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第16話 確認は必要です



「局長、植物型身体の研究について報告があります」

『うん』

「多年草を中心とした候補植物の調査が進んでいます」

『おお』

「現在、生育期間、越冬条件、移動能力を比較しています」

『冬も大丈夫そう?』

「越冬可能な種類は複数あります」

『よかった』

「ただし、越冬できることと、冬季も身体として利用できることは別の問題です」

『……休眠期だよね』

「はい。地上部が枯れ、地下部のみで越冬する種類もあります」

『その間、意識がどうなるか分からないんだよね』

「未確認です」

『……そこは大事だね』

「検証項目に含めています」


クルトは記録板を確認した。


「また、長期的な身体維持の観点から、花木や樹木についても比較しています」

『木かあ』

「多年草より長期間の生育が期待できる種類があります」

『でも、確か大きい植物は移動が難しいんだよね』

「はい。根が広範囲に定着すると、移動によって生育に支障が生じます」

『小さいうちなら動けるんだっけ?』

「種類や生育状態によります。移動後に再び根付けるかも含め、検証が必要です」

『……そうだったね』


ルメは考えた。


長く生きられる身体。


冬も使える身体。


自分で動ける身体。


できれば全部欲しい。


だが、今の研究で一度に実現するのは難しいらしい。


『……やっぱり多年草がよさそうだね』

「現段階では有力な候補です」

『冬のことはちゃんと調べてね』

「承知しています」

『あと、人間の身体の研究も続けてね』

「継続しています」

『うん』


クルトは記録板に書き込んだ。


「次期実証試験、多年草を中心に候補の比較を継続」

『お願いします』


報告は終わった。


窓際には、久留米ケイトウの鉢植えが置かれている。


クルトは毎日、その生育状況を報告していた。


草丈。


葉の状態。


花の状態。


土壌の水分。


ルメは毎日聞いていた。


だが、自分では見えない。


ケイトウの身体を借りた六時間。


あのとき、自分はこの世界を見た。


魔法によって視覚情報が伝えられた。


人間の目と同じ仕組みではなかったが、景色が分かった。


庭園があった。


土があった。


隣には別の植物が植えられていた。


光の当たる方向も分かった。


そして、根を動かした。


水を吸った。


風を感じた。


それまでの一年以上、そんなことはできなかった。


できないことには、慣れていた。


目がない。


手がない。


足がない。


不便だった。


だが、不便であることをいちいち考えていたら、仕事にならなかった。


だから考えなかった。


ところが、一度見えてしまった。


一度動いてしまった。


そして、また元に戻った。


今は何も見えない。


あの庭園が、どんな場所だったのかは覚えている。


だが、今そこに何があるのかは分からない。


見えないということが、以前よりもはっきり分かるようになっていた。


『……クルト』

「はい」

『ケイトウの身体で使った視覚の魔法って、今の私にも使えないの?』

「現在の生命維持装置への適用でしょうか」

『うん』

「植物型身体に組み込んだ術式とは、接続条件が異なります」

『……できない?』

「現時点では実証されていません」

『そっか』

「研究対象に追加することは可能です」

『……じゃあ、お願い』

「承知しました」


クルトは記録板に書き込んだ。


「生命維持装置への視覚情報伝達機能の追加を検討」

『うん』


ルメは少し考えた。


視覚情報。


自分は今まで、何も見ずに仕事をしてきた。


書類は読んでもらった。


地図は説明してもらった。


人が何人いるのかも、誰がどこに立っているのかも、教えてもらわなければ分からなかった。


それでも、魔王との交渉はできた。


行政改革局長にもなれた。


必要な情報さえあれば、判断はできる。


そう思っていた。


だが、その情報が正しいかどうかは。


誰が確認していたのだろう。


『……クルト』

「はい」

『私って、今どんな状態なの?』

「生命維持装置内で、脳組織の活動を維持しています」

『……そうだよね』

「何か異常を感じますか?」

『いや、そうじゃなくて』


ルメは少し考えた。


自分は脳みそだ。


召喚されてから、そう説明されている。


身体は元の世界に残っているらしい。


こちらには脳だけが届いた。


だから容器が必要になった。


だから魔法の保存液に浸かっている。


何度も説明を受けた。


何度も聞いた。


だが。


自分の姿を見たことがあっただろうか。


なかった。


一度も。


『……私、自分の脳みそって見たことないんだよね』

