第七話 武士が川遊びなどするか
朝のうちに炭を切った。にぎりめしになったのは、二個。
「とん」への道は遠い。遠いけど、今日はお城だ。二回目の約束、今度こそ。
走って、お城に着いて、案内の人について歩いてたら――稽古場のほうから、変な声が聞こえた。
「いちっ、に! いちっ、に!」
覗いて、固まった。
兵隊さんたちが、ずらーっと並んで、屈伸してた。
伸脚もしてた。肩もぐるぐるしてた。全員で。真顔で。
「えっ!? なんでみんな、おれの踊り……体操やってるの!?」
「踊りなのか体操なのか、どっちなんだ」
横に信長様が立ってた。腕組みして、兵隊さんたちを眺めてる。信勝様も、長秀さんもいた。
長秀さんが、すっと一歩出た。
「坊。あれから兵に試させたところ……稽古中の怪我が、減り申した」
「へ?」
「面白いほどに、減り申した」
信長様が、にやっとした。
「金になるな。日課にしろ」
「はっ」
「なにが!? ねえ、なにが金になるの!?」
「お前は知らんでいい」
「おれの体操だよね!? ねえ、おれのだよね!?」
誰も答えてくれなかった。長秀さんはもう兵隊さんのほうへ歩いてって、「腰が高い! やり直し!」とか言ってた。
なにそれ。コーチじゃん。完全にコーチじゃん。
信長様は、なんだか今日、ものすごく機嫌がよかった。
「鉄之助。褒美をやる。望みを言え」
「えっ、なんでもいいの!?」
「言ってみよ」
「川で遊びたい!」
信長様の眉が、ぴくっとした。
「……武士が、川遊びなどするか」
「えー」
川に着いたら、一番いい岩の上に、信長様が立ってた。
「遅い。何をしている」
「するんじゃん!! 川遊び、するんじゃん!!」
信勝様が、おれの横で笑いをかみ殺してた。
「ほたる、聞いてよ。兄上、着くなり岩を取ったんだよ。一番いい岩」
「取っておらん。ここが涼しいだけだ」
夏の川は、最高だった。
「あのね、ああいう大きい石あるでしょ! あの裏、魚いるよ。ぜったいいる!」
「ほんとに!?」
「あと飛び込むときは足から! 頭からはだめ! 浅いと頭打つから!」
信勝様の目が、きらーんとした。
「つまり、流れというのは石に当たって、裏側でゆるむ。だから魚はそこで休んで――ぶくっ」
信長様が、信勝様の頭を水に突っ込んだ。
「翻訳が長い」
「ぷはっ!? 兄上!?」
「川まで来て講義をするな」
石の裏には、ほんとに魚がいた。三人で追い込んで、信勝様が両手でつかまえて、そのままひっくり返って、頭まで濡れた。魚は逃げなかった。にぎった手だけは離さなかったんだ、この人。
「捕った!! ほたる、捕ったよ!!」
「すごっ! 顔から行ったのに!」
次は水切りだ。
「見てて! 平べったい石をね、こう……それっ!」
ぴょん、ぴょん、ちゃぽん。
「三回! 見た!?」
信勝様も投げた。ぴょん、ぴょん、ぴょん、ちゃぽん。
「よんっ!」
「ずるい! 石が良かったんだ!」
信長様は岩の上から動かなかった。
「遊ばん。見ているだけだ」
しばらくして、横で、ちゃぽん、と音がした。
信長様の手から石が消えてた。一回も跳ねないで沈んだ。
「あ。今の沈んだね」
「投げておらん」
「投げたよね!? 今、投げたよね!?」
二投目は、二回跳ねた。
三投目の前に、信長様は袖をまくった。
「遊ばないんじゃ……」
「黙れ。石を拾え。平たいやつだ」
「おれ、石拾い係なの!?」
そこからの信長様は止まらなかった。最後のは八回跳ねて、向こう岸の草に飛びこんだ。
「どうだ」
「すごいけど! すごいけど大人げない!」
水の中でじゃんけんしようとして、気づいた。じゃんけんが、通じない。
