第10話 腐敗の心配をされています
行政改革局長は、庭師との面会を希望した。
「庭園管理部門への視察ですか?」
『いや、個人的な用事』
「勤務時間中ですが」
『……じゃあ、休憩時間に』
「承知しました」
クルトは記録板に書き込んだ。
「面会相手は?」
『ロアンさん』
「庭師のロアンですね」
『うん』
「面会の目的は?」
『……今の姿を見せようかと』
「…承知しました」
クルトはそれ以上尋ねなかった。
一年以上、脳だけの状態で仕事をしている。
王宮の人間は、この姿を知っていた。
少なくとも、直接接触した者は知っている。
そして、その反応も一様ではなかった。
魔王との交渉では、役に立った。
行政改革局長にも任命された。
だが、それと姿を受け入れられるかどうかは、別の問題だった。
ロアンが知っているルメは、赤い久留米ケイトウだった。
根があり、茎があり、葉があり、花があった。
六時間だけ借りた身体である。
ロアンはルメが行政改革局長であることを知っている。
植物の身体が一時的なものだということも知っている。
ただし、本来の姿までは知らない。
『……驚くだろうな』
「何かおっしゃいましたか?」
『いや、こっちの話』
ルメは考えた。
今後も庭園を利用するなら、いずれ知られることである。
そのときになって対応が変わるより、先に確認しておいた方がいい。
相手が嫌がるなら、それに応じた距離を取ればいい。
まだ、六時間しか会っていない。
判断を先延ばしにする理由はなかった。
休憩時間。
ロアンが局長室を訪れた。
クルトが室内へ案内する。
「局長、ロアンが到着しました」
『ありがとう』
ロアンは部屋に入った。
そして、生命維持装置の前で立ち止まった。
透明な液体の中に、脳が浮かんでいた。
「…………」
ロアンは容器を見た。
クルトを見た。
もう一度、容器を見た。
『……こんにちは、ロアンさん』
「…………」
『ルメです』
「……ルメ?」
『はい』
「……あのケイトウの?」
『はい』
ロアンは容器に近づいた。
『……驚きました?』
「……ああ」
『……そうですよね』
ロアンはしばらく脳を眺めていた。
「……しかし」
『はい』
「よく見ると、あんまり変わらんな」
『……何がですか?』
「形だ」
『……形?』
「久留米ケイトウの花に似てる」
『…………』
ルメは返答に困った。
脳みそとケイトウ。
「なるほどな」
『……何がですか?』
「だからケイトウだったのか」
『……職員が、形を参考に選んだそうです』
「そうか。よく似てる」
『……そうなんですね』
ロアンは納得したようにうなずいた。
そして、容器を覗き込んだ。
「……ところで、腐らんのか?」
『……そこですか?』
「ずっと液に浸かってるんだろう」
『脳脊髄液です』
「水とは違うのか?」
『違います』
「替えてるのか?」
『定期的に』
「そうか」
ロアンは腕を組んだ。
「根腐れはせんのか?」
『……根がありません』
「そうだったな」
ロアンはクルトに向き直った。
「この液は、どのくらいで交換する?」
「管理規定に従って定期的に交換しています」
「濁ったりは?」
「異常が生じないよう監視しています」
「温度は?」
「一定に保っています」
「なるほど」
ロアンは再び容器を見た。
「ずいぶん手のかかるものだな」
『……そうですね』
「ケイトウの方が楽そうだ」
『……私もそう思います』
ルメは少し考えた。
『……あの、ロアンさん』
「何だ?」
『……気持ち悪くないですか?』
ロアンは黙った。
容器を見た。
少し考えた。
「……まあ、驚いたな」
『……はい』
「脳だけで生きてるとは思わんかった」
『……そうですよね』
「だが、話してるのはルメなんだろう?」
『……はい』
「なら、ルメだな」
『…………』
あまりにも簡単な結論だった。
ルメは、その返答をどう扱うべきか考えた。
嫌悪感がないとは限らない。
気を遣っている可能性もある。
「……ところで」
『はい』
「その姿じゃ、土には入れんな」
『……入れません』
「日にも当たれん」
『……はい』
「風にも揺れん」
『……そうですね』
ロアンはしばらく考えた。
「……つまらんな」
『……はい』
ルメは思わず同意した。
柔らかい土。
根から吸い上げる水。
風に揺れる茎。
暖かい日差し。
六時間しかなかった。
だが、その六時間で知ったものは、一年以上過ごした局長室には存在しなかった。
『……また、ケイトウになれるといいんですけど』
ロアンはクルトを見た。
「次はいつなんだ?」
「実証試験の日程は現在調整中です」
「そうか」
ロアンは容器に向き直った。
「なら、次に来るまでに土を整えておくか」
『……いいんですか?』
「庭師だからな」
『……ありがとうございます』
「ただし、今度は勝手に抜けるなよ」
『……はい』
「根を傷める」
『気をつけます』
クルトが記録板に書き込んだ。
「次回実証試験の注意事項に、根部損傷防止を追加します」
『……お願いします』
休憩時間が終わった。
ロアンは帰り際、もう一度容器を見た。
「ルメ」
『はい』
「液が濁ったら、すぐ替えてもらえよ」
『……はい』
「腐ってからじゃ遅いからな」
そう言って、ロアンは部屋を出ていった。
しばらく沈黙が続いた。
『……クルト』
「はい」
『今の、どう思う?』
「何についてでしょうか」
『……ロアンさんの反応』
「生命維持管理に強い関心を示されていました」
『……そうだね』
「庭師としての職業的関心と思われます」
『……うん』
ルメは考えた。
自分は、相手の反応を確かめるつもりだった。
嫌悪感を示された場合の対応も考えていた。
しかし、腐敗を心配されることまでは想定していなかった。
『……クルト』
「はい」
『脳脊髄液、ちゃんと交換してるよね?』
「規定どおりに実施しています」
『……そっか』
「交換記録をご確認になりますか?」
『……いや、大丈夫』
クルトは記録板を確認した。
「局長」
『何?』
「本日の面会について、記録を残します」
『……うん』
「面会目的は、現在の身体状態の開示ですね」
『……そうなるね』
「面会結果も記録します」
『……お願い』
クルトは記入した。
面会目的。
現在の身体状態の開示。
面会結果。
腐敗防止に関する助言を受けた。
なお、局長の生命維持状態に異常は認められなかった。




