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召喚された脳みそ  作者: 花束 ねる


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18/32

第18話 選定理由に問題がありました



「局長、次期植物型身体の詳細調査が終了しました」

『おお。タイツリソウだね』

「はい」

『どうだった?』

「冬季用の身体としては、採用を見送ります」

『……あれ?』


クルトは記録板を開いた。


「多年草で、耐寒性にも問題はありません」

『じゃあ、何が問題なの?』

「冬季は地上部が枯れ、地下部で越冬します」

『うん』

「開花期は四月から六月頃です」

『春だね』

「はい」

『……冬は?』

「咲きません」

『……そうか』


ルメは少し考えた。


『久留米ケイトウは七月から十一月頃だったよね』

「はい。最盛期は八月から九月頃です」

『じゃあ、タイツリソウと組み合わせても……』

「十二月から三月の視覚確保にはつながりません」

『冬が丸ごと空くね』

「はい」


久留米ケイトウの身体では、開花中に視覚を取得できた。


しかし、花が視覚情報を得るための媒介になっているというのは、まだ研究段階の仮説だった。


花がなくても視覚を取得できるかどうかは、今後の検証課題である。


『耐寒性があるから、冬も使えるかと思ったんだけど』

「耐寒性と冬季の身体利用は別の条件です」

『そうだったね』

「今回の選定目的には適合しませんでした」

『残念だな』


ルメは、久留米ケイトウの身体で過ごした六時間を思い出した。


土から吸い上げる水。

日光の暖かさ。

風に揺れる花。


そして、初めて目にした王宮の庭園。


あの六時間が終わってから、再び何も見えなくなった。


『でも、春には使えるかもしれないんだよね?』

「その可能性はあります」

『だったら、候補から完全に外す必要はないよね』

「はい。春季用の研究対象として残すことは可能です」

『じゃあ、それでお願い』

「承知しました」


クルトは記録板に書き込んだ。


次期植物型身体。

タイツリソウ。

冬季用候補から除外。

春季用研究対象として継続。


『ところで、冬に咲く花はあるんだよね?』

「複数あります」

『例えば?』

「クリスマスローズ、シクラメン、スイセン、プリムラ、ストックなどです」

『結構あるね』

「はい」

『それなら何とかなりそうかな』

「開花期間だけでなく、身体としての適合性も調査する必要があります」

『そうだったね』

「現在、候補を比較しています」

『お願いするよ』


クルトは記録板を閉じた。


『そういえば、娘さんには?』

「まだ報告していません」

『がっかりするかな』

「その可能性はあります」

『ハート形の花がかわいいって選んでくれたんだよね』

「はい」

『歩くところも見たかったんでしょ?』

「はい」

『……なんて説明するの?』

「冬季用の身体としては適合しなかったと説明します」

『七歳の子に?』

「はい」

『もう少し、こう……』

「春季用の研究対象としては残っています」

『そうだね。それなら喜んでくれるかな』

「不明です」


ルメは少し考えた。


『でも、推薦してくれたおかげで、ちゃんと調査できたわけだし』

「はい」

『娘さんにはありがとうって伝えてくれる?』

「承知しました」

『次も何か見つけてくれるかもしれないね』

「すでに調査を続けています」

『おお、熱心だね』

「はい」


クルトは記録板を開き直した。


「現在は植物図鑑を調べています」

『次の候補を探してるの?』

「そのようです」

『将来は研究者になりそうだね』

「可能性はあります」

『お父さんに似たんだね』


少し間が空いた。


「……ありがとうございます」


ルメは少し考えた。


『そういえば、娘さんはまだ植物を歩かせようとしてるの?』

「はい」

『……まだやってるんだ』

「最近は、あちこちの植物の花をむしり始めたので止めています」

『……むしってるの?』

「はい」

『どうして?』

「タイツリソウは花をむしっても歩かなかったため、他の植物なら歩くのではないかと考えたようです」

『……なるほど』

「水を大量に与えたり、根元を掘り返したりもしています」

『それ、前にもやってなかった?』

「はい。対象を変えて再実験しています」

『……熱心だね』

「はい」

『庭は大丈夫なの?』

「一部、景観が損なわれています」

『……大丈夫じゃないね』

