表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火床の子 〜転生したら先祖が信長お抱えの刀鍛冶だった〜  作者: おさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

第六話 何の踊りだ

朝めしの席で、おれは宣言した。


「両方やる! 昼まで炭切って、夕方お城に走る! 完璧!」


「お、言うねえ」と次兄ちゃん。「言っとくが、賭けは生きてるからな。三日で泣くってやつ」


「泣かないってば!」


「今日が二日目だ」


「数えてるし!」


母ちゃんが、おれの椀に汁をよそった。


「お城が先じゃなくていいのかい」


「だって炭、途中なんだもん」


父ちゃんは、何も言わなかった。何も言わないけど、汁をすする音が、ちょっとだけ「ほう」って言ってた気がした。


よし。まずは炭だ。約束もやぶらない。刀もやめない。両方やればいいんだよ、両方。


おれって天才かも。




天才じゃなかった。


仕事場に立って、鉈を持ち上げようとして、気づいた。


腕が、上がらない。


「いたたたた!? なにこれ!?」


肩が痛い。腕も痛い。なんなら、わき腹まで痛い。


きのうの炭のやつだ。体じゅうが「もう炭はいやだ」って言ってる。


でも、おれは知ってる。こういうときは、あれだ。


屈伸。伸脚。アキレス腱。肩をぐるぐる。


運動教室で、いっつもやってたやつ。やらないとコーチに怒られたやつ。体が勝手に動くんだよ、これ。


「ん、しょ。いち、に。いち、に……」


「……何の踊りだ」


声が、後ろからした。


振り向いた。


信長様がいた。


その後ろに、信勝様がいた。そのまた後ろに、長秀さんもいた。


うちの庭に。


「えええええええ!?」


おれの悲鳴と、戸口から飛び出した母ちゃんの悲鳴と、桶を落とした長兄ちゃんの音が重なった。




そこからの我が家は、たぶん清洲でいちばんうるさかった。


母ちゃんは三回おじぎして家に引っこんで、また出てきて、もう一回おじぎした。長兄ちゃんは正座したまま固まってる。次兄ちゃんだけ、なんかちょっと楽しそうだった。


仕事場から飛んできた父ちゃんは、地面に膝をついて頭を下げて、そのまま顔だけおれに向けて、ものすごく小さい声で言った。


「……様を、付けろ」


「いつも付けてるよ!」


「絶対だぞ」


「小声で言うことそれ!?」


信長様は、騒ぐ我が家をぜんぶ無視して、おれの前に立った。


「ねえ、なんでうちに!? お城は!?」


「来ないからだ」


「えっ」


信長様は、ふいと横を向いた。


「……俺は来てやったのではない。通りかかったのだ」


「うちって通り道なの!?」


信勝様が、にこにこしながら横から言った。


「ほたる、聞いてよ。兄上ね、朝から三回も『まだ来ん』って」


「言っておらん」


「言ってました。耳が赤いもの」


「言っておらん」




信勝様は、仕事場をきょろきょろ見回して、目をきらっきらさせた。


「ねえほたる、ここ、見ていい? 見るね」


「聞いてから入るまで早っ!」


信勝様は、隅っこで立ち止まった。


「これが、ふいごか! 涼んだやつ!」


「なんで知ってるの!?」


「兄上から聞いた」


「言いふらしてるじゃん!!」


信長様は、知らん顔をしていた。


あ、そうだ。先に言わなきゃいけないことがあった。


「あのね、信勝様。きのう、お城……行くって言ったのに、行けなくて。ごめん」


ちゃんと言おうって決めてたんだ。親友との、初めての約束だったから。


信勝様は、きょとんとして、それから笑った。


「いいよ。見たかったんだ、ほたるの家」


そう言って、火床の前にしゃがんだ。


黒い炭と、灰。それをじーっと見て、当たり前みたいに言った。


「ここで、ほたるは刀を打つんだね」


……あれ。


父ちゃんも兄ちゃんも「十年早い」って言うのに。


この人、ふつうに言った。打つんだね、って。


なんか、むねの奥が、くすぐったい。


「……うん!」


それだけ言った。それだけで十分だった。




「おい」と信長様。「それより、さっきの踊りはなんだ」


「踊りじゃない! 体あっためてたの!」


「あっためる?」


「これやると怪我しないんだよ。コーチが言ってた」


「こーち?」


「夢の、運動の先生」


「また夢か」


信長様は、うさんくさいものを見る目でおれを見た。見たまま、ちょっと黙った。


「……やってみせよ」


「いいよ! ほら、屈伸。いち、に。次、足の後ろのすじのばすの。で、肩ぐるぐる〜」


