第17話 選定理由に問題はありません
「局長、次期植物型身体の候補が決まりました」
『おお』
「タイツリソウです」
『……タイツリソウ?』
「はい。多年草です」
『冬も大丈夫?』
「耐寒性があります。地下部で越冬します」
『じゃあ、長く使えるかもしれないんだ』
「その可能性があります」
『いいね。どうしてそれにしたの?』
「娘が持ってきました」
『……娘?』
「はい」
『クルト、娘いたの?』
「います」
『初めて聞いた』
「聞かれませんでしたので」
『……そうだけど』
ルメは少し考えた。
一年以上、クルトと一緒に仕事をしている。
書類を読み上げてもらい、身体の管理を任せ、研究報告も受けている。
だが、家族の話は一度も聞いたことがなかった。
『……何歳?』
「七歳です」
『へえ。かわいい?』
「非常に」
『……即答だね』
「事実です」
『…………』
クルトは記録板を確認した。
「娘は植物の移動能力に関心を持っています」
『……植物の?』
「はい。図鑑で植物が歩くと知ったそうです」
『ああ、この世界には歩ける植物もいるんだよね』
「はい。ただし、移動には大量の水分を消費するため、通常は根を定着させたまま生育します」
『……そうだったね』
「娘は庭の花が歩くところを見たいと考えました」
『うん』
「そこで、観察を開始しました」
『……観察?』
「はい」
クルトは記録板をめくった。
「最初は、花の前で待っていました」
『……うん』
「歩きませんでした」
『まあ、そうだろうね』
「翌日も待ちました」
『うん』
「歩きませんでした」
『……だろうね』
「三日目も歩きませんでした」
『……ずいぶん根気があるね』
「私の娘ですので」
『……そう』
クルトは報告を続けた。
「娘は、水分が不足していると考えました」
『……なるほど』
「水を大量に与えました」
『……うん』
「歩きませんでした」
『まあ、水をあげたら歩くってわけじゃないからね』
「次に、根が土に埋まっていることに着目しました」
『……ん?』
「足が埋まっているから歩けないのではないかと」
『……ああ、なるほど』
「そこで、根元の土を掘りました」
『…………』
「歩きませんでした」
『……うん』
ルメは少し考えた。
確かに、足が土に埋まっていたら歩きにくい。
七歳の子供としては、筋の通った考え方なのかもしれない。
「次に、外部からの刺激を試しました」
『……刺激?』
「花をペシペシと叩きました」
『……え?』
「歩きませんでした」
『……そりゃそうだよね』
「娘は刺激が不足している可能性を検討しました」
『……ちょっと待って』
「最終的に、花をむしりました」
『待って待って待って!』
「はい」
『むしったの!?』
「はい」
『……花を?』
「はい」
『……それで?』
「歩きませんでした」
『そりゃ歩かないよ!』
「娘も同じ結論に至りました」
『……いや、そういう問題じゃなくて!』
クルトは記録板を確認した。
「なお、現在は庭の植物に対する実験を禁止しています」
『……それはよかった』
「娘は不満を述べています」
『……だろうね』
「図鑑には歩くと書いてあるのに、一度も歩かないそうです」
『……まあ、滅多に歩かないからね』
「はい」
ルメは、久留米ケイトウの身体で過ごした六時間を思い出した。
根を動かすには、水分が必要だった。
歩くたびに身体の水分が失われた。
土に戻って水を吸わなければ、長くは動けなかった。
植物がむやみに歩かない理由は、身をもって知っている。
『……それで、娘さんは諦めたの?』
「いいえ」
『……え?』
「別の観察対象を探しています」
『……そっか』
クルトは記録板をめくった。
「そこで、私が局長の植物型身体実証試験について説明しました」
『……うん』
「久留米ケイトウの身体で、局長が自発的に移動したことを伝えました」
『……それで?』
「娘は非常に興味を示しました」
『……だろうね』
「実際に歩くところを見たいそうです」
『……私の?』
「はい」
『……なるほど』
ルメは少し考えた。
庭の花は歩かない。
図鑑に書いてあるのに歩かない。
だから、実際に歩いたことのある花を見たい。
七歳の子供としては、当然の結論かもしれない。
『……それでタイツリソウ?』
「はい」
『どうして?』
「ハートの形がかわいいそうです」
『……ハート?』
「花の形状です。細い茎から、ハート形の花が垂れ下がるように咲きます」
『へえ』
「娘が庭で気に入っていた植物です」
『……それを持ってきたんだ』
「はい」
『……私に歩かせるために?』
「はい」
『…………』
ルメは少し考えた。
自分の次の身体が、七歳の女の子によって選ばれた。
理由は、ハート形の花がかわいいから。
そして、歩くところを見たいから。
『……クルト』
「はい」
『それ、研究上の理由として大丈夫?』
「多年草で耐寒性があります。身体利用の候補として検討する価値があります」
『……なるほど』
「娘の推薦もあります」
『……それは研究上の条件なの?』
「重要な参考意見です」
『…………』
クルトは記録板を確認した。
「タイツリソウは宿根草です。冬季は地下部で越冬します」
『うん』
「翌年も生育するため、同じ身体を継続して利用できる可能性があります」
『いいね』
「移動能力と視覚情報の取得については、実証試験が必要です」
『……花が咲いていれば見えるかもしれないんだよね』
「はい。開花中の花を介した視覚情報の伝達を検証します」
『……それなら、試してみたいな』
「承知しました」
クルトは記録板に書き込んだ。
「次期植物型身体の優先候補、タイツリソウ」
『うん』
「選定理由、多年草、耐寒性、身体利用の可能性」
『うん』
「推薦者、娘」
『……そこも書くんだ』
「はい」
ルメは少し考えた。
『……ところで、娘さんは私に会いたいんだよね?』
「はい」
『……いつか歩けるようになったら、会ってみたいな』
「伝えます」
『……うん』
クルトは記録板に書き込んだ。
「次期実証試験における観察希望者、一名」
『……観察希望者?』
「娘です」
『……ああ』
「歩行試験への立ち会いを希望しています」
『……なるほど』
ルメは少し考えた。
七歳の女の子が、自分の歩くところを楽しみにしている。
それは少し嬉しかった。
ただ、気になることもあった。
『……クルト』
「はい」
『娘さん、今度は花を叩いたりしないよね?』
「指導しています」
『……むしったりも?』
「禁止しています」
『……よかった』
「ただし、実際に歩かなかった場合の反応は不明です」
『…………』
クルトは記録板を閉じた。
「では、タイツリソウの詳細な生育条件について調査を進めます」
『……お願いします』
「調査結果を踏まえ、次期実証試験への採用可否を判断します」
『うん』
次期植物型身体の候補が決まった。
多年草で、耐寒性があり、ハート形の花を咲かせるタイツリソウ。
そして、七歳の女の子が歩くところを見たがっている植物。
ルメは、次の身体で歩ける日を少し楽しみにしていた。
ただし、歩かなかった場合の安全については、別途確認が必要だった。




