第20話 外出は禁止されていません
「局長、娘から改善提案がありました」
『……改善提案?』
「はい」
『ルーチェちゃんから?』
「はい」
『……何の改善?』
「局長の生活環境です」
『……私の?』
クルトは記録板を開いた。
「娘から、局長は外に出られないのかと質問されました」
『ああ、昨日も聞かれたね』
「はい」
『それで?』
「出られない理由を尋ねられました」
『……何て答えたの?』
「確認すると答えました」
『……確認?』
「はい」
ルメは少し考えた。
『……クルト』
「はい」
『私、外に出ちゃいけないの?』
「そのような規定はありません」
『……ないんだ』
「はい」
『じゃあ、外に出てもいいの?』
「原則として可能です」
『……原則として?』
クルトは記録板を確認した。
「容器の運搬には、安全上の配慮が必要です」
『それはそうだね』
「転倒、落下、破損を防止する必要があります」
『うん』
「また、移動中の容器の状態を確認する必要があります」
『うん』
「以上の条件を満たせば、外出は可能と考えられます」
『……そうなんだ』
少し間が空いた。
『……クルト』
「はい」
『外に出たら、ほかの人にも見られるよね?』
「その可能性はあります」
『……大丈夫なの?』
「何がでしょうか」
『……脳みそが歩いてたら、びっくりすると思うんだけど』
「歩行はしません。運搬します」
『……そういう意味じゃなくて』
「周囲への影響についても確認します」
『……お願い』
少し間が空いた。
『……じゃあさ』
「はい」
『何で私、一年以上ここにいるの?』
「勤務しているからです」
『……それは知ってる』
クルトは少し考えた。
「外出の申請がありませんでした」
『……申請?』
「はい」
『私が?』
「はい」
『……そういう仕組みだったの?』
「外出を希望されれば、対応を検討していました」
『……初めて聞いたよ』
「初めてご希望を伺いました」
『……なるほど』
一年以上、脳だけの状態で仕事をしてきた。
食事は必要ない。
睡眠も必要ない。
自分で移動することもできない。
執務室にいれば、仕事はできる。
必要な管理は、すべて職員が行ってくれる。
不便だと思ったことは、ほとんどなかった。
『……クルト』
「はい」
『ちょっと外に出てみたい』
「承知しました」
『……いいの?』
「はい」
『……本当に?』
「外出を禁止する理由はありません」
『……そっか』
クルトは記録板を開いた。
「では、外出計画を作成します」
『……計画?』
「はい」
『ちょっと外に出るだけだよ?』
「局長の身体は、現在、脳単体です」
『……そうだね』
「容器の安全な運搬方法を確認する必要があります」
『……うん』
「移動経路、運搬担当者、緊急時の対応も検討します」
『……散歩だよね?』
「はい」
『……散歩って、そんなに大変だったっけ』
「通常の散歩とは条件が異なります」
『……そうだね』
クルトは記録板を閉じた。
「外出の目的を確認します」
『……目的?』
「はい」
『外の空気を吸いたい、かな』
「呼吸器官はありません」
『……そうだった』
「ほかには?」
『……景色を見たい』
「視覚器官はありません」
『……そうだった』
少し間が空いた。
『……クルト』
「はい」
『私、外に出て何するの?』
「それを確認しています」
『……』
外の空気は吸えない。
景色も見えない。
自分では歩けない。
それでも、外に出てみたい気持ちはあった。
『……外にいるって、感じてみたいんだ』
「承知しました」
『……それでいい?』
「はい。外出目的として記録します」
クルトは記録板を開いた。
「外出目的。屋外環境の体感」
『……急に研究みたいになったね』
「観察項目を設定しますか?」
『……しなくていいよ』
「承知しました」
しばらくして、ルメが口を開いた。
『……クルト』
「はい」
『昨日、ルーチェちゃんにいろいろ聞かれたよね』
「はい」
『あれ、全部確認してみようか』
「すべてですか」
『うん。できないと思ってるだけのことが、ほかにもあるかもしれない』
「承知しました」
『まずは、できることとできないことを分けよう』
「改善項目として整理します」
クルトは記録板に新しい項目を作った。
「改善提案者は、娘でよろしいですか」
『……そうなるね』
「承知しました」
『……七歳の子に仕事を増やされたね』
「はい」
『……しかも、私たちが気づかなかった仕事だ』
ルメは少し考えた。
『……ところで、外出の許可は誰が出すの?』
「局長です」
『……私?』
「はい」
『じゃあ、許可するよ』
「計画はまだ作成していません」
『……そうだった』
一年以上、禁止されていないことを、禁止されていると思っていた。
最初の改善項目は、自分の外出だった。




