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火床の子 〜転生したら先祖が信長お抱えの刀鍛冶だった〜  作者: おさ


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第五話 炭と戦った男

城から帰った、次の日の朝。


おれは、朝めしの席で正座した。


言うなら朝いちばんだ。父ちゃんの機嫌は、朝めしのときがいちばんいい。たぶん。


「父ちゃん! 鎚、触りたい!」


父ちゃんは、汁をすすった。


「だめだ」


「即答!?」


「だってさ、約束したよね!? 読み書きと銭勘定ができたら、考えてやるって!」


「考えた。十年早い」


「その断り方、前も聞いた!」


「なら話が早い」


「早くない! なんにも早くないよ!?」


でも、今日のおれは引かない。引かないって決めて、寝て、起きてきたんだ。


「おれ、刀打つの! ご先祖様みたいな、すっごい刀! 決めたんだもん!」


「いつ決めたんだよ」と次兄ちゃん。


「昨日!」


「昨日かよ」


「昨日だけど本気だもん!」


母ちゃんが、おれの椀に汁をよそいながら笑った。


「鉄之助は、言い出したら聞かないからねえ」


「そうだよ! 聞かないよ!」


「褒めてないんだよ」


長兄ちゃんが、箸を置いた。出た。説教の構えだ。


「鉄之助。火床ってのは、鍛冶の命だ」


「知ってる!」


「ふいごで涼もうとした男に、火床を触らせられるか」


「いつの話!? もう涼んでないじゃん!」


「一度涼んだ奴は、また涼む」


「涼まないよ! おれを何だと思ってるの!?」


「ふいごで涼もうとした男だ」


「だからそれをやめてって言ってるの!」


次兄ちゃんが、横からのんびり言った。


「まあ、やらせてみればいいんじゃねえの。どうせ三日で泣くぜ」


「泣かない! ぜったい泣かない!」


「賭けるか。おれは三日に賭ける」


「兄ちゃんが弟に賭けるな!」


そのとき、父ちゃんが、無言で立ち上がった。


え。なに。怒った?


「……ついて来い」


きた。


きたきたきた!


これ、あれでしょ。仕事場に連れてって、「今日からお前に教える」ってやつでしょ! 知ってる! てれびで見たことある!


鎚だ。ついに鎚だ!


おれは、ごはんを三口で飲みこんで、父ちゃんの背中を追いかけた。




仕事場の、隅っこだった。


父ちゃんが、おれの前に、どさっと置いた。


でっかい俵がひとつ。それと、鉈。


「……?」


俵の口から、黒いかたまりが、ごろごろ見えてる。


「切れ」


「……すみ?」


「炭だ」


「おれ、刀の話してたよね!?」


父ちゃんは、ごつい指で、四角を作ってみせた。にぎりめしくらいの大きさだ。


「これくらいに、切れ。ぜんぶだ」


「いやいやいや。鎚は? 鉄は? かんかん打つやつは?」


「…………」


「無言!? ねえ、無言なの!?」


父ちゃんは、おれをじっと見て、ひとことだけ言った。


「炭の大きさが、火を決める」


それだけ。


それだけ言って、自分の火床に戻っていっちゃった。


追いかけて聞こうとしたけど、父ちゃんの背中が「来るな」って言ってた。背中がしゃべるんだよ、うちの父ちゃん。


……なにそれ。


意味は、ぜんぜん分かんない。


分かんないけど。


なんか今、ものすごーくかっこいいこと言われた気がする!


「分かった! やる!」


おれは鉈をつかんだ。ずしっと重い。けど、持てないほどじゃない。


炭でしょ? 黒いやつを切るだけでしょ?


楽勝楽勝。だっておれ、刀鍛冶の息子だよ?




楽勝じゃなかった。


まず、炭、固い。


「固っ!? えっ、固っ!?」


木でしょ!? あんた、元は木でしょ!? なんで石みたいになってるの!?


えいって振り下ろしたら、鉈が、つるんと滑った。


炭は割れもしないで、ころころ転がっていった。


「待って。逃げないで」


炭は、土間の隅で止まった。なんか、勝ちほこってる気がした。


二回目。今度は当たった。


ばきっ。


割れた! と思ったら、ななめ。ぜんっぜんななめ。にぎりめしどころか、へんてこなかけらが三つできただけだった。


三回目。


ぼふっ。


黒い粉が、ぶわっと顔に飛んできた。


「ぶへっ! 口入った! 苦っ!」


ありえない。ありえないよこれ。


「火をつけるだけなのに!? コンロならボタンひとつなのに!」


かちって押したら、ぼっ、てつくのに! ひねるだけでいいのに!