「はい」

『クルトは見たことある?』

「毎日確認しています」

『……そうだよね』


当然の返事だった。


クルトは自分の状態を管理している。


保存液の状態も、生命活動も、毎日確認している。


自分だけが確認していない。


『……脳みそなんだよね、私』

「はい」

『……そっか』


クルトは少し間を置いた。


「局長、ご自身の状態について確認を希望されますか?」

『……うん』

「では、視覚情報の取得が可能になった際の確認項目に追加します」

『お願いします』


ルメは考えた。


疑っているわけではない。


クルトが嘘をついていると思ったわけでもない。


ただ、自分は今まで、教えてもらったことをそのまま受け入れていた。


それ以外に方法がなかった。


ケイトウの身体になって、初めて自分で見た。


自分で確かめた。


教えてもらうことと、自分で見ることは、違った。


それに気づいてしまった。


『……クルト』

「はい」

『私の元の身体って、どんなだったんだろうね』

「召喚以前の身体についてでしょうか」

『うん』

「こちらには記録がありません」

『……そうだよね』


ルメは思い出そうとした。


人間だったはずだ。


ケイトウの身体で、庭師のロアンを見た。


頭があった。


顔があった。


胴体から二本の腕が伸びていた。


二本の足で歩いていた。


手で鉢を持ち上げ、土を触っていた。


あれが人間だった。


自分も、あんな形をしていたはずだ。


手があって。


足があって。


歩いて、食事をして。


鏡も見ていたはずだ。


だが、鏡に映っていた顔は。


…………。


うまく思い出せなかった。


名前も思い出せなかった。


召喚されたときから、そうだった。


必要がなかったから。


そう説明した。


実際、それで困らなかった。


仕事をするのに、以前の名前は必要なかった。


自分の顔も必要なかった。


必要だったのは、知識と判断能力だった。


魔王との交渉を成功させること。


王国の役に立つこと。


自分をここに置いておく理由を作ること。


身体がない以上、それしかできなかった。


そして、一年以上が過ぎた。


『……クルト』

「はい」

『私、人間の身体に戻りたいって言ってたよね』

「はい」

『今も戻りたいんだけど』

「はい」

『……どんな身体に戻りたいのか、よく分かんなくなってきた』

「以前の容姿を再現する必要がありますか?」

『……どうだろう』


ルメは考えた。


同じ顔。


同じ手足。


同じ身体。


それが手に入れば、元に戻ったことになるのだろうか。


そもそも、自分がどんな顔だったのかも思い出せない。


だが、ケイトウの身体で過ごした六時間は覚えている。


土の感触も。


風も。


庭園の景色も。


人間ではなかった。


それでも、自分の身体だった。


『……まずは、見えるようになりたいな』

「視覚情報の取得を優先されますか?」

『うん』

「移動能力よりも優先しますか?」

『……どっちも欲しいけど』

「研究には優先順位が必要です」

『……じゃあ、まず見る方』

「承知しました」


クルトは記録板に書き込んだ。


「生命維持装置への視覚情報伝達機能の適用を優先検討」

『うん』

「植物型身体の移動能力については、並行して検証を継続」

『お願いします』


ルメは少し安心した。


全部を一度に取り戻す必要はない。


今すぐ人間に戻れなくてもいい。


ケイトウの身体でも、世界を見ることはできた。


だったら、次は脳のままでも見られるようになるかもしれない。


そうすれば、書類も自分で読める。


地図も見られる。


相手の顔も分かる。


そして。


自分が何なのかも、自分で確認できる。


「局長」

『何?』

「視覚情報伝達機能の研究について、最初に確認したい対象を指定してください」

『……最初?』

「はい。実証試験の対象です」


ルメは考えた。


窓の外。


庭園。


クルトの顔。


書類。


見たいものは、いくらでもあった。


『……じゃあ』

「はい」

『私の容器かな』

「生命維持装置ですか?」

『うん』

「承知しました」


クルトは記録板に書き込んだ。


「初回確認対象、生命維持装置」


ルメは少し考えた。


その中に、自分がいる。


そう聞いている。


一年以上、ずっと。


『……クルト』

「はい」

『そのとき、鏡も用意してもらえる?』

「承知しました」

『……ありがとう』


クルトは記録板に一行追加した。


「必要備品、鏡一枚」


研究計画に、新しい備品が加わった。


局長の姿を、局長本人が確認するためのものだった。





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