第25話 移動方法を検討します
二か月後。
「局長、次期植物型身体の候補株が決まりました」
『おお! クリスマスローズ?』
「はい」
『どんな花?』
「白です。現在、六輪開花しています」
『……六輪も咲いてるんだ』
「つぼみも複数あります」
『……楽しみだな』
クルトは記録板を開いた。
「草丈は約三十センチ。生育状態は良好です」
『……前の身体より小さいね』
「久留米ケイトウは約六十センチでした」
『……半分か』
「はい」
「意識転移試験は三日後を予定しています」
『……もうすぐだね』
「はい。候補株の状態を確認したうえで実施します」
『……今度は何時間?』
「初回は二十四時間を目標とします」
『……一日!?』
「はい」
『……前は六時間だったのに』
「この二か月間で、術式の維持機構を改良しました」
『……そんなに延ばせるんだ』
「延長できるかどうかを確認する試験です。二十四時間の継続を保証するものではありません」
『……なるほど』
クルトは記録板をめくった。
「成功した場合も、身体への負荷を確認しながら段階的に使用時間を延長します」
『……何日くらい使えるようになるのかな』
「現時点では未定です」
『……そっか』
ルメは少し考えた。
『……ところで、ちゃんと歩けるの?』
「その点についても検討しています」
『……よかった』
「ただし、注意事項があります」
『……何?』
「踏圧事故です」
『……踏圧?』
「踏まれることです」
『……ああ』
クルトは資料を確認した。
「久留米ケイトウは約六十センチでしたが、今回は約三十センチです」
『……半分だもんね』
「人の足元に入り込んだ場合、発見が遅れる危険があります」
『……踏まれないかな』
「その危険性があります」
『……やっぱり』
クルトは記録板に書き込んだ。
「踏圧事故防止策を検討」
『……まだ歩いてもいないのに』
「事故は発生前に防止するものです」
『……そうだね』
「もう一つ、根の損傷にも注意が必要です」
『……根っこ?』
「はい。久留米ケイトウは直根性ですが、クリスマスローズは太い根が多数発達します」
『……丈夫そうだね』
「移動時の負荷に耐えられる可能性があります」
『……じゃあ、前より歩けるかもしれないね』
「ただし、根が太いことと、繰り返しの歩行に耐えられることは別です」
『……なるほど』
「土から出した状態では、乾燥や損傷の危険もあります」
『……前もそうだったね』
「はい」
クルトは別の資料を取り出した。
「そこで、移動方法を三種類検討しています」
『……三種類?』
「はい」
「第一案。根を使った自力歩行です」
『……前と同じだね』
「はい。移動の自由度は高いですが、根への負担があります」
『……うん』
「第二案。鉢植えの状態で、他者に運搬してもらう方法です」
『……運んでもらうんだ』
「はい。根を土中に維持できます」
『……それなら安全そうだね』
「ただし、運搬者が必要です」
『……自分では動けないんだね』
「はい」
「第三案。鉢植えの状態で、自力移動する方法です」
『……え?』
「鉢の底に浮遊術式を組み込みます」
『……浮くの?』
「はい。鉢を地面から浮かせ、移動させる方式です」
『……飛べるんだ!』
「飛行ではありません。低高度での浮遊移動です」
『……空を飛ぶのとは違うんだね』
「はい。安全上、移動高度を制限する予定です」
『……なるほど』
ルメは少し考えた。
『……クルト』
「はい」
『それ、私が歩いてることになるの?』
「自力で移動できれば、目的は達成できます」
『……そうだけど』
クルトは記録板に書き込んだ。
「鉢植え状態での自力移動に対する心理的抵抗あり」
『……抵抗ってほどじゃないよ』
「では、抵抗なしと記録します」
『……いや、ちょっと待って』
クルトの筆が止まった。
『……私、前は自分の根で歩いてたんだよね』
「はい」
『……土から出て、歩いて、また土に戻って』
「はい」
『……あれ、けっこう好きだったんだ』
「承知しています」
クルトは記録板をめくった。
「王宮庭園の土壌使用を希望。以前の記録にもあります」
『……そこまで書いてたんだ』
「はい」
