第28話 観察対象が違います
「局長、視覚認識の試験を続けます」
「……うん」
眼鏡の研究員がライトを持ち上げた。
6輪のクリスマスローズに光が当たる。
ピコッ。
1番の花が動いた。
ピコピコッ。
続いて3番と4番。
ピコピコピコピコピコピコッ。
「局長」
「……うん?」
「まだ何も指示していません」
「……分かってるよ」
ピコッ。
「…………」
「……あ、ごめん」
研究員がライトの位置を調整した。
ルメは光を追って、茎を傾けた。
グイーン。
6輪がゆっくり右へ向く。
研究員の手が止まった。
「……!」
しばらく6輪を見つめていたが、今度は自分からライトを左へ動かした。
グイーン。
6輪が左へ。
右へ。
グイーン。
また右へ。
ライトを止めると、花が小刻みに動いた。
ピコピコピコピコピコピコッ。
「……ふふっ」
「……何?」
「いえ、ついてくるので……」
研究員がライトを少し上げた。
グイーン。
6輪が光を追う。
3番の視界からクルトが消え、天井の照明が入ってきた。
「……あ、そっちも見えるんだ」
ピコピコピコピコピコピコッ。
「……ふふっ」
「……面白い?」
「は、はい」
「……私も」
ピコピコピコピコピコピコッ。
「モリス」
「は、はい!」
クルトが記録板から顔を上げた。
「照射位置を固定してください」
「す、すみません」
ライトが止まった。
「……ねえ、さっきクルトがモリスって呼んでたけど」
「はい」
「……モリスでいいの?」
「はい。植物研究担当のモリスです」
「……じゃあ、モリス。よろしく」
ピコピコピコピコピコピコッ。
「……ふふっ。よろしくお願いします」
モリスが小さく頭を下げた。
ピコピコッ。
「局長」
「……うん?」
「挨拶は終了しましたか?」
「……うん」
「では、続けます」
クルトが研究室の奥へ合図した。
3人の研究員が器具を動かす。
「局長、変化を報告してください」
「……奥の机にあった器具が移動した」
「はい」
「……それから、左の人が右へ移動した」
「正解です」
ピコッ。
4番の花が研究室の奥へ向いた。
「局長、花が動いています」
「……あれ?」
「指示はしていません」
「……うん。動かしたつもりもないんだけど」
「無意識に動かしているようです」
「……無意識?」
「運動操作が定着し始めた可能性があります」
「……ああ、人間の反射みたいなものか」
「その可能性があります」
ピコピコピコピコピコピコッ。
「現在も動いています」
「……あ」
クルトが記録板に書き込んだ。
奥で器具が置かれる音がした。
ピコッ。
4番の花がそちらを向いた。
女性研究員が記録板をめくった。
ピコッ。
今度は3番の花が動いた。
「局長」
「……うん?」
ピコッ。
「…………」
「……何?」
「いえ。続けてください」
ルメは少し考えた。
「……ねえ、クルト」
「はい」
「……今のも記録した?」
「はい」
「……何て?」
「無意識下での運動反応を確認」
「……そっか」
ピコッ。
クルトの筆記具が動いた。
「……それも?」
「はい」
ピコピコッ。
モリスがライトを持ち直した。
その腕が少し下がっている。
「……ねえ、モリス」
「は、はい」
「……腕、疲れない?」
「えっ?」
「……ずっと持ってるから」
「あ、少しだけ……」
「……クルト、ライト固定できない?」
「固定器具は準備中です」
「……何か台に置けばいいんじゃない?」
「照射角度の調整が必要です」
「……高さを合わせれば?」
クルトがモリスを見た。
「適当な台はありますか?」
「は、はい。器具台なら……」
「準備してください」
「はい!」
モリスがライトを消して下ろした。
6輪の動きが止まった。
「……あれ?」
ルメは花を動かそうとした。
ピコピコッ。
上向きの2輪だけが動いた。
「……クルト、4輪が動かない」
「光量が不足しているようです」
「……上の2輪は動くんだけど」
「上向きの花は、天井からの光を受け取れているのでしょう」
「……なるほど」
モリスは器具台を取りに行った。
しばらくして、器具台を運んできた。
「お、お待たせしました」
モリスがライトを器具台に固定し、再び点灯した。
ピコピコピコピコピコピコッ。
「……あ、動いた」
モリスがライトを少し右へ向けた。
グイーン。
6輪がゆっくり光を追った。
「……これで大丈夫です」
「……ありがとう、モリス」
ピコピコピコピコピコピコッ。
「……どういたしまして」
モリスは空いた両手を見下ろした。
それから、もう1度花を見た。
「……本当に動くんですね」
「……うん」
「さっきまで、動かすのも大変だったのに」
「……うん。私もびっくりしてる」
ピコピコピコピコピコピコッ。
モリスはそっと笑った。
「……よかったですね」
「……うん」
ピコピコッ。
クルトが記録板を閉じた。
「局長、次の試験に移ります」
「……うん」
研究室の奥では、3人の研究員が次の器具を準備していた。
モリスはライトの状態を確認している。
女性研究員は記録板を持ち直した。
クルトは試験の進行を確認している。
ピコッ。
4番の花が奥へ向いた。
ピコッ。
3番の花が女性研究員へ。
グイーン。
今度は茎がゆっくり傾き、クルトの後ろにある棚が見えた。
「……ねえ、クルト」
「はい」
「……この研究室、6人いるよね」
「はい」
「……毎回6人必要なの?」
「試験内容によります」
「……今日も?」
「研究計画に基づいた配置です」
「……その計画、見直したことある?」
クルトの筆記具が止まった。
「局長」
「……うん?」
「現在は、局長の視覚機能を検証しています」
「……うん」
「研究室の業務監査ではありません」
「……分かってるよ」
ピコピコッ。
「…………」
「……でも、見えちゃったから」
ピコピコピコピコピコピコッ。
女性研究員が記録板を持ち上げた。
顔を隠す。
肩が震えている。
モリスはライトの角度を確認するふりをして、下を向いた。
クルトは記録板を閉じた。
「業務監査は、実験終了後にお願いします」
「……予約できる?」
「日程を確認します」
ピコッ。
女性研究員の肩が、さらに震えた。
クルトは記録板を開いた。
「局長」
「……うん?」
「試験の続きを始めます」
「……はい」
ピコピコピコピコピコピコッ。
「花の運動は、そのままで結構です」
「……いいの?」
「無意識の運動も観察対象です」
「……そっか」
ピコピコピコピコピコピコッ。
モリスが顔を上げた。
女性研究員も記録板を下ろした。
6輪の白い花が、あちこちを向いている。
クルトが次の試験内容を読み上げた。
ピコッ。
女性研究員の肩が、また小さく震え始めた。




