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第15話 生育状況を報告してください



局長室に久留米ケイトウが置かれてから、しばらく経った。


「局長、本日の生育状況です」

『うん』

「草丈、前回測定時よりわずかに増加」

『おお』

「葉の状態、良好」

『うん』

「花の状態、良好」

『よかった』


クルトは記録板に書き込んだ。


「生育は順調です」

『……そうなんだ』


ルメは少し嬉しくなった。


自分には見えない。


触れることもできない。


それでも、毎日少しずつ育っているらしい。


『……クルト』

「はい」

『今日はどんな感じ?』

「先ほど報告したとおりです」

『……もう少し詳しく』

「草丈の増加が確認されています」

『……うん』

「葉に異常はありません」

『……うん』

「花にも異常はありません」

『……そっか』


ルメは考えた。


クルトの報告は正確だった。


ただ、植物の様子を想像するには、少し情報が足りなかった。


『……元気そう?』

「良好な状態です」

『……うん』


それからも、報告は続いた。


草丈。


葉の状態。


花の状態。


土壌の水分。


クルトは毎日確認し、記録した。


ルメは毎日聞いた。


『……今日は?』

「大きな変化はありません」

『……そっか』



別の日。


『……今日は?』

「新たな葉の展開を確認しました」

『おお』



また別の日。


『……今日は?』

「草丈が増加しています」

『おお』


ルメは少しずつ、報告を楽しみにするようになった。


植物は育っていた。


書類も増えていた。


どちらも順調だった。



ある日。


ロアンが局長室を訪れた。


「ルメ、ケイトウはどうだ?」

『順調みたいです』

「そうか」

『クルトが毎日教えてくれます』

「それはよかったな」


ロアンは窓際の鉢植えを確認した。


「……ふむ」

『……どうしました?』

「だいぶ育ったな」

『そうなんです』

「花もきれいだ」

『……よかった』


ロアンは葉に触れた。


「ただ、そろそろ気をつけんとな」

『……何をですか?』

「季節だ」

『……季節?』

「ケイトウの時期も終わりに近い」

『…………』


ルメは考えた。


時期が終わる。


その言葉は知っている。


久留米ケイトウは一年草だ。


クルトからも説明されていた。


だが、今まであまり考えていなかった。


『……まだ育ってるのに?』

「ああ」

『……花も咲いてるのに?』

「そうだな」

『……もう終わりなんですか?』

「気温が下がれば、いつまでも今のままではいられん」


ルメは黙った。


ロアンは続けた。


「よく育ったからといって、ずっと育つわけじゃない」

『……そうなんですね』

「一年草だからな」

『……はい』


ルメは考えた。


自分が借りた身体も、一年草だった。


あの六時間が終わったあとも、植物そのものは生きていた。


だが、いつかは終わる。


どれだけ大切にしても、季節は変わる。


『……魔法でも、どうにもならないんですか?』

「魔法のことは知らん」

『……はい』

「だが、ケイトウはケイトウだ」

『……そうですね』


ロアンは鉢を確認した。


「今すぐどうこうという話じゃない」

『……はい』

「できるだけ長く楽しめばいい」

『……ありがとうございます』


ロアンは帰っていった。


しばらくして、ルメが口を開いた。


『……クルト』

「はい」

『次の植物の身体も、ケイトウなの?』

「現時点では候補の一つです」

『……でも、一年草なんだよね』

「はい」

『……ずっと使えるわけじゃない』

「そのとおりです」


ルメは考えた。


身体を得られた。


土を感じられた。


水を吸えた。


日差しを浴びた。


だが、その身体にも期限がある。


自分が脳だけで生きている間に、植物の方が先に寿命を迎えてしまうかもしれない。


『……クルト』

「はい」

『もっと長く生きる植物って、あるよね?』

「あります」

『……一年草じゃない植物』

「多年草や木本植物などです」

『……そっか』


クルトは記録板を確認した。


「局長、研究対象の変更をご希望ですか?」

『……変更というか』

「はい」

『次は、もっと長く使える身体を考えたい』

「承知しました」


クルトは記録板に書き込んだ。


「次期植物身体実証試験について、候補植物の再検討を開始します」

『うん』

「一年草以外の植物も対象とします」

『うん』

「多年草を中心に、生育特性と身体利用条件を調査します」

『……お願いします』


ルメは少し安心した。


これなら、次の身体はもっと長く使えるかもしれない。


何度も植え直さなくて済むかもしれない。


土に戻る時間も、もっと増えるかもしれない。


「局長」

『何?』

「研究計画の変更に伴い、追加の確認事項があります」

『……うん』

「多年草の場合、休眠期の扱いを検討する必要があります」

『……休眠期?』

「生育を停止、または大幅に低下させる時期です」

『……うん』

「その間、身体として利用できるかは未確認です」

『…………』


ルメは考えた。


一年草には寿命がある。


多年草には休眠期がある。


植物の身体は、思っていたより難しい。


『……クルト』

「はい」

『植物って、自由じゃないんだね』

「生育環境と植物種による制約があります」

『……そうだね』


クルトは記録板に書き込んだ。


「次期研究計画、多年草の身体利用に関する検討」

『うん』

「休眠期における身体機能の確認」

『うん』

「越冬条件の調査」

『……うん』


ルメは考えた。


季節が変わっても生きられる身体。


そんな植物があれば、きっと楽しい。


今度こそ、もっと長く土にいられる。


『……クルト』

「はい」

『次は、冬も大丈夫な植物がいいな』

「候補を調査します」

『……お願い』


クルトは記録板に書き込んだ。


研究対象。


一年草から多年草へ拡大。


検討事項。


休眠期、越冬条件、身体機能の維持。


なお、現在の久留米ケイトウについては、引き続き生育観察を行うこととなった。


季節の進行を停止する方法は、研究計画に含まれていなかった。





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