第4話 雇用形態が確認できません
王宮庭園の使用許可が下りて、数日が経過した。
行政改革局長の執務室。
次の実証試験に向けた準備は、順調に進んでいた。
はずだった。
「局長、人事部から照会が来ております」
『何?』
「植物の身体で、引き続き公務員として勤務できるか確認したいそうです」
『……どういうこと?』
「植物の身体で公務に従事する場合、雇用上の取り扱いが不明確とのことです」
『仕事はしてるけど』
「はい」
『今もしてる』
「はい」
『何が問題なの?』
「身体が植物であることです」
『…………』
脳みそは考えた。
一年以上、身体のない状態で行政改革局長を務めてきた。
魔王軍との和平交渉も、予算の見直しも、行政制度の整備も、すべて脳みそだけで行ってきた。
それなのに。
身体を手に入れた途端、勤務資格が疑われていた。
『……脳みそはよかったの?』
「はい。特例として認められております」
『植物は?』
「特例の対象外です」
『なんで』
「当時、植物の身体を想定しておりませんでしたので」
『……誰が特例を作った?』
「局長です」
『…………』
研究員は書類を一枚取り出した。
「なお、人事部から確認事項が届いております」
『読んで』
「第一項。現在の身体は、労働者本人と同一であるか」
『同じだけど』
「第二項。植物の生理活動は勤務時間に含まれるか」
『……生理活動?』
「光合成、吸水、呼吸などです」
『生きてるだけなんだけど』
「第三項。勤務時間外における生理活動を、時間外労働とみなすか」
『…………』
「第四項。休憩時間中の光合成は認められるか」
『……光合成を止めろってこと?』
「その点も確認が必要だそうです」
脳みそはしばらく黙った。
『……あのさ』
「はい」
『人間って、呼吸しながら働いてるよね』
「はい」
『水も飲むよね』
「はい」
『それができなかったら働けないよね』
「おっしゃるとおりです」
『植物も同じなんだけど』
「…………」
『生命維持と労働を、どうやって切り離すの?』
「……人事部に確認いたします」
『切り離せる根拠を示してもらって』
「承知しました」
研究員は回答欄に記入した。
【生命維持活動と労働を分離できる根拠の提示を求める】
研究員は次の書類を確認した。
「それから、勤務場所についても問題がございます」
『今度は何?』
「王宮庭園は、行政改革局の指定勤務場所ではありません」
『……花壇の許可は取ったよ』
「はい。庭園の使用許可です」
『仕事は?』
「別途、勤務場所の変更申請が必要です」
『…………』
脳みそは考えた。
花壇に入るには、庭園の使用許可が必要だった。
花壇で働くには、勤務場所の変更許可が必要だった。
そして植物として働くには、労働者としての資格審査が必要だった。
身体がなかった頃には、どれも必要なかった。
『……身体、作らない方がよかった?』
「そのようなことはありません」
『……どうして?』
「局長は、身体を必要とされていたのでしょう?」
『……うん』
「でしたら、開発した意味はあります」
『でも、働けないんでしょ』
「勤務の可否は人事部が判断いたします」
『…………』
「それに、まだ試験は始まったばかりです」
『……そっか』
研究員は書類を揃えた。
「局長、人事部から暫定的な対応案が提示されております」
『何?』
「植物の身体を使用する時間は、勤務時間から除外するそうです」
『……つまり?』
「実証試験中は、公務を行わないでください」
『六時間?』
「はい」
『ずっと?』
「はい」
『…………』
脳みそは考えた。
一年以上、身体がなくても働いてきた。
ようやく身体を手に入れた。
その結果。
初めて、仕事をすることを禁止された。
『……じゃあ、その六時間は何をすればいいの?』
「光合成をしていただければ」
『…………』
脳みそはしばらく考えた。
『……待って』
「はい」
『植物の身体にいる間は、働いちゃいけないの?』
「現時点では、そのようになります」
『意識を脳に戻したら?』
「従来どおり勤務できます」
『……じゃあ、今は働いていいんだよね』
「はい」
『人事部への回答、作る』
「かしこまりました」
研究員は人事部への回答用紙を用意した。
『まず、本人確認』
「はい」
『身体が変わっても、意識と記憶が同じなら本人』
「記録いたします」
『それから、勤務場所』
「はい」
『王宮庭園』
「はい」
『ただし、植物の身体を使用しているときだけ』
「条件付きの勤務場所変更ですね」
『そう』
「記録いたしました」
研究員は回答用紙の内容を確認した。
「局長、こちらを正式な回答として提出いたしますか?」
『お願い』
「ただし、ひとつ確認がございます」
『何?』
「植物の身体での勤務を認める場合、休憩時間の取り扱いも決める必要があります」
『……休憩?』
「はい。通常の職員には、所定の休憩時間がございます」
『私も?』
「はい」
『植物なのに?』
「職員ですので」
『…………』
研究員はさらに書類を確認した。
「それから、休暇の取得状況についても照会が来ております」
『休暇?』
「はい。局長は就任以来、有給休暇を一日も取得されておりません」
『……身体がなかったから』
「休暇の取得に身体の有無は関係ございません」
『…………』
「人事部からは、今後の実証試験に合わせて休暇を取得するよう勧告されております」
『……つまり?』
「次回の試験日は、有給休暇として処理することが可能です」
『仕事しなくていいの?』
「はい」
『六時間ずっと?』
「はい」
『…………』
脳みそは考えた。
一年以上、身体がなくても働いてきた。
ようやく身体を手に入れた。
その結果。
仕事をすることが禁止され、休暇を取るように言われている。
『……あのさ』
「はい」
『私、身体を手に入れたんだよね』
「はい」
『なのに、できないことが増えてない?』
「現時点では、制限事項が増えております」
『…………』
研究員は書類を片付けた。
「では、次回の実証試験は有給休暇として申請いたしますか?」
『……ちょっと待って』
「はい」
『有給って、何をすればいいの?』
「お休みいただければ結構です」
『…………』
脳みそは考えた。
仕事をしなくていい。
六時間も。
それは、身体がなかった頃には考えられなかったことだった。
『……とりあえず、あの土に入って考える』
「承知しました」