少し間が空いた。
『……鉢植えなら、移動してる間も水を吸えるの?』
「根が土中にあるため、条件が整えば可能です」
『……肥料も?』
「はい」
『……それは便利だね』
「はい」
ルメは少し考えた。
『……じゃあ、鉢植えの方が疲れにくいのかな』
「移動に必要な魔力や身体への負荷は、試験で確認します」
『……そっか』
クルトは記録板に追記した。
「鉢植え移動方式への関心あり」
『……クルト』
「はい」
『さっき抵抗があるって書いてなかった?』
「はい」
『……両方書くの?』
「発言時点が異なります」
『……なるほど』
クルトは資料を閉じた。
「ただし、浮遊移動にも課題があります」
『……何?』
「姿勢の維持です」
『……姿勢?』
「鉢が傾いた場合、土の流出や落下が考えられます」
『……ああ』
「また、意図しない回転や移動が起こる可能性もあります」
『……くるくる回っちゃうの?』
「制御が不十分な場合は」
『……それは困るね』
「はい」
『……目が回るのかな』
「視覚情報への影響も含めて検証が必要です」
『……そっか』
クルトは記録板に書き込んだ。
「浮遊時の姿勢制御および回転防止策を検討」
「さらに、自由移動が可能になることで、所在不明になる危険があります」
『……迷子ってこと?』
「はい」
『……私、局長なんだけど』
「役職は事故防止に関係ありません」
『……そうだね』
クルトは記録板に追記した。
「浮遊移動時の位置把握手段を検討」
『……居場所が分かるようにするんだ』
「はい。現在地を確認できる術式が必要です」
『……それなら安心だね』
「加えて、第三者による接触や持ち去りへの対策も必要です」
『……持ち去り?』
「鉢植えですので」
『…………』
クルトはさらに書き込んだ。
「所在確認および持ち去り防止策を検討」
『……また増えたね』
「はい」
少し間が空いた。
『……クルト』
「はい」
『普通に根で歩く方法も残しておいてほしいな』
「理由を教えてください」
『……自分で歩いてる感じがするから』
「感覚的な理由ですね」
『……うん』
「承知しました」
クルトは記録板に追記した。
「根による自力歩行方式も継続検討」
『……ありがとう』
「ただし、安全性を優先します」
『……分かってる』
クルトは記録板を閉じた。
「では、初回試験では鉢植えの状態を維持し、必要に応じて他者が運搬します」
『……根で歩く方は?』
「身体の状態を確認した後、短距離から試験します」
『……浮く方は?』
「浮遊術式の開発後に実施します」
『……まだできてないんだ』
「はい」
『……そっか』
クルトが資料を片づけ始めた。
『……あ、クルト』
「はい」
『鉢植えで運んでもらうときって』
「はい」
『……私は何をすればいいの?』
「何もする必要はありません」
『……本当に?』
「はい」
『……ただ植わってるだけ?』
「そのとおりです」
少し間が空いた。
『……それって、普通の植物と同じだね』
「はい」
『……そっか』
クルトは資料をまとめ、研究室を出た。
廊下では、別の研究員が待っていた。
「例の装置は?」
「候補株への組み込みを完了しています」
「局長への説明は?」
「まだです」
「……よろしいのですか?」
「試験開始後に確認します」
クルトは記録板に目を落とした。
「接近検知時の警報作動試験。未実施」
研究員は、しばらく黙っていた。
「……音量は?」
「最大に設定しています」
研究室では、ルメが以前の身体を思い出していた。
赤い花穂。
土の感触。
根を動かして歩いた庭園。
今度は、白い花になる。
三日後には、また土に触れられるかもしれない。
しかも今度は、六時間では終わらないかもしれない。
根で歩くこともできる。
誰かに運んでもらうこともできる。
そして、いつかは植木鉢ごと浮かぶかもしれない。
空中に浮かぶ植木鉢。
自分で動かして、くるりと向きを変える。
そんなことができたら、ちょっと面白そうだ。
誰もいなくなった研究室。
脳を収めた容器の隣で、水晶板に文字が浮かんだ。
《空中に浮かぶ植木鉢。ちょっと面白そうだ。》
しばらくして、文字は消えた。
研究室には、誰もいなかった。




