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『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


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■第17話 夏祭りのステージ

ついに夏祭り当日。


 毎日練習してきた音を、初めて人前で鳴らす日が来た。


 成功するかもしれない。

 失敗するかもしれない。


 けれど、どちらにしても。


 この日はきっと、忘れられない一日になる。

夏祭り当日。


 朝から町は、いつもと違う顔をしていた。


 駅前商店街には提灯が並び、屋台の準備をする大人たちの声が飛び交っている。焼きそばのソースの匂い。綿あめの甘い匂い。どこかから聞こえてくる太鼓の音。


 その全部が、夏の空気に混ざっていた。


 俺はキーボード用の荷物を抱えながら、会場へ向かっていた。


 不思議と、あまり緊張していない。


 初めてのステージ。


 しかも中学一年生。


 普通なら胃が縮むほど緊張してもおかしくない。


 だが俺の中身は、五十年生きて一度死んだ男だ。


 人生経験だけで言えば、五十プラス十三年。


 ……もう、ほぼ爺さんじゃないか。


 そう考えると、少し笑えてきた。


 これまでの人生で、大変なことはそれなりにあった。


 死ぬことまで経験した。


 それに比べれば、中学生の夏祭りステージくらいで震えている場合ではない。


 そう思っていた。


 会場に着くと、春子がすでにギターケースを抱えて待っていた。


「遅い」


「集合時間五分前だ」


「気持ちの問題」


 春子はいつも通りに見えた。


 だが、よく見ると指先が少し落ち着きなく動いている。


 緊張しているのだ。


 達也はドラムスティックを握りしめたまま、やたら周囲を見回していた。


「人多くね?」


「祭りだからな」


「いや、多すぎだろ」


「だから祭りだって」


 こずえはベースケースを抱え、顔色が悪かった。


 いつも無口だが、今日はさらに言葉が少ない。


「大丈夫か?」


 俺が聞くと、こずえは小さく頷いた。


「……たぶん」


 たぶん。


 これは大丈夫じゃないやつだ。


 ステージは商店街の一角に作られた簡易舞台だった。


 午前の部、二番目。


 俺たちの出番は思っていたより早い。


 失敗しても昼には終わる。


 そう考えると気楽でもあるが、準備の時間は少ない。


 ステージ前には、すでに客が集まっていた。


 家族連れ。

 近所の老人。

 同じ学校の生徒。

 商店街の人たち。


 そしてその中に、長浜家の姿もあった。


 由香里が手を振っている。


 その隣で、優子がにやにやしていた。


 父、泰造は腕を組んで立っている。


 相変わらず表情は硬いが、来てくれたこと自体が少し意外だった。


「徹がステージなんてねえ」


 由香里の声が聞こえた気がした。


 優子はたぶん、こう言っている。


「あいつ、意外とモテるんじゃない?」


 やめてくれ。


 そして少し離れたところに、恒一もいた。


 ギターケースは持っていない。


 今日は完全に見に来ただけらしい。


 こちらに気づくと、小さく手を上げた。


 俺も軽く返す。


 恒一はどこか真剣な顔をしていた。


 自分の軽音部の先輩を見るために来たはずなのに、俺たちのステージも本気で見ようとしている。


 それが少し嬉しかった。


 最初に出たのは、隣の中学のバンドだった。


 たぶん同じ一年生だろう。


 演奏は初々しい。


 音も揺れるし、リズムも少し走っている。


 だが、会場は温かかった。


 拍手も大きい。


 夏祭りの空気というのは不思議だ。


 少しくらい失敗しても、誰も責めない。


 むしろ一生懸命な姿を、みんな楽しんでいる。


 その光景を見て、少し安心した。


 成功しても、失敗しても。


 きっといい思い出になる。


 そう思えた。


 だが、出番直前になって問題が起きた。


「……こずえは?」


 春子が言った。


 振り返る。


 いない。


 さっきまで確かにそこにいた。


 ベースケースを抱えて、顔色悪く立っていたはずだ。


「え、どこ行った?」


 達也が慌てる。


「トイレ?」


「でもベースもない」


 春子の顔が変わった。


 明らかにまずい。


