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召喚された脳みそ  作者: 花束 ねる


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第8話 有給休暇は延長できません



六時間という時間は、思っていたよりも短かった。


王宮庭園の花壇。


柔らかい土。


暖かい日差し。


隣には、小さな苗がいる。


行政改革局長に与えられた、初めての有給休暇。


その終了まで、残り五分となっていた。


「……もう終わりですか」


一年以上、行政改革局長として働いてきた。


その間、一度も休暇を取ったことがなかった。


水を吸い、日差しを浴び、風に揺れた。


隣の苗に話しかけた。


庭師に名前をつけてもらった。


何もしていないようで、いろいろなことがあった。


「……もう少し、ここにいたいですね」


隣の苗が風に揺れた。


返事かどうかは、わからなかった。


「ルメ」


ロアンが歩いてきた。


その後ろには、研究員がいた。


「……ロアンさん」

「迎えが来たぞ」

「……はい」


研究員は、手にした記録板を確認した。


「局長、実証試験の終了時刻が近づいています」

「……もう時間?」

「はい」

「……そうか」


ルメは、隣の苗を見た。


「……では、また」


返事はない。


それでも、今度は気にならなかった。


ロアンがしゃがみ込んだ。


「また来いよ、ルメ」

「……はい。ぜひ」


研究員が装置を操作した。


「それでは、身体接続を解除します」


「……あのさ」

「はい」

「……有給休暇の延長って、できないの?」

「できません」

「……一時間だけでも?」

「実証試験の規定により、六時間が上限です」

「……そうか」


ルメは考えた。


規定は規定である。


行政改革局長として、例外を安易に認めるわけにはいかない。


「……わかった」


研究員は再び装置を操作した。


「接続を解除します」


その瞬間。


ルメは、あることに気づいた。


「……ちょっと待って」

「何でしょう」

「……今って、有給休暇中だよね」

「はい」

「……じゃあ、休暇中の業務命令には従う義務がないんじゃない?」

「…………」


研究員は記録板を見た。


「これは業務命令ではありません」

「……じゃあ?」

「実証試験の終了です」

「……なるほど」


反論の余地はなかった。


「それでは解除します」


「……待って」

「今度は何でしょう」

「……未消化の休暇時間って、翌日に繰り越せる?」

「六時間すべて消化しています」

「……そうだった」


研究員は深く息を吐いた。


「局長」

「……何?」

「そろそろ戻っていただけますか」

「……うん」


ロアンは黙って見ていた。


「ルメ」

「……はい」

「また来りゃいいだろ」

「……そうですね」


ルメは、土の感触を確かめた。


水分が根から入ってくる。


暖かい。


柔らかい。


この身体になって初めて知った感覚だった。


「……ロアンさん」

「何だ」

「……次に来るときも、ここに植えていただけますか」

「空けといてやるよ」

「……ありがとうございます」


研究員が装置を操作した。


今度こそ、接続が解除された。


視界が消えた。


土の感触も、風も、日差しも。


すべてが遠ざかった。


そして。


いつもの水晶越しの声が聞こえた。


「局長、接続解除を確認しました」

『……うん』

「実証試験は終了です」

『……わかった』


研究員が記録板をめくった。


紙の擦れる音がした。


いつもなら、気にも留めない音だった。


研究員は、実験記録の読み上げを始めた。


「接続時間、六時間。植物身体の状態は良好。移動能力、吸水機能ともに異常なし」


『……うん』


「接続解除後の意識状態も正常です」


『……そうだね』


研究員は記録板をめくった。


ルメは、そこに何が書かれているのか、自分の目で確かめたいと思った。


六時間前まで、そんなことを考えたこともなかった。


一年以上、この状態で仕事をしてきた。


書類は読み上げてもらい、報告は口頭で受ける。


必要な情報は、すべて誰かが伝えてくれた。


それで十分だと思っていた。


六時間前までは。


『……あのさ』

「はい」

『今日の記録、もう少し詳しく聞いてもいい?』

「承知しました」


研究員は、記録を最初から読み上げた。


ルメは黙って聞いていた。


庭園での出来事が、項目ごとに整理されていく。


移動距離。


水分消費量。


土壌への再定着。


植物身体の反応。


『……ロアンさんのことは?』

「庭師による管理状況も記録しています」

『……そっか』


研究員は次の項目に進んだ。


「局長、身体接続解除後の違和感はありますか」


『……あるね』


「具体的には?」


『……見えない』


「はい」


『土に触れない』


「はい」


『風も感じない』


「はい」


『……あと、ちょっと寂しい』


研究員の筆が止まった。


「……寂しい、ですか」

『うん』

「それは、身体機能に関する症状でしょうか」

『……どうだろう』

「精神的な反応として記録します」

『……それでいいよ』


研究員は記録板をめくった。


「それでは、通常業務に復帰していただきます」


『……うん』


研究員が別の書類を取り出した。


「本日の未処理案件は、こちらになります」


『読み上げて』


「はい。まず、王宮内の備品管理規定についてですが……」


いつもの仕事だった。


聞き慣れた報告。


聞き慣れた問題。


そして、聞き慣れた人事部からの照会。


『……ちょっと待って』

「はい」

『今、人事部って言った?』

「はい。人事部からの照会です」

『……ちょうどいいや』

「何がでしょうか」

『次の有給休暇って、いつ取れる?』

「…………」


研究員は記録板を確認した。


「人事部にお問い合わせください」


『……今、その人事部の話をしてるよね』


「はい」


『……じゃあ、ついでに聞いておいて』


「承知しました」


研究員は記録板に追記した。


「次回の有給休暇について、取得希望日を確認します」


『……あと』


「はい」


『植物の身体を使える日がいい』


「実証試験の日程は、まだ決まっておりません」


『……じゃあ、決まったら教えて』


「承知しました」


少し間があった。


『……できれば、同じ花壇で』


「……それも記録しますか?」


『うん。お願い』


研究員は、最後に一行を書き加えた。


行政改革局長は、初めての有給休暇を終了した。


なお、次回の休暇申請は、復職後三分で提出された。





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