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召喚された脳みそ  作者: 花束 ねる


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第31話 操作権限を取得しました



「局長、次は浮遊状態での自律移動試験を行います」

「……自分で飛ぶの?」

「はい。前回はモリスが操作しましたが、今回は局長ご自身に移動と姿勢の制御を行っていただきます」

「……おお!」

「まずは操作権限の移譲から始めます」


 王宮庭園の作業台には、クリスマスローズの鉢が置かれていた。


 ロアンが土を入れ替えてくれたばかりの鉢だ。


 ルメは6輪の白い花を日差しに向けた。


 すーっ。


「……やっぱり、外は動きやすいなあ」


 今度は葉っぱに意識を向ける。


 ぴこっ。


「……あ」


 もう一度。


 ぴこぴこ。


「……クルト、葉っぱも動くよ」

「確認しました。葉の随意運動も可能なようですね」

「……手みたい」

「葉です」

「……分かってるよ」


 クルトが記録板に書き込んだ。


「では、浮遊試験を開始します」


 モリスが鉢の底に刻まれた魔法陣へ手をかざした。


 淡い光が広がる。


 ふわっ。


 鉢が作業台から5センチほど浮き上がった。


「……おお!」


「その位置で停止してください」

「はい」


 鉢が作業台のすぐ上で静止した。


「局長、浮遊に必要な魔力は引き続き私が供給します」

「……うん」

「ただし、移動方向と姿勢の操作は局長にお渡しします」

「……なるほど」

「操作権限の移譲は、鉢を着地させるか、着地可能な高さで静止させた状態で行います」

「……今くらい?」

「はい。操作が一時的に途切れても、鉢が破損しない高さです」

「……分かった」

「では、操作権限を移譲します。準備はよろしいですか?」

「……はい!」


 モリスが魔法陣に意識を集中させた。


 鉢底の光が一度強くなる。


「移譲します」


 ふわっ。


 鉢がわずかに沈み、再び静止した。


「……あれ?」


 ルメは不思議な感覚を覚えた。


 花でもない。


 葉っぱでもない。


 根っこでもない。


 鉢の底に、もう一つ身体ができたような感覚だった。


「……なんか、動かせそう」

「操作権限の移譲を確認しました」


 クルトが記録板を開いた。


「まずは現在の高度を維持してください」

「……うん」


 ルメは鉢をその場にとどめるように意識した。


 ふわふわ。


 鉢は作業台の5センチほど上で静止している。


「……できてる?」

「はい。安定しています」

「……おお!」


「次は、ゆっくり上昇してください」

「……うん」


 上へ。


 ふわっ。


 鉢が少し上がった。


「……おおお!」


「そこで停止してください」

「……はい!」


 ぴたっ。


 鉢が止まった。


「上昇および停止操作を確認」

「……自分で浮いてる!」


 モリスが微笑んだ。


「順調ですね、局長」

「……うん!」


「では、水平移動を試してください」

「……前に行けばいい?」

「はい。ゆっくりお願いします」


 ルメは前へ進むことを考えた。


 すーっ。


 鉢が動いた。


「……おお!」


 作業台が少しずつ遠ざかる。


「……すごい!」


「そこで停止してください」

「……うん」


 鉢が止まった。


「次は右方向です」

「……右ね」


 すーっ。


「……できた!」


「左方向へ戻してください」

「……うん!」


 すーっ。


 鉢が元の位置へ戻った。


「……これ、楽しい!」


 ルメは6輪の花を動かした。


 青空。


 花壇。


 庭園の小道。


 研究員たち。


 少し高い位置から見る庭園は、いつもと違って見えた。


「……ねえ、クルト」

「はい」

「……もう少し高く行ってもいい?」

「現在の操作が安定してからにしてください」

「……そっか」


 ルメは葉っぱをぴこぴこ動かした。


「……じゃあ、これは?」

「葉の運動は浮遊操作と分けて確認します」

「……はーい」


 モリスが小さく笑った。


「では、次は方向転換を試しましょう」

「……方向転換?」

「はい。鉢の向きを変えます」

「……なるほど!」


 ルメは鉢を右へ向けようとした。


 くるっ。


「……おお!」


 鉢が傾いた。


 そして、そのまま前へ一回転した。


「……あれ?」


 鉢が元の向きに戻る。


「……今、回った?」

「はい。前方への回転を確認しました」

「……右を向こうとしたんだけど」

「回転軸が異なっています」


 クルトが記録板に書き込んだ。


「局長、反対方向へゆっくり戻してください」

「……うん」


 ルメは反対へ動かそうとした。


 くるくるっ。


「……あれ?」


 今度は後ろへ二回転した。


「……ちょっと回りすぎた」


「局長、回転操作を停止してください」

