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召喚された脳みそ  作者: 花束 ねる


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第19話 見学者が来ました



「局長、本日の見学者が到着しました」

『おお。娘さんだね』

「はい」


執務室の扉が開いた。


クルトの後ろから、小さな女の子が顔を出した。


「お父さん、きょくちょーは?」

「そこにいるよ」


クルトが、脳の入った容器を示した。


女の子は容器に近づいた。


しばらく眺めてから、首をかしげた。


「……ちょっと気持ち悪い」

『……聞こえてるよ』


女の子は目を丸くした。


「しゃべった!」


そして、容器に向かって顔を近づけた。


「きょくちょー、こんにちは!」

『……こんにちは』


「お父さん、返事した!」

「そうだね」


『……ところで、お名前は?』

「ルーチェ!」

『ルーチェちゃんだね。私はルメ。よろしく』

「よろしく、ルメ!」

「ルーチェ。局長と呼びなさい」

「どうして?」

「王宮の行政改革局長だからだよ」

「……ぎょうせい?」

「行政改革局長」

「……長い」

『……私もそう思う』

「では、局長と呼びなさい」

「きょくちょー?」

「そうだよ」

「ルメの方が短いよ?」

『……確かに』

「局長」

『……はい』

「局長は返事をしなくて結構です」

『……はい』


ルーチェは容器を覗き込んだ。


「お口、どこ?」

『……ないよ』

「ないの?」

『うん』

「じゃあ、どうやってしゃべってるの?」

『……魔法かな』

「ふうん……」


ルーチェは容器の周りを回った。


コンコンコン。


『……ん?』


「こっちにもない」


コンコンコン。


『……クルト?』

「はい」


今度は手のひらを当てた。


ペチペチペチ。


『……何の音?』

「娘が容器をノックしています」

『……ノック?』


ペチペチペチ。


『……クルト』

「はい」

『…ノック、止めてもらえる?』


「ルーチェ。容器を叩いてはいけないよ」

「お花は叩いてないよ?」

「容器もだよ」

「……はーい」


音が止まった。


『……ありがとう』


ルーチェは容器を覗き込んだ。


「ねえ、きょくちょー」

『なあに?』

「これ、植えたら咲く?」

『咲かないよ!』

「……そうなの?」

『そうなの』


ルーチェは少し残念そうだった。


「じゃあ、どうやってお花になるの?」

『それはね、研究してるところなんだ』

「まだできないの?」

『一回だけできたよ』

「歩いた?」

『歩いたよ』

「走った?」

『走ってないよ』

「なんで?」

『……水がなくなっちゃうから』

「お水あげればいいのに」

『……』


クルトが口を開いた。


「歩いている間は、土からお水を吸えないんだよ」

「じゃあ、お水を持って歩けばいいよ」

『……なるほど』

「お父さん、できる?」

「……検討するよ」


ルメは少し考えた。


七歳の女の子と話しているはずなのに、いつの間にか研究の話になっている。


しかし、質問はそれだけでは終わらなかった。


「きょくちょー、ご飯は何食べるの?」

『ええと……』

「おなかはどこ?」

『……ないよ』

「じゃあ、おなかすかないの?」

『……』


「寝るときは目を閉じるの?」

『目がないんだよ』

「じゃあ、どうやって寝るの?」

『……』


「お風呂は?」

『……お風呂?』

「入らないの?」

『……』


「お外に出たいときは?」

『……』

「お父さんが運んでくれるの?」

『……クルト?』

「必要であれば対応します」


ルーチェの質問は、その後も続いた。


容器から出られるのか。

寒い日はどうするのか。

花になったら何を食べるのか。

花が枯れたらどうなるのか。


答えられるものもあれば、まだ研究されていないものもあった。


クルトが時計を確認した頃には、見学を始めて三十分ほど経っていた。


ルーチェは、もう一度容器を見た。


「ねえ、きょくちょー」

『なあに?』

「お花になったら、また会える?」

『もちろん』

「じゃあ、次はお花のときに来る!」

『うん。待ってるよ』


ルーチェは満足そうにうなずいた。


そして、クルトの袖を引っ張った。


「お父さん」

「何だい」

「次のお花、いつできる?」

「まだ決まっていないよ」

「じゃあ、早く決めよう!」

『……そうだね』


クルトが、見学の終了を告げた。


「ルーチェ、そろそろ帰る時間だよ」

「もう?」

「約束した時間だ」

「……わかった」


ルーチェは容器に向かって手を振った。


「きょくちょー、またね!」

『またね』


クルトは娘を見送った。


執務室に戻ると、ルメが口を開いた。


『……クルト』

「はい」

『娘さん、元気だね』

「はい」

『……ところで、どんな子だったの?』

「七歳の女の子です」

『それは知ってるよ』

「好奇心が旺盛です」

『それも知ってる』

「質問が多いです」

『……それも今わかった』


ルメは少し考えた。


『そうじゃなくて、見た目の話』

「外見ですか」

『うん。私には見えないからさ』

「承知しました」

『髪は何色なの?』

「明るい茶色です」

『へえ。目は?』

「青色です」

『クルトに似てる?』

「目元は似ています」

『そうなんだ』

「髪は妻に似ています」

『なるほど』


ルメは、頭の中で小さな女の子の姿を想像した。


明るい茶色の髪。

青い目。

父親に似た目元。


先ほどまで声しか知らなかった少女に、少しだけ輪郭が生まれた。


『……どんな服を着てたの?』

「淡い黄色のワンピースです」

『かわいいね』

「はい」

『……今日は泥だらけじゃなかった?』

「はい。見学前に着替えています」

『……そうなんだ』


ルメは、庭で植物を歩かせようとしていた少女の姿を想像した。


淡い黄色のワンピース。

泥だらけの靴。

水浸しの袖。


『……お母さん、大変だね』

「はい」


少し間が空いた。


『でも、いい子だったね』

「ありがとうございます」

『また会いたいな』

「娘も喜ぶと思います」

『そうだといいね』


クルトは記録板を開いた。


「なお、娘から伝言を預かっています」

『伝言?』

「はい」

『何て?』

「次に来るときは、花の種を持ってくるそうです」

『……種?』

「はい」

『……何に使うの?』

「局長の身体を育てるそうです」

『……』


ルメは少し考えた。


『……クルト』

「はい」

『娘さん、私を何だと思っているの?』

「育てるものだと思っています」

『……育てるもの』

「はい」

『……間違ってはいないのかな』

「植物型身体の育成という意味では、間違っていません」

『……そうだよね』


少し間が空いた。


『……でもさ、クルト』

「はい」

『育てるのは身体であって、私じゃないよね?』

「その通りです」

『……娘さんには、そこを説明しておいて』

「承知しました」

『……お願い』


クルトは少し考えた。


「では、局長ご本人は育成対象外ということで」

『……私、七歳児の観察日記に載る予定だったの?』






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