第23話 運命が教える名前
石丸家の蔵にあった少女の絵。
恒一が何度も描いていた少女。
そして由香里の夢に現れる少女。
その全てにそっくりな如月葵と、ついに対面することになりました。
偶然では説明できない出来事が続く中、徹は少しずつ運命の歯車が動き始めていることを感じます。
今回は如月葵という少女との出会い、そして新たな希望の種が生まれる回です。
喫茶店の窓から差し込む午後の日差しが、テーブルの上を照らしていた。
俺の向かいには如月葵が座っている。
まだ会って十分も経っていない。
それなのに不思議な感覚だった。
初対面のはずなのに、どこか懐かしい。
そんな感覚が消えない。
葵も同じらしかった。
何度か俺の顔を見ては首を傾げている。
「徹くん?」
「ん?」
「さっきから全然喋らないけど大丈夫?」
思わず苦笑する。
「いや、ちょっと驚いてただけ」
「私も!」
葵は即答した。
「ほんとに初めて会った気がしないんだもん」
「それは俺もだ」
「だよね!」
嬉しそうに笑う。
本当に明るい。
人懐っこい。
しかも距離感が近い。
初対面とは思えなかった。
「そうだ!」
葵が身を乗り出す。
「絵見せてよ!」
「そうだった」
俺は鞄からファイルを取り出した。
恒一が描いた少女の絵。
葵は一枚目を見た瞬間に目を丸くした。
「うわ!」
慌てて口を押さえる。
「ごめんなさい!」
「店の中だぞ」
「だってびっくりしたんだもん」
再び絵を見る。
「すごい」
「本当に私だ」
「似てるだろ?」
「似てるどころじゃないよ」
葵は何枚も見比べる。
歌っている絵。
微笑んでいる絵。
横顔の絵。
どれも本人そっくりだった。
「これ描いた人すごいね」
「友達なんだ」
「私のこと見たことないのに?」
「ないだろうね」
「怖いくらいだよ」
葵はそう言いながらも楽しそうだった。
そして突然立ち上がる。
「蔵の絵も見たいな!」
「今から?」
「今から!」
「即決だな」
「気になるんだもん」
結局そのまま病院へ向かった。
道中で由香里の病気の話もした。
成功率一割。
脳腫瘍。
葵は途中から静かになった。
「そうなんだ……」
「うん」
「正直かなりきつい」
未来を知っていても何もできない。
葵はしばらく考えていた。
そして小さく言った。
「でも」
「ん?」
「私、会う意味があった気がする」
「意味?」
「うん」
「分かんないけど」
そう言って笑う。
根拠なんてない。
それなのに不思議と嫌な感じはしなかった。
病室へ入る。
「あら」
由香里がこちらを見る。
「その子が葵ちゃん?」
「初めまして!」
葵は元気よく頭を下げた。
「如月葵です!」
「今日はお邪魔します!」
そして紙袋を差し出した。
「お見舞いです!」
「まあ」
由香里は少し驚きながら受け取る。
「ありがとう」
「気を遣わなくていいのに」
「初めて来るので!」
由香里も思わず笑った。
病室の空気が少し明るくなる。
それが葵の持つ不思議な力なのかもしれなかった。
やがて葵の視線が壁際へ向く。
石丸家の蔵から持ってきた少女の絵。
ゆっくり近づいていく。
「これかぁ……」
しばらく見つめる。
そして。
「すごい」
と呟いた。
「ほんとに私だ」
「やっぱりそう思う?」
「思う」
即答だった。
「怖いくらい似てる」
由香里も頷く。
「夢の子にもそっくりなのよ」
「夢?」
由香里は今まで見た夢の話をした。
知らない少女。
楽しそうに歌う少女。
何度も見る夢。
葵は真剣な顔で聞いていた。
そして。
突然だった。
笑顔が消える。
視線が由香里へ向いたまま動かない。
「葵?」
俺が呼ぶ。
返事がない。
数秒後。
「日下部明……」
小さな声が聞こえた。
病室が静まり返る。
「誰?」
俺が聞く。
葵自身も驚いていた。
「分からない」
「え?」
「本当に分からない」
頭を押さえる。
「今急に浮かんだの」
由香里も不思議そうだった。
「知り合いじゃないの?」
「違うと思う」
葵は首を振る。
そして少し迷った後。
静かに話し始めた。
「実はね」
病室が静かになる。
「こんなこと話しても信じてもらえないと思うんだけど」
「こんなこと人生で二回目なの」
「二回目?」
俺が聞き返す。
葵は頷いた。
「一回目は歌手になった時」
「中学二年の頃かな、歌手になりたいなって思ってたの」
「そしたら急に頭の中にプロダクションの名前が浮かんだの」
「それと日付」
「日付?」
「うん」
「意味なんて全然分からなかった」
「でも気になって、その日に電話してみたの」
「そしたら新人募集の締切日だった」
俺も由香里も驚いていた。
「それが今の事務所」
葵は苦笑した。
「だから今回も気になるの」
「絶対意味がある気がする」
病室が静まり返る。
葵は真っ直ぐ由香里を見る。
「日下部明」
そして。
再び小さく呟いた。
「十月十四日」
俺は思わず聞き返す。
「十月十四日?」
「うん」
「今浮かんだ」
葵は困惑していた。
「意味は分からない」
「でも」
少しだけ真剣な顔になる。
「絶対に何か意味があると思う」
「前もそうだったから」
「だから今回も無視しちゃ駄目な気がする」
誰も何も言えなかった。
病室の時計の音だけが響く。
日下部明。
十月十四日。
何者なのか。
何の日なのか。
誰にも分からない。
ただ一つだけ。
俺は確信していた。
これは無視しちゃいけない。
そんな気がした。
病室を出た後も頭から離れなかった。
日下部明。
十月十四日。
何者なのか。
何の日なのか。
分からない。
でも。
由香里を見た瞬間に出た言葉だ。
関係ないはずがない。
もしかしたら。
本当に希望なのかもしれない。
そんな気がしていた。
第23話を読んでいただきありがとうございます。
今回は如月葵という人物を中心に描いてみました。
明るくて行動力があり、周りを自然と巻き込んでいく彼女ですが、その裏には本人にも説明できない不思議な力があるようです。
人生で二度だけ起きた現象。
一度目は歌手への道を切り開きました。
そして二度目に現れた名前。
「日下部明」
「十月十四日」
果たしてそれが何を意味するのか。
由香里の病気と関係があるのか。
次回、徹たちはその答えを探し始めます。
引き続き応援よろしくお願いいたします。




