■ 第15話 はじめての舞台
何かを始める時、人は大体根拠のない自信を持っている。
きっとうまくいく。
なんとかなる。
そんな気持ちがあるから、一歩踏み出せるのかもしれない。
けれど現実は、思っているよりずっと難しい。
そして、思っているよりずっと面白い。
DIGITAL FANTASYができてから数週間。
放課後の景色は、以前とは少し変わっていた。
授業が終わると鞄を持って部室へ向かう。
教室に残って騒ぐわけでもなく、誰かと寄り道するわけでもない。
でも、不思議だった。
前より学校が楽しい。
そんなことを思う日が増えていた。
部室の扉を開ける。
中では達也がドラムを叩いていた。
ドンドン、バンバン。
勢いだけで叩いているように見える。
だが、リズム感は異常にいい。
「達也」
「おう」
「うるさい」
「ドラムにそれ言う?」
達也は笑う。
その横では、こずえが静かにベースを弾いていた。
相変わらず喋らない。
だが指先だけは、驚くほど滑らかに動く。
ベースを弾いている時だけ、別人みたいだった。
「おはよ、長浜」
春子がギターケースを持って入ってきた。
「おはよう」
「今日は合わせようよ」
「急だな」
「いつまでもバラバラでやっても意味ないでしょ」
春子は笑いながら言った。
それから俺の隣へ座る。
「ねぇ長浜、例のやつやって」
「例のやつ?」
「未来っぽいやつ」
「そんな名前じゃないけどな」
だが言いたいことは分かった。
前に弾いたメロディのことだ。
俺は少し考え、鍵盤に指を置く。
静かなイントロ。
そこへ春子がギターを重ねる。
達也がリズムを入れる。
こずえも少し遅れて加わった。
三十秒後。
「違う違う違う!」
春子が止めた。
「達也速いって!」
「え?俺?」
「長浜もなんか難しい!」
「そうかな」
「普通じゃない!」
達也が笑う。
「なんだこれ、バラバラじゃん」
こずえは無言で俯いた。
俺も小さく息を吐いた。
難しい。
思っていた以上に難しい。
一人で弾くのと、誰かと合わせるのは全然違う。
前世でも仕事はしていた。
チームで何かをやることもあった。
だが、音楽は違う。
数字じゃない。
正解が見えない。
それぞれの感覚がある。
だから余計に難しい。
一時間後。
部室の空気は少し重くなっていた。
「休憩しよ……」
達也が机に突っ伏す。
「全然合わねぇ」
「だって達也適当すぎるし」
「春子も感覚でやってんじゃん」
「うっ」
「……」
こずえは静かだった。
ベースを持ったまま、小さくなっている。
たぶん気を使っている。
こういう空気が苦手なのだろう。
俺はそれを見ながら思った。
前の人生の自分なら、たぶん効率を考えていた。
誰が悪い。
何が問題か。
どう修正するか。
そういうことばかり考えていた。
でも。
今は少し違う気がした。
「好きなようにやるか」
気づけば口に出していた。
三人がこっちを見る。
「は?」
達也が言う。
「合わせるのやめよう」
「え?」
「好きなように弾けばいい」
「そんな適当でいいの?」
春子が聞く。
「一回だけ」
俺は鍵盤に手を置いた。
「何も考えないで」
静かな音を鳴らす。
それだけだった。
すると達也が笑った。
「なんだそれ」
ドラムが入る。
今度は好き勝手に叩いていた。
春子もギターを重ねる。
こずえは少し迷ったあと、静かにベースを入れた。
最初はバラバラだった。
でも、少しずつ。
本当に少しずつ。
音が寄っていく。
達也のリズム。
春子のギター。
こずえのベース。
俺のキーボード。
不思議だった。
誰も合わせようとしていないのに、少しずつ形になっていく。
十分後。
最後の音が消えた。
部室が静かになる。
誰も喋らない。
「……なあ」
達也が言った。
「今の、ちょっとやばくなかった?」
春子が笑った。
「うん」
「なんか、最初より全然いい」
達也も頷く。
そして全員の視線が、こずえへ向く。
こずえは少し驚いた顔をしていた。
「田中?」
春子が言う。
「どうだった?」
こずえはしばらく黙っていた。
それから小さく言った。
「……楽しかった」
一瞬、空気が止まる。
「え?」
達也が聞き返す。
こずえは顔を真っ赤にした。
「な、なんでもない!」
「いや言った!」
「今言ったよな!」
春子が大笑いする。
「こずえが喋った!」
「うるさい!」
部室が笑い声でいっぱいになる。
俺も気づけば笑っていた。
こんなふうに笑ったの、いつ以来だろう。
前世ではあまりなかった気がする。
損得とか。
未来とか。
失敗とか。
何も考えずに笑うことなんて。
窓の外では、夕陽が少しずつ傾いていた。
そしてその時、顧問が部室へ入ってきた。
「お前ら」
「はい?」
全員振り返る。
顧問は一枚の紙を持っていた。
「駅前商店街の夏祭り、学生ステージ出るか?」
一瞬、部室が静かになる。
「……ライブ?」
春子が目を輝かせた。
達也は笑う。
こずえは青ざめる。
俺は、その紙をじっと見ていた。
DIGITAL FANTASY。
まだ何者でもないバンド。
だけど。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
何かが始まる音が聞こえた気がした。
第15話を読んでいただきありがとうございます。
今回はDIGITAL FANTASYが初めて“バンド”らしくなった回でした。
まだバラバラな四人ですが、音を通して少しずつ繋がり始めています。
そして最後に現れた、初めての舞台。
次回は、夏祭りライブへ向けて動き始めます。
引き続きよろしくお願いします。