 出番までは、あと数分。


 司会者が次の紹介の準備をしている。


 俺は周囲を見回した。


 胸の奥に、嫌なざわつきが走る。


 石丸の力なのか、単なる勘なのかは分からない。


 だが、こずえのいる場所がなんとなく浮かんだ。


 神社の裏。


 祭り会場の少し外れ。


「俺、探してくる」


「長浜!」


 春子の声を背に、俺は走った。


 人混みを抜け、屋台の間を通り、神社の石段の方へ向かう。


 心臓がうるさい。


 子供の体は、やはり大人ほど動かない。


 それでも走った。


 神社の裏に回ると、木陰にこずえが座っていた。


 ベースケースを抱えたまま、膝を抱えている。


「田中」


 声をかけると、こずえはびくっと肩を震わせた。


「……長浜くん」


「出番だ」


「……無理」


 小さな声だった。


「みんな、見てる」


「うん」


「失敗したら」


「うん」


「笑われたら」


 こずえの声が震えていた。


 無口なだけじゃない。


 怖いのだ。


 人前に出ることが。


 失敗することが。


 自分の音を誰かに聞かれることが。


 俺は少し黙った。


 前世の自分を思い出した。


 何かを始める前に、失敗した時のことばかり考えていた。


 笑われるかもしれない。


 恥をかくかもしれない。


 無駄になるかもしれない。


 そうやって、結局何もしなかった。


 何もしなかったくせに、年だけ取って、後悔だけが残った。


「失敗してもいい」


 俺は言った。


 こずえが顔を上げる。


「俺は今まで、やらなかったことの方を後悔してる」


「……」


「失敗したことより、やらなかったことの方が残る」


 こずえは黙っていた。


 でも、目だけは俺を見ている。


「だから出よう」


 俺は手を差し出した。


「今日は下手でもいい。震えてもいい。途中で間違えてもいい」


「……」


「でも、出ないと今日の音は残らない」


 こずえの指が、ベースケースをぎゅっと握った。


 しばらくして、彼女は小さく頷いた。


「……分かった」


 俺はほっと息を吐いた。


「戻ろう」


「うん」


 ステージ裏へ戻ると、春子がものすごい顔で待っていた。


「遅い!」


「悪い」


「こずえ!」


 春子が駆け寄る。


 こずえは小さく頭を下げた。


「……ごめん」


 春子は一瞬だけ怒った顔をした。


 だがすぐに、いつもの調子で笑った。


「戻ってきたから許す」


 達也も大げさに胸を撫で下ろす。


「マジで心臓止まるかと思った」


「それは大げさ」


「いやほんとだって!」


 その時、司会者の声が響いた。


『続いては、こちらも中学一年生のバンドです。DIGITAL FANTASYの皆さんです!』


 呼ばれた。


 俺たちは顔を見合わせる。


 春子が深く息を吸った。


 達也がスティックを握り直す。


 こずえがベースを抱える。


 俺はキーボードの位置へ向かった。


 ステージに立つ。


 客席が見える。


 思ったより近い。


 家族。


 恒一。


 知らない人たち。


 みんながこちらを見ている。


 春子がこちらを見た。


 俺は小さく頷く。


 一曲目は、流行りの曲。


 ボーカルはいない。


 だから俺がキーボードで主旋律を弾く。


 誰もが知っているメロディ。


 歌詞がなくても伝わる曲。


 達也のドラムが始まる。


 こずえのベースが入る。


 春子のギターが乗る。


 そして俺がメロディを弾く。


 音が広がった瞬間、客席の空気が少し変わった。


 あ、知ってる。


 そんな反応が見えた。


 手拍子が起きる。


 子供たちが身体を揺らす。


 演奏レベルは、悪くない。


 いや、思っていたよりずっといい。


 達也は本番に強い。


 春子は緊張しているはずなのに音が鋭い。


 こずえは最初こそ硬かったが、途中から低音が安定した。


 一曲目が終わる。


 拍手。


 ちゃんと拍手だ。


 義理ではなく、楽しんでくれた拍手。


 春子が小さく笑った。


 達也が調子に乗ってスティックを上げる。


 こずえはまだ緊張しているが、逃げる気配はない。


 そして二曲目。


 未完成のメロディ。


 オリジナル曲。


 中学一年生のバンドが、夏祭りでインストのオリジナルをやる。


 普通に考えれば、かなり無茶だ。


