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召喚された脳みそ  作者: 花束 ねる


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第6話 意思疎通の方法が異なります



行政改革局長は、重大な問題に直面していた。


話し相手がいない。


「…………」


いや、正確には隣にいる。


先ほど救助された、小さな苗だった。


「……よかったですね」


返事はない。


「……お怪我はありませんか?」


返事はない。


「…………」


脳みそは、隣の苗を眺めた。


小さな葉が、風に揺れている。


自分は今、植物である。


相手も植物である。


ならば、同じ植物同士で意思疎通ができてもおかしくないのではないか。


「……こんにちは」


返事はない。


「……聞こえていますか?」


返事はない。


「…………」


脳みそは少し考えた。


言葉が通じないなら、別の方法を試せばいい。


「……もし聞こえていたら、葉を一枚動かしてください」


葉が揺れた。


「……!」


もう一度、揺れた。


「……なるほど」


脳みそは慎重に確認した。


「……では、聞こえていなければ、もう一度動かしてください」


葉が揺れた。


「…………」


判定不能だった。


「何やってる」


庭師だった。


先ほどの騒ぎが気になったのか、再び様子を見に来たらしい。


「……意思疎通の実験です」

「誰と」

「……隣の苗と」

「…………」


庭師は苗を見た。


「話せたのか」

「……まだです」

「そうだろうな」

「……植物同士なら、何か通じるのではないかと」

「お前、さっきから普通に喋ってるじゃないか」

「……それは研究員が」

「ああ、そうだったな」


庭師はケイトウの前にしゃがんだ。


「普通の植物は、人間みたいに喋らんぞ」

「……では、どうやって意思を伝えるんですか?」

「意思?」

「……例えば、水が足りないとか、日差しが強いとか」

「そんなもの、見ればわかる」

「…………」


脳みそは隣の苗を見た。


見てもわからなかった。


「……どこを見れば?」

「葉だな。色や張り、向き。それから茎の状態」

「……はい」

「土の乾き具合も見る」

「……はい」

「根の状態も大事だが、むやみに掘り返すわけにはいかん」

「……なるほど」


庭師は隣の苗の葉に目を向けた。


脳みそは、その横顔を見た。


日に焼けた肌。


眉間に刻まれたしわ。


土のついた指先。


「……どうした」

「……いえ」


脳みそは、もう一度その顔を見た。


一年以上、脳みそは水晶を通して人と意思を交わしてきた。


相手が笑っているのか、困っているのか。


その表情を、自分の目で確かめることはできなかった。


初めてケイトウの身体を手に入れたときも、人の姿は見えていた。


けれど、あの二時間は忙しかった。


歩けることが嬉しくて、水が足りなくなって、土に植えられ、また引き抜かれた。


誰かの顔を、こんなふうにゆっくり眺めたことはなかった。


「……顔って、いろいろ変わるんですね」

「何だ、急に」

「……水晶越しでは、わからなかったので」

「…………」


庭師は、少しだけ表情を緩めた。


「そういや、お前は見えるんだったな」

「……はい」


脳みそは、その変化をじっと見ていた。


「……今、笑いましたね」

「少しな」

「……なるほど」

「何がだ」

「……水晶越しより、情報量が多いです」

「…………」


庭師は何か言いかけて、やめた。


「まあ、見えるようになったなら、よく見て覚えろ」

「……はい」


脳みそは隣の苗を見た。


小さな葉が、日差しを受けている。


人間は、顔を見れば言葉以外のこともわかる。


では、植物はどうなのだろう。


「……この苗は、今、何を考えているんでしょう」

「知らん」

「…………」

「考えてることまではわからん」

「……そうなんですか」

「ただ、今のところは元気そうだ」

「……なるほど」


庭師は苗の根元を軽く確かめた。


「お前がまた動かさなければな」

「……はい」


脳みそは、隣の苗を眺めた。


話しかけても返事はない。


けれど、葉は日差しを受け、根は土の中で水を吸っている。


自分と同じだった。


「……不思議ですね」

「何が」

「……何も言わないのに、生きていることがわかります」

「そりゃ、生きてるからな」

「…………」


庭師は立ち上がった。


「お前も少しは見習え」

「……何をですか?」

「黙って根を張ることだ」

「…………」


脳みそは考えた。


それは、なかなか難しい要求だった。


一年以上、行政改革局長として働いてきた。


報告を受け、問題を分析し、改善策を考える。


自分では書類一枚持てなくても、仕事はできた。


しかし、黙っているだけで仕事が進むなど、考えたこともなかった。


「……ちなみに」

「何だ」

「植物の状態を記録するための観察表などは」

「あるぞ」

「……!」


庭師は腰の道具袋から、小さな手帳を取り出した。


日付、天候、土の状態、植物の生育状況。


細かい文字が並んでいる。


脳みそは感心した。


「……素晴らしい」

「何が」

「……すでに管理体制が整備されている」

「当たり前だ。仕事だからな」

「…………」


脳みそは、もう一度隣の苗を見た。


「……では、私の観察記録もありますか?」

「ある」

「……本当ですか?」

「ああ」


庭師は手帳を開いた。


「ケイトウ。一株。移動癖あり。要注意」

「…………」


脳みそは、少し考えた。


「……改善の余地がありますね」

「お前にな」


行政改革局長は、植物として初めての評価を受けた。


評価項目は、生育状況ではなかった。





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