「なんだそれは」と信長様。
「ぐーと、ちょきと、ぱー! 石と、はさみと、紙!」
戦国、じゃんけんないのか。知らなかった。
教えたら、信勝様は一発で覚えた。信長様も覚えた。覚えたけど。
「じゃーんけーん、ぽん! ……あっ!! 信長様、今の後出し!」
「出しておらん」
「ぜったい後出し! おれのぐー見てから、ぱー出した!」
「気のせいだ」
信勝様が、すまして言った。
「後出しですね。耳が赤いもの」
「赤くない」
捕った魚は、焼いて食べることになった。
おれは胸を張った。
「火ならまかせて! おれ、鍛冶の子だから!」
まかせられなかった。
枯れ枝を積んで、火打ちの道具を借りて、かちかちやった。かちかち。かちかち。
つかない。ぜんぜんつかない。
「なんで!? 火って、こんなにつかないものなの!?」
「鍛冶屋の子だろう」
「うちにはふいごがあるの! ふいごがないと無理!」
「ふいごの神童が聞いて呆れる」
信長様が代わって、一発でついた。
「うるさい!」
「何も言っておらん」
「顔が言ってる!」
魚は、おいしかった。塩もないのに、なんでこんなにおいしいんだろ。三人で骨までしゃぶった。
帰る前、三人で岩に並んで座った。
濡れた着物が、夕方の風で、ちょっとだけ冷たい。川が、夕日でぜんぶオレンジ色だった。
「こういうの、ずっと続くといいな」
「……うん」
信勝様は短くそう言って、川の遠くを見た。
それから、ぱっとおれのほうを向いた。
「ねえ兄上、さっきの水切り、最後のはずるです。助走をつけてました」
「つけておらん」
「つけてました。三歩」
「二歩だ」
「つけてるじゃん!!」
帰り道。
馬に乗ったお供の人が追いついてきて、長秀さんに何か耳打ちした。
長秀さんが、信長様のそばに寄った。
「殿。お戻りののち、評定が」
「分かっている」
それだけだった。
おれはそれより、足が限界だった。一日じゅう泳いだ足は石みたいに重くて、とうとう、止まった。
ふわっ、と体が浮いた。
「えっ、ちょ、信長様!?」
背負われてた。日本一えらくなる人に、背負われてた。
「お、おれ、歩けるよ!?」
「遅いからだ。お前に合わせると日が暮れる」
信勝様が、横でにやにやした。
「兄上は優しいんだよ」
「黙れ」
「ほら、耳」
「黙れと言った」
信長様の背中は、思ってたよりずっと、おっきかった。
家の前で降ろしてもらった。
帰りぎわ、信勝様が、ちょっとだけ声をひそめた。
「ほたる。今度は、俺がほたるに見せたいものがあるんだ。次に来たら、ね」
「えっ、なになに!?」
「ひみつ」
「ええー!? 気になる! 気になるんだけど!!」
信勝様は笑って手を振って、行っちゃった。ずるい。親友にひみつって、いちばんずるい。
夕ごはん。
次兄ちゃんが、指を三本立てた。
「今日で三日だ。泣いたか」
「泣いてない!」
「炭も切ってねえだろ!」
「朝ちょっと切った! 二個!」
「二個かよ」
「明日切る! 百個切る!」
長兄ちゃんが、うんうんとうなずいた。
「泣いてはいないが、切ってもいない。……引き分けだな」
「引き分けじゃない! おれの勝ち!」
「殿と川で遊んで帰ってきた男が、何の勝ちだ」
「命名やめて!」
寝床に入ったら、体がぜんぶ、ぽかぽか重かった。
ひみつって、なんだろ。本かな。すごい本かな。それとも、お城の知らない場所かな。
「ひみつって、何だろ……明日は炭、百個……」
考えてるうちに、目が閉じて。
その日は、夢も見ないで眠った。
読んでくださりありがとうございます!面白いと思ったら★評価&ブクマして頂けると励みになります!
【次回更新】明日17時予定!