……って叫んでも、誰にも通じないんだけど。


四回目は、当たりもしなかった。


五回目で、やっと割れた。割れたけど、大きすぎた。にぎりめしっていうか、まくらだ。


「父ちゃん! コツは!?」


「切れ」


「それコツじゃなくて命令!」




昼前には、おれは真っ黒になっていた。


手も、顔も、たぶん鼻の中も黒い。


そこへ、兄ちゃんたちが覗きに来た。


次兄ちゃんが、おれと、ばらばらの炭の山を見比べて、ぷっと噴いた。


「おい、見ろよ兄者。炭のほうが勝ってる」


「うるさい!」


「顔。お前、顔。化けもんだぞ」


「炭が飛んでくるんだもん!」


長兄ちゃんは、腕を組んで、うんうんとうなずいた。


「ふいごで涼もうとした男、改め……」


「やめて」


「炭と戦って負けた男」


「負けてない! まだ戦ってる最中なの!」


げらげら笑われた。くやしい。


「じゃあ兄ちゃんたちはできるの!?」


「俺たちも通った道だ」と長兄ちゃん。


「えっ、兄ちゃんたちも負けたの? 炭に?」


「負けてはいない」


次兄ちゃんが、おれの手から鉈をひょいと取って、炭をひとつ、とん、と切った。


にぎりめしの大きさが、ころん、ころんと二つ。


「はやっ!? 今なにしたの!?」


「切った」


「だから、どうやって!」


「とん、って」


「説明へたか!」


長兄ちゃんが、土間に転がってるかけらを指さした。


「それとな、鉄之助。炭を粗末にするな。炭も銭だ」


「うっ」


「お前がさっき蹴っ飛ばしたのも銭だ」


「ひろう! 今ひろう!」


次兄ちゃんが、笑いながら言った。


「そのうち分かる」


次兄ちゃんは鉈を返して、笑いながら行っちゃった。


なにそれ。なにその、できる人の余裕。


くやしい。ぜったい「とん」ってやる。今日中に「とん」ってやる。


昼めしのあと、母ちゃんが水を持ってきてくれた。


「ほどほどにね」


「ほどほどにしない!」


「そう言うと思った」




おれも「とん」って言いながら、切ってみることにした。


「とん!」


ばきっ。ななめ。


「とんっ!!」


ぼふっ。粉。


「とおおおん!!」


つるん。鉈がすっぽ抜けて、俵に刺さった。


……どうやら、声の問題じゃないらしい。


「とん」は、夕方になっても、できなかった。


切っても切っても、にぎりめしにならない。


大きいの。小さいの。ななめの。粉。


手のひらが、ひりひりした。見たら、豆ができてた。ひとつ、つぶれてた。


腕も、ぷるぷるした。鉈って、こんなに重かったっけ。朝はもっと軽かったのに。


おれの横には、大きさのばらばらな炭の山だけが、できあがっていた。


……あれ。おれ、朝から何やってたんだろ。




夕方。


父ちゃんが、無言で、おれの山のところに来た。


ごつい手が、ばらばらの山の中から、いくつかだけ拾った。三つか、四つ。にぎりめしの大きさに、たまたま切れてたやつだ。


父ちゃんはそれを、自分の火床に、そっとくべた。


……今の、おれが切ったやつだ。


おれの炭が、火になってる。


父ちゃんは何も言わないで、ふいごを踏んだ。




夕ごはん。


「いただきま……いたっ」


椀が持てなかった。豆のつぶれたとこに、椀のふちが当たるのだ。


「なにやってんだい」


母ちゃんが笑って、おれの手を見て、それから、ちょっとだけ笑うのをやめた。


「……あとで、塗っとこうね」


「平気だもん」


「はいはい」


次兄ちゃんが、にやにやしながら聞いてきた。


「で? 明日も戦うのか」


「戦う!」


「炭とな」


「言い方!」


向こうでは、長兄ちゃんが父ちゃんに、小さい声で話してた。


「お城は近ごろ、ごたついておるらしいですね」


「……らしいな」


ふうん。お城がどうかしたの?


それより炭だよ、炭。あの「とん」だよ。次兄ちゃんの「とん」。


あれ何? なんで「とん」で切れるの? おれの「えい」と何がちがうの?


おれは飯を食べながら、頭の中で、ずっと炭を切ってた。


頭の中のおれは、もう百個くらい切れてた。本物のおれも、早くこうなりたい。




寝る前に、自分の手を見た。


真っ黒で、豆だらけだった。洗っても、爪のあいだの黒いのだけは取れなかった。


へへ。なんかこれ、ちょっとだけ、鍛冶の手っぽくない?


「明日は、もっと切る」


にぎりめし百個ぶん、切る。そんで父ちゃんに、ぜんぶ火にくべさせるんだ。


そう決めて、ごろんと横になって――


「……あっ!!」


がばっと起きた。


信勝様だ。


「また来てよ、ほたる。明日でもいいよ」って言われてたの、忘れてた!!


親友との、初めての約束なのに!!


どうしよう。炭、切らなきゃ。でも、お城も行きたい。でも炭。でも信勝様。でも「とん」。


「……からだ、二ついるんだけど!?」


戦国って、ほんと、いそがしい。


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【次回更新】明日17時予定!

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