「……うん」


 止まれ。


 くるっ。


 止まれ。


 くるくるっ。


「……あれれ?」


 鉢の回転が速くなった。


 くるくるくるっ。


「……ちょっと待って」


 6輪の視界が一斉に動いた。


 青空。


 地面。


 青空。


 地面。


 その間にも、横向きの花には木々や研究員たちが次々に映り込む。


「……あれええ?」


「局長、回転操作を停止してください!」

「……止めようとしてる!」


 くるくるくるくる。


 鉢が前転を続けた。


 ぱらっ。


 鉢の縁から土が少しこぼれた。


 ぱらぱらっ。


「モリス! 操作権限を戻してください!」

「はい!」


 モリスが魔法陣へ意識を集中させた。


 その瞬間。


「あっ……!」


 モリスの手が止まった。


「どうしました?」

「今、操作権限を切り替えると、浮遊制御が一度途切れます」

「……落下するということですか?」

「はい!」


 クルトが鉢を見上げた。


 鉢はすでに、研究員たちの頭より高い位置で回転していた。


「鉢が破損する可能性がありますね」

「はい。植物体が損傷した場合、局長の意識や本体への影響も分かりません」

「強制的な切り替えは中止してください!」


 くるくるくるくる。


「……クルトぉ!」


「局長! まず地面まで降下してください!」

「……地面!?」


 ルメは6輪の花を動かした。


 青空。


 地面。


 王宮。


 青空。


 地面。


「……どっち!?」


「下方向です!」

「……下が分かんない!」


 くるくるくる。


 ルメは何とか高度を下げようとした。


 ふわっ。


 鉢が上昇した。


「……あれ!?」


「局長、逆です!」


 反対へ。


 すーっ。


 今度は横へ動いた。


「……あれれ!?」


 くるくる。


 ふわふわ。


 ぱらっ。


 また土がこぼれた。


 モリスが叫んだ。


「局長! 操作を一度止めてください!」

「……止めてるつもりなんだけど!」


 そこへ風が吹いた。


 ふわあっ。


 鉢が生け垣の方へ流れた。


「……あ」


 くるくるくる。


 ふわふわ。


 生け垣が近づいてくる。


「局長! そちらへ進まないでください!」

「……進んでないよ!」


 鉢は生け垣の上を越えた。


「……クルト!?」


 研究員たちの姿が見えなくなった。


 くるくる。


 ぱらぱらっ。


 また少し土が落ちた。


「局長! 高度を維持してください!」


 遠くから声が聞こえた。


「……高度ってどれ!?」


 くるくるくる。


 鉢はさらに遠ざかっていった。


 庭園では、クルトがモリスに向き直った。


「操作権限を強制的に戻す方法は?」

「ありますが、空中では危険です」

「では、着地するまで切り替えられませんね」

「はい」

「魔力供給は維持できますか?」

「可能です。刻印への供給は継続しています」

「分かりました。浮遊状態を維持してください」


 クルトは記録板を閉じた。


「追跡魔法を起動してください」

「はい!」


 モリスが手元の魔法具を操作した。


 淡い光が一点を指し示す。


「刻印の位置を確認しました!」

「追跡します!」


 研究員たちが走り出した。


 一方、ルメは。


 くるっ。


 ふわふわ。


「……あれ?」


 回転が少しずつ遅くなっていた。


 くるっ。


 ふわ。


 ようやく鉢が静かになった。


「……止まった?」


 ルメは6輪の花を動かした。


 青空。


 王宮の壁。


 木々。


 石畳。


 見覚えのない庭。


「……あれ?」


 研究員たちの姿は見えない。


「……クルト?」


 返事がない。


「……モリス?」


 誰もいない。


「……どこ行ったんだろう」


 ルメは鉢を動かそうとした。


 すーっ。


「……あ、動いた」


 右へ。


 すーっ。


 左へ。


 すーっ。


「……おお!」


 今度はちゃんと動かせた。


「……よかった」


 ルメは周囲を見渡した。


 王宮の建物が見える。


 知らない小道が見える。


 庭園の木々は、どれも似ていた。


「……で」


 6輪の花が、ぴこぴこと動いた。


「……帰り道はどっちだろう」


 鉢の縁から、土がひと粒落ちた。


 ぽとっ。


「……あ」


 ルメは鉢の中を見ようとした。


 けれど、花の向きではよく見えない。


「……土、大丈夫かな」


 ロアンの顔を思い出す。


『根っこは動かすなよ!』


「……根っこは動かしてないんだけどなあ」


 ふわふわ。


 ルメは周囲を見渡した。


 6輪の花が、ぴこぴこと動いた。


「……まあ、王宮の中だし、何とかなるよね」


 行政改革局長は、まだ自分が迷子になったことに気づいていなかった。





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