第24話 研究方針を変更します
翌日。
「局長、次期植物型身体の研究方針を変更しました」
『……変更?』
「はい。まずは、年間を通じた移動能力と視界の確保を目指します」
『……一年中、歩いて見られるようにするってこと?』
「はい」
『おお。それはいいね』
クルトが記録板を開いた。
「当初、久留米ケイトウは一年草のため、次期身体の候補から除外する方針でした」
『……そうだったね』
「しかし、視覚情報の取得が開花状態に依存すると判明しました」
『うん』
「多年草でも、花が咲いていなければ視覚を取得できません」
『……長生きするだけじゃ、だめなんだ』
「そのとおりです」
クルトは説明を続けた。
「そこで、年間を通して開花する植物を調査しました」
『……見つかった?』
「適切な候補はありませんでした」
『……そっか』
「そのため、開花時期の異なる植物を組み合わせる方針に変更しました」
『……交代で使うんだね』
「はい」
クルトは三種類の植物名を読み上げた。
「クリスマスローズ。冬から春」
『……冬にも咲くんだ』
「はい。耐寒性のある多年草です」
『それはいいね』
「タイツリソウ。春から初夏」
『ルーチェちゃんが持ってきた花だね』
「はい」
「久留米ケイトウ。夏から秋」
『……あれ? 久留米ケイトウも?』
「はい。開花期間を補うため、候補に戻しました」
『……なるほど。私の最初の身体だね』
「はい」
ルメは少し考えた。
『……これで一年中、歩いて見られる?』
「まだ保証できません」
『……そうなんだ』
「開花時期には変動があり、身体の切り替えも未検証です」
『……そっか』
「ただし、一種類だけの場合より、視覚を取得できる期間を延ばせる可能性があります」
『……なるほど』
『……クルト』
「はい」
『三種類の身体って、全部育てておくの?』
「その予定です」
『……私が使ってない間も?』
「はい」
『……水やりは?』
「庭園管理部門が担当します」
『……肥料は?』
「同様です」
『……植え替えは?』
「必要に応じて実施します」
『……なるほど』
ルメは少し考えた。
『……私の身体なのに、私が何もしなくても育つんだね』
「植物ですので」
『……そうだよね』
クルトは記録板をめくった。
「なお、開花していない状態でも、移動能力が失われるとは限りません」
『……歩けるけど見えない?』
「その可能性があります」
『……それは困るね』
「はい」
『花が終わったら、どうするの?』
「別の植物型身体への移行を検討します」
『……なるほど』
「ただし、意識転移の安全性を確認する必要があります」
『……そっか』
少し間が空いた。
『……クルト』
「はい」
『あの久留米ケイトウ、まだ元気なんだよね』
「はい。庭師が管理しています」
『……ルーちゃんが教えてくれた』
「承知しています」
『赤い雲みたいなんだって』
「はい」
『……またあの身体を使えるかな』
「同じ株を再使用できるかは未検証です」
『……そっか』
ルメは以前の身体を思い出した。
根を動かして歩いたこと。
土に戻って水を吸ったこと。
花を通して庭園を見たこと。
『……あの土、気に入ってたんだよね』
「王宮庭園の土壌ですね」
『うん』
「土壌条件は維持されています」
『……そっか』
「次回の試験でも使用可能です」
『……それは楽しみだな』
クルトは記録板に書き込んだ。
「王宮庭園の土壌使用を希望」
『……クルト』
「はい」
『今のは、ただの感想なんだけど』
「局長の身体適応に関する情報です」
『……そうだった』
クルトは説明を続けた。
「また、植物型身体とは別に、脳単体での視覚情報取得も研究します」
『……今の私のままで?』
「はい」
『……それもできるようになるの?』
「まだ方法は確立していません」
『……そっか』
「植物型身体による視覚の確保と、脳単体での視覚取得を並行して進めます」
『……なるほど』
ルメは少し考えた。
『……つまり、身体があれば歩いて見られるようにして』
「はい」
『身体がなくても、見られるようにするんだね』
「そのとおりです」
『……両方できたら、すごいね』
「はい」
『……でも、最終的には人間の身体なんだよね』
「その方針に変更はありません」
『……よかった』
「ただし、人間型身体の開発には、引き続き時間を要します」
『……うん。分かってる』
少し間が空いた。
『……クルト』
「はい」
『最初は、脳みそだけだったんだよね』
「はい」
『それから、花になって歩けるようになった』
「はい」
『今度は、一年中歩けるようにする』
「その実現を目指します」
『……少しずつ進んでるね』
「はい」
クルトは記録板を閉じた。
「では、クリスマスローズの候補株を確認してきます」
『……クリスマスローズか』
「はい」
『どんな花なの?』
「花色や形状には品種による違いがあります」
『……そうなんだ』
「候補株を確認した後、ご報告します」
『……楽しみにしてる』
クルトが退出しようとしたとき、ルメが声をかけた。
『……あ、クルト』
「はい」
『ルーちゃんにも教えてあげたいな』
「何をでしょうか」
『次の身体の候補が増えたこと』
「承知しました」
『……まだ決まったわけじゃないけどね』
「候補選定中と伝えます」
『……うん。それでお願い』
クルトは記録板を再び開いた。
「次期植物型身体の選定状況を、改善提案者へ報告」
『……改善提案者?』
「ルーチェです」
『……そうだった』
ルメは少し笑った。
『……ルーちゃん、喜ぶかな』
「分かりません」
『……そうだよね』
「ただし、前回の外出結果については、非常に喜んでいました」
『……そっか』
クルトが退出した。
ルメは、まだ見えない庭園を思い浮かべた。
冬に咲く花。
春に咲く花。
夏に咲く花。
それぞれの季節に、それぞれの身体がある。
まだ、どれも使えるとは決まっていない。
それでも、次に歩ける日が少し近づいた気がした。




