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召喚された脳みそ  作者: 花束 ねる


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第5話 自主的な移動は推奨されません



王宮庭園。


行政改革局長は、初めての有給休暇を取得していた。


久留米ケイトウの身体に意識を移し、花壇の土に根を下ろしている。


本日の実証試験は六時間。


その間、公務を行うことは禁止されていた。


「……いいなあ」


土は柔らかく、ほどよく湿っている。


根の先から水分が伝わり、頭上には暖かな日差しが降り注いでいた。


一年以上、透明な容器の中で過ごしてきた。


今は、何もしなくても生きている実感がある。


「……もうちょっと」


脳みそは根を動かした。


前回の試験では、歩行によって大量の水分を消耗した。


ならば、土の中で効率よく水分を吸収できる場所を探せばいい。


「……こっちかな」


根を動かして土を押しのける。


もう少し先へ。


「……あ」


隣の植物の細い根に触れた。


「……失礼します」


脳みそは根を横へ動かした。


土が、わずかに盛り上がった。


「おい」


声がした。


「そこのケイトウ」


作業着を着た男が、花壇を見下ろしている。


庭師だった。


研究員から、今回の試験については説明を受けている。


王国の英雄であり、行政改革局長でもある人物が、ケイトウの身体で花壇を使用するらしい。


庭師には、いまひとつ理解できていなかった。


ただ、このケイトウは人間の感覚で物事を判断し、必要もないのに動こうとするらしい。


それだけは、注意するように言われていた。


「何をしている」

「……水を探しています」

「水?」

「はい。根を動かして、湿った場所を探してました」

「…………」


庭師は盛り上がった土を見た。


「今、根を動かしたのか」

「はい」

「何のために」

「効率化です」

「…………」


庭師はしゃがみ込んだ。


「根は勝手に水を探す」

「……勝手に?」

「水分や養分に反応して伸びる。わざわざ土を掘り返すな」

「……自動なんですか?」

「植物だからな」

「…………」


脳みそは考えた。


一年以上、行政改革局長として業務の効率化に取り組んできた。


しかし、自分の身体には最初から自動化された仕組みが備わっているらしい。


「……優秀ですね」

「何が」

「根」

「…………」


庭師は隣の株を指さした。


「そっちの根を傷めたらどうする。必要もないのに動くな」

「……はい」


庭師は土を軽く押さえた。


「それと、水をやりすぎるなよ」

「……でも、研究員に多めにって頼んだんですけど」

「余計なことを」

「……水、多いと駄目?」

「多けりゃいいってもんじゃない。根が傷む」

「…………」


知らないことばかりだった。


「……難しいですね」

「何が」

「植物」

「…………」


庭師はケイトウを見下ろした。


「お前、今は植物だろ」

「……初心者なので」

「…………」


庭師は何か言いかけて、やめた。


「とにかく、勝手に動くな。何かあったら呼べ」

「……はい」


庭師は道具を持って歩いていった。


脳みそは、その背中を見送った。


怒られた。


植物として。


魔王軍との和平交渉も、行政制度の改革も経験してきた。


しかし、植物としては初日だった。


「…………」


今日は休暇だった。


仕事をする必要はない。


何かを決める必要もない。


ただ、ここにいればいい。


脳みそは日差しを受けながら、静かに光合成を始めた。


しばらくして。


「……あれ?」


隣の小さな苗が傾いていた。


先ほど触れた根の持ち主らしい。


茎が斜めになり、葉が土に触れそうになっている。


「……大丈夫?」


返事はない。


「…………」


脳みそは考えた。


自分が根を動かしたせいかもしれない。


ならば、自分で直すべきだろう。


「……ちょっと失礼します」


太い根を動かし、隣の苗へ近づこうとした。


しかし、土の中に伸び始めた細い根が引っ張られる。


「……あれ?」


もう少し。


ぐいっ。


根元の土が崩れた。


ずるっ。


「…………」


ケイトウの身体が傾いた。


「……あ」


隣の苗は、まだ傾いている。


そして自分も傾いている。


「…………」


状況が悪化した。


「……救助が必要ですね」


「何してる!」


庭師が戻ってきた。


花壇には、斜めになった苗が二株。


「動くなと言っただろ!」

「……救助活動です」

「誰の!」

「……隣の苗の」

「お前が救助される側になってるだろ!」

「…………」


庭師は慌てて花壇にしゃがみ込んだ。


まず隣の苗を起こし、崩れた土を戻す。


次に、傾いたケイトウの根元を確かめた。


「無理に引っ張るなよ」

「……はい」

「細い根が切れる」

「……はい」

「まったく、何をやってるんだ」


庭師は丁寧に土を寄せ、ケイトウの身体をまっすぐに戻した。


「……すみません」

「謝るくらいなら、最初から呼べ」

「……呼んでよかったんですか?」

「俺は庭師だぞ」

「…………」


庭師は根元の土を軽く押さえた。


「お前の根も、俺の仕事だ」

「…………」


脳みそは、足元の土を感じた。


柔らかい。


暖かい。


先ほどより、少しだけ安心できる気がした。


「……ありがとうございます」

「次からは勝手に動くなよ」

「……はい」


庭師は立ち上がった。


「まったく。英雄だか局長だか知らんが、花壇じゃ手のかかる新人だな」

「……申し訳ありません」

「まあ、根が傷んでなくてよかった」


脳みそは少し考えた。


「……ちなみに」

「何だ」

「今の救助活動は、公務に入りますか?」

「知らん。俺に聞くな」

「……では、同じ事故を防ぐために、庭園の管理体制を見直した方が」

「お前が動かなきゃ済む話だ!」

「…………」


行政改革局長による庭園業務の改善提案は、提出前に却下された。


「……原因の特定が早いですね」





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