
そして。
「日下部先生も講演予定だったはずだ」
世界が止まった気がした。
日下部明。
十月十四日。
繋がった。
本当に繋がった。
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病室へ向かう。
由香里は本を読んでいた。
「あら」
俺を見る。
「どうしたの?」
俺は椅子に座る。
「母さん」
「ん?」
「少し希望が見えたかもしれない」
由香里は驚いた顔をした。
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担当医から聞いた話を説明する。
日下部明。
脳外科の第一人者。
学会。
紹介状。
全部。
由香里は黙って聞いていた。
話し終えると小さく笑う。
「そう」
「よかった」
「まだ分からないけどな」
「それでもよ」
由香里は窓の外を見る。
「人ってね」
「希望があるだけで頑張れるの」
その横顔を見ながら思う。
やっぱり助かってほしい。
絶対に。
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その日の帰り道。
病院を出る。
空は少し赤く染まっていた。
秋が近づいている。
ポケットの中には担当医の名刺。
そして頭の中には日下部明という名前。
もう偶然じゃない。
そんな気がしていた。
紹介状は書いてもらえる。
だが返事を待つだけでいいのだろうか。
十月十四日。
学会の日。
そこに日下部明がいる。
もし直接会えたら。
もし話ができたら。
何か変わるかもしれない。
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家に帰る。
机に向かう。
由香里の検査結果。
担当医のメモ。
学会の日程。
紙を並べる。
しばらく見つめる。
そして小さく呟いた。
「行くしかないか」
初めてだった。
未来を知っているからではない。
競馬の知識でもない。
自分の意志で。
母を助けるために動こうと思ったのは。
十月十四日まで、あと十八日。
希望への扉は。
まだ閉ざされていなかった。
第24話を読んでいただきありがとうございます。
今回は日下部明という人物の正体と、十月十四日という日付の意味が少しだけ見えてきました。
未来を知る徹ですが、今回は未来の知識ではありません。
偶然とも運命とも言えない不思議な導きによって、新たな希望へ辿り着こうとしています。
そして担当医もまた、由香里を救いたいと思っていました。
一人ではない。
それだけでも大きな前進だったと思います。
次回はいよいよ十月十四日へ向けて動き出します。
果たして日下部明に会うことはできるのか。
引き続きよろしくお願いいたします。