 けれど、俺たちはやることにした。


 俺が最初の音を鳴らす。


 静かなメロディ。


 未来の断片を混ぜた音。


 そこへ春子のギターが入る。


 この曲は、春子が中心になって作った。


 だから彼女の感情が強い。


 真っ直ぐで、不器用で、少し痛い音。


 達也のリズムが走りそうになる。


 でも、こずえが支える。


 ベースが低く響く。


 さっき逃げ出した子とは思えないくらい、音が強かった。


 俺は鍵盤を弾きながら、客席を見る。


 由香里が手を合わせるように見ている。


 優子は驚いた顔をしている。


 泰造は腕を組んだまま、じっとこちらを見ていた。


 恒一は。


 恒一は、少し前のめりになって見ていた。


 目が輝いている。


 その顔を見た瞬間、胸が熱くなった。


 ああ。


 届いている。


 そう思った。


 その時だった。


 人混みの奥。


 一瞬だけ、見知らぬ少女の後ろ姿が見えた。


 長い髪。


 白いワンピース。


 夏祭りの人混みの中に、そこだけ妙に静かだった。


 誰だ。


 そう思った瞬間、少女は人の波に紛れて消えた。


 演奏中なのに、心臓が跳ねる。


 見間違いか。


 能力か。


 それともただの観客か。


 分からない。


 だが、その後ろ姿は、恒一が描いていた少女と重なった。


 俺はすぐに視線を戻した。


 今は演奏中だ。


 最後のフレーズ。


 春子のギターが伸びる。


 達也のドラムが一気に盛り上げる。


 こずえのベースがその下を支える。


 俺は最後の音を、できるだけ丁寧に鳴らした。


 音が消える。


 一瞬、静かになった。


 その静寂が怖かった。


 次の瞬間。


 拍手が起きた。


 さっきより大きい。


 子供たちが騒ぎ、大人たちも笑っている。


 商店街の誰かが「いいぞ!」と声を上げた。


 達也が叫ぶ。


「よっしゃ!」


 春子は笑っていた。


 でも、目が少し潤んでいる。


「泣いてる?」


 俺が小さく言うと、春子は睨んできた。


「泣いてない」


「そうか」


「泣いてない!」


 達也が横から言う。


「絶対泣いてるだろ」


「うるさい!」


 こずえは、客席を見つめたまま小さく笑っていた。


 その顔を見て、俺は本当に出てよかったと思った。


 成功か失敗かで言えば、これは成功だ。


 でも、そんなことはもうどうでもよかった。


 今、この瞬間が楽しかった。


 それだけで十分だった。


 ステージを降りると、恒一が真っ先に駆け寄ってきた。


「すげえ!」


 興奮した声だった。


「ほんとにすげえ!」


「そんなに?」


「うん。なんか、俺もやりたくなった」


 その言葉に、胸が温かくなる。


「やれよ」


「やる」


 恒一は即答した。


 その目は、絵を描いていた頃よりも、もっと強く光っていた。


 少し遅れて、由香里たちも来た。


「徹、すごかったわ」


 由香里は本当に嬉しそうだった。


 優子はにやにやしながら言う。


「意外とカッコよかったじゃん」


「意外と余計だ」


 泰造は少し黙っていた。


 そして短く言った。


「よかった」


 それだけだった。


 でも、それで十分だった。


 夏祭りの喧騒が戻ってくる。


 屋台の匂い。

 人の声。

 遠くの太鼓。


 俺はステージを振り返った。


 小さな舞台。


 でも、俺たちにとっては確かに始まりの場所だった。


 ふと、人混みの奥をもう一度見る。


 白いワンピースの少女は、もういなかった。


 あれが何だったのかは分からない。


 だが、不思議と怖くはなかった。


 ただ、どこかへ繋がっている気がした。


 まだ見えない未来へ。


 まだ知らない誰かへ。


 そして俺は、初めて思った。


 この人生は、やり直しである前に。


 ちゃんと、俺の人生なのだと。

第17話を読んでいただきありがとうございます。


 今回はDIGITAL FANTASY、初ステージの回でした。


 緊張、逃げ出したい気持ち、それでも戻ってきて鳴らした音。


 四人にとって、忘れられない夏祭りになったと思います。


 そして客席で見えた謎の少女の後ろ姿。


 徹にはまだ分かりませんが、この先へ繋がる小さな残響です。


 次回もよろしくお願いします。

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