信長様は、半分疑った顔のまま、おれの真似をした。


屈伸。すじのばし。肩ぐるぐる。


日本一えらくなる人が、うちの庭で肩をぐるぐるしてる。何この絵。


ひととおりやると、信長様は腰の刀を、すらっと抜いた。


素振り。


ぶん。


「…………」


信長様は、自分の手を見た。


「……軽いな」


もう一回、振った。ぶん。


「ね!? なんか調子いいでしょ!?」


「黙れ。数がずれる」


「振り続けるんだ!?」


信勝様が、あごに手を当てて言った。


「つまり……弓の弦を、射る前に張り直すようなもの?」


「お前はなぜいちいち言い直すんだ」


「だって、そのほうが分かるもの」


そのとき、ずっと黙ってた長秀さんが、すっと前に出た。


「坊。もう一度、初めからやってみせよ」


「え? いいけど。屈伸、いち、に……」


長秀さんは、何も言わないで、じーっと見てた。


笑いもしないで、じーっと。


なに? なんか変だった?




「ところでほたる、修行って何するの? 見たい!」


「あ……えっと……炭切り……」


見せたくなかった。だっておれ、まだ「とん」ができないんだもん。


でも、親友が見たいって言うから。


切った。


「とんっ!」


ばきっ。ななめ。


「とんっ!!」


ぼふっ。粉。


「とおおおん!!」


つるん。鉈がすっぽ抜けた。


「…………」


「…………」


「……ほたる、強く生きてね」


「まだ二日目なの!! 二日目なんだってば!!」


信長様が、ずいっと手を出した。


「貸せ」


「えっ」


信長様は鉈を受け取って、炭をひとつ据えて――


とん。


ころん、ころん。


にぎりめしの大きさが、二つ。


「出たーー!! それ!! どうやったの!?」


「とん、と」


「あんたもか!! なんでこの家まわり、誰も説明できないの!?」


「様を付けろ」と、どこかから父ちゃんの小声がした。


信勝様が、目を輝かせて手を出した。


「俺もやる!」


「信勝様ならできるかも! 頭いいし!」


信勝様は、炭をじっくり見て、鉈の角度をじっくり考えて、それから、えいっと振った。


ぼふっっ!!


黒い粉が、ぶわっと信勝様の顔に飛んだ。


「…………」


まっくろだった。顔が、まんべんなく黒い。おれより黒い。


ぶはっ、と噴いたのは信長様だった。


「あはははは! 信勝様、顔! 顔!!」


「ほたるだって黒いよ!?」


「俺の弟は、炭にも負けるのか」


「兄上だって最初はできなかったでしょ!?」


「できた」


「嘘だ!」


三人で、げらげら笑った。


炭まみれで、げらげら。きのうは炭、にっくき敵だったのにな。




帰り際。


顔を拭いてもらった信勝様が、振り向いて言った。


「ほたる、明日はお城においでよ! 今度こそ!」


「行く! 今度こそ!」


「約束ね。二回目の約束」


信長様は「来たくば来い」とか言いながら、もう歩き出してた。耳は、見なかったことにした。


最後に、長秀さんだけが、一拍残った。


「坊」


「なに?」


「その体操……明日も、朝にやるのか」


「やるけど……なんで?」


「……いや」


長秀さんは、それだけ言って、行ってしまった。


去り際の目が、なんか、妙に真剣だった。


なんなんだ、いったい。




夕ごはん。


今日切れた炭は、きのうより少なかった。そりゃそうだよ。途中から殿様が来たんだもん。


長兄ちゃんが、うんうんとうなずいた。


「炭と戦って負けた男、改め……」


「いやな予感しかしない」


「殿に炭で負けた男」


「一発でやられたんだから、しょうがないじゃん!!」


ひとしきり笑ったあと、長兄ちゃんは父ちゃんのほうを向いて、少し声を落とした。


「……しかし、殿は、ようも気楽にお出歩きになる。お城はごたついておるというのに」


「……口を慎め」


ふうん。お城、まだごたごたしてるの?


それより明日だよ、明日。今度こそ、お城。




寝る前に、今日のことを思い出した。


親友が、おれんちに来た。


ふいごを見て、笑って、火床の前にしゃがんで、「ここで刀を打つんだね」って言った。


えへへ。明日は、何の話をしよう。


……でも、ひとつだけ。


長秀さんの、あの聞き方。


「明日も、朝にやるのか」


あれ、なんだったんだろ。


読んでくださりありがとうございます!面白いと思ったら★評価&ブクマして頂けると励みになります!

【次回更新】明日17時予定!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