■第13話 音の向こう側
人と関わるのは苦手だった。
前の人生でも、今の人生でも、それはあまり変わらない。
けれど時々、言葉より先に繋がるものがある。
音。
絵。
感情。
誰にも言えなかったものが、形になった瞬間。
人は少しだけ、孤独じゃなくなる。
中学生になってから、俺はより強く思うようになっていた。
芸能プロダクションをやりたい。
前の人生では、道半ばで終わったのもあると思う。
最初はただの会社員として働き毎日を過ごし、やがて倒産で人生が狂わされ、派遣社員として大半を過ごし気づけば五十を過ぎていた。
もちろん、何もしていなかったわけじゃない。
音楽も好きだった。
芸能の世界にも憧れていた。
誰かを輝かせる側になりたいと思ったこともある。
だが結局、何者にもなれなかった。
だからこそ、今世では違う。
まだ子供だろうが関係ない。
準備できるものは、全部しておきたい。
勉強。
英語。
音楽。
経営。
競馬。
特に競馬は、相変わらず研究を続けていた。
未来は少しずつズレ始めている。
だが、大きな流れまでは変わっていない。
名馬。
騎手。
レース傾向。
前世の記憶はまだ武器になる。
もちろん、それだけに頼るつもりはない。
今の俺には、“これからどういう時代になるか”をなんとなく知っている強みがある。
音楽だってそうだ。
どんなジャンルが流行るか。
どんなアーティストが売れるか。
何が人の心を掴むか。
完全に分かるわけじゃない。
でも、方向くらいは見えている。
だからこそ、音楽は知っておきたかった。
そしてもう一つ。
恒一の言葉も、どこか頭に残っていた。
頭の中のモヤモヤを外に出す感じ。
音楽。
その感覚を、自分でも少し知ってみたかった。
だから俺は、中学で軽音部に入った。
入部届を出した時、顧問の教師は少し驚いていた。
「長浜、お前こういうの興味あったのか?」
「まあ、少し」
勉強ばかりしていそうなイメージだったのだろう。
実際、周囲からもそんな目で見られていた。
無理もない。
誰かと騒ぐことも少ないし、昼休みも一人で本を読んでいることが多い。
クラスで浮いているわけではない。
でも、自然と距離ができる。
前世から変わらない性格だった。
軽音部には、思っていたより人数がいた。
ギター。
ベース。
ドラム。
皆、思い思いに楽器を触っている。
その中で、俺はキーボードを希望した。
ピアノ経験が少しあることも理由だが、もう一つ理由がある。
バンド全体を見やすいからだ。
リズム。
コード。
空気。
全部を整理する位置に近い。
それはどこか、将来やりたいことにも似ていた。
最初の頃、俺はかなり浮いていた。
当然だ。
周囲は純粋に音楽が好きな中学生。
俺だけ妙に冷静で、目的意識が違う。
休憩中も誰かと騒ぐことはなく、一人でキーボードを触っていた。
話しかけられれば返す。
でも、自分から輪に入ることはない。
前世の癖だった。
そんなある日のことだった。
部室には誰もいなかった。
放課後。
窓の外では、グラウンドから運動部の声が聞こえる。
俺は一人、キーボードの前に座っていた。
ふと、ある曲を弾いてみたくなる。
この時代にはまだ存在していない曲。
前世で何度も聞いた、有名なメロディ。
もちろん、そのままではない。
曖昧な記憶を頼りに、少しずつ音を探る。
だが、鍵盤に指を置いた瞬間、不思議と流れるように音が出た。
静かなイントロ。
少し切なくて、どこか懐かしい旋律。
部室に音が広がる。
弾いているうちに、自分でも驚くほど感情が入っていた。
孤独。
焦り。
やり直したい気持ち。
全部が音に混ざっていく。
「……なにそれ」
突然声がして、俺は手を止めた。
振り返る。
入口に、一人の女子が立っていた。
肩までの髪。
少し鋭い目。
ギターケースを背負っている。
「オリジナル?」
「……いや」
「聞いたことない曲」
女子はゆっくり部室へ入ってくる。
俺は少し困った。
未来の曲です、とは言えない。
「適当に弾いてただけ」
「適当にであんななる?」
女子は面白そうに笑った。
「長浜だよね?」
「そう」
「桐谷春子」
そう言って、ギターケースを机へ置いた。
「キーボード、うまいじゃん」
「普通」
「その返し、ちょっと感じ悪い」
「……悪い」
思わず謝ると、春子は吹き出した。
「真面目だなあ」
不思議な人だった。
距離の詰め方が自然だ。
だが、嫌な感じはしない。
むしろ、音楽の話をしている時の目が妙に真っ直ぐだった。
「長浜って、どんな音楽聴くの?」
「色々」
「ずるい答え」
春子はギターを取り出しながら言う。
「ロック?」
「好き」
「海外?」
「まあ」
「邦楽は?」
「聞く」
「ほんと話広がんないな」
そう言いながらも、春子は楽しそうだった。
そして気づいた。
この人、音楽の知識がかなり深い。
アーティストの話。
機材の話。
コード進行。
中学生とは思えないくらい詳しい。
「なんでそんな知ってるの?」
「兄貴の影響。家にレコードめっちゃある」
春子は嬉しそうに語る。
「これから絶対、バンドの時代来るよ」
その言葉に、少しだけドキッとした。
未来を知っている俺と、感覚で時代を掴んでいる春子。
方向が同じだった。
「長浜、さっきの曲また弾いてよ」
「嫌だ」
「なんで」
「まだ途中」
「じゃあ完成したら聞かせて」
春子はそう言って笑った。
その笑顔を見ながら、俺は少しだけ不思議な感覚になっていた。
気づけば、普通に話している。
音楽のことを。
未来のことではなく。
転生のことでもなく。
ただ、今の自分として。
それは久しぶりの感覚だった。
帰り道。
夕焼けの空を見上げながら、俺は小さく息を吐いた。
友達。
そう呼べる相手が、中学で初めてできた気がした。
もちろん、まだ分からない。
これからどうなるかも。
でも、少なくとも桐谷春子と話している時間は嫌じゃなかった。
むしろ、楽しかった。
音楽の話をしている時だけは、自分が少しだけ“普通の中学生”に戻れる気がした。
その夜、机に向かいながら、俺は鍵盤を指で軽く叩く。
未来を知っている。
それは武器だ。
でも、本当に大事なのは、今をどう生きるかかもしれない。
軽音部。
キーボード。
桐谷春子。
そして、まだ始まったばかりの音。
それがこの先、どこへ繋がっていくのか。
この時の俺は、まだ知らなかった。
第13話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、中学編の軽音部スタート回でした。
未来へ向けて準備を続ける徹ですが、
音楽の世界へ踏み込んだことで、少しずつ新しい繋がりも生まれ始めます。
そして登場した桐谷春子。
徹にとって、中学で初めて自然に話せる存在になっていきます。
次回は、軽音部での演奏や、恒一との音楽的な繋がりも少しずつ描いていく予定です。
引き続き、よろしくお願いします。