「妻にも叱られました」

『娘さんが?』

「私がです」

『……クルトが?』

「はい。実験を止めるのが遅かったためです」

『それは……大変だったね』

「娘の服も、ここ最近ずっと水浸しか泥だらけになっていたようで」

『……洗濯も大変そうだね』

「妻からは、洗っても洗ってもきりがないと言われています」

『それはそうだろうね』

「数枚は処分することになりました」

『……研究の被害が服にまで』

「はい」

『……研究って大変だね』

「そうですね」


クルトは記録板を確認した。


「現在、庭の植物への実験は禁止しています」

『それなら安心だね』

「現在は、むしっても問題のない花を探しています」

『……問題のない花?』

「はい」

『それは、誰にとって問題がないの?』

「確認していません」

『……確認した方がいいと思うな』


クルトは記録板に書き込んだ。


「確認事項に追加します」

『……お願い』


ルメは、久留米ケイトウの身体を思い出した。


赤く、大きく、脳のような形をした花。


あの花をむしられていたら、どうなっていたのだろう。


視覚を失ったかもしれない。

身体そのものに影響が出たかもしれない。


どちらも、まだ検証されていない。


できれば検証したくなかった。


『……ところで、娘さんは私が歩くところを見たいんだよね?』

「はい」

『もし歩かなかったら、どうするんだろう』

「不明です」

『……叩かれるのかな』

「庭の植物への実験は禁止しています」

『私は庭の植物じゃないよね』

「はい」

『……禁止の対象に入ってる?』


クルトは記録板を確認した。


「確認します」

『今!?』

「実験対象の範囲が明確ではありません」

『そこは明確にしておこうよ!』

「承知しました」


クルトは新しい項目を書き加えた。


歩行試験における観察条件。


観察者による被験体への物理的刺激は禁止。


『……花をむしるのも禁止だよね』

「物理的刺激に含まれます」

『根を掘るのも?』

「含まれます」

『水を大量にかけるのは?』

「実験計画にない処置は禁止します」

『よかった』


クルトは記録を続けた。


「なお、娘の観察希望は継続しています」

『……そうなんだ』

「はい」

『タイツリソウは冬季用として不採用なのに?』

「観察対象はタイツリソウではありません」

『……私か』

「はい」


ルメは少し考えた。


まだ一度も会ったことのない七歳の少女。


植物が歩くところを見たいという、純粋な好奇心。


そして、歩かない植物に対して実施された数々の実験。


『……娘さんは、私が植物の身体に入るって知ってるんだよね?』

「はい」

『私が考えたり、話したりできることも?』

「説明しています」

『そうなんだ』

「はい」

『それなら、むしったりしないよね』

「不明です」

『……そこは大丈夫って言ってほしかったな』

「本人に確認していません」

『確認しておいてくれる?』

「承知しました」


クルトは記録板に書き加えた。


確認事項。


娘に対し、被験体の花をむしらない意思があるか確認する。


『……なんだか、すごい確認事項になったね』

「必要な確認です」

『そうだね』


ルメは、自分の次の身体について考えた。


冬に咲く花。

歩ける植物。

できれば長く使える身体。


そして、七歳の少女にむしられないこと。


『……次の選定条件、ひとつ増えたね』

「何でしょうか」

『安全性』

「すでに評価項目に含まれています」

『私の安全じゃなくて』

「はい」

『娘さんからの安全』

「……承知しました」


クルトは記録板に書き加えた。


次期植物型身体の選定条件。


冬季の視覚確保。

身体の維持管理。

移動能力。

観察者からの安全確保。


『……最後の条件、なんかおかしくない?』

「必要な条件です」

『そうなんだけどさ』

「問題ありません」


ルメは、まだ会ったこともない七歳の少女との対面を、少しだけ楽しみにしていた。


同時に、かなり警戒していた。


クルトは最後に、タイツリソウの研究記録を確認した。


推薦者、娘。

推薦記録、保存。

推薦資格、継続。

歩行試験観察希望、継続。


そして、新たな確認事項。


観察者による花の採取、禁止。


『……それ、娘さんにも伝えてね』

「承知しました」

『絶対にね』

「はい」

『……本当にお願いするよ』

「記録しました」





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