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火床の子 〜転生したら先祖が信長お抱えの刀鍛冶だった〜  作者: おさ


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第四話 読める御方

「城に来い」と言われてから、三日目の朝だった。


ほんとに、城から使いの人が来た。


「殿のお召しにございます。長船の三男・鉄之助どの、登城されたし」


父ちゃんが、持っていた椀を落とした。


そこからの我が家は、大騒ぎだった。


「一張羅! 一張羅はどこ!」


母ちゃんが家じゅうをひっくり返す。長兄ちゃんは、おれの肩をがしっとつかんだ。


「いいか、鉄之助。城では何も触るな」


「触らないよ」


「特にふいごだ。城のふいごで涼むな」


「もう涼まないってば!」


次兄ちゃんは、真顔でおれに手を合わせた。


「達者でな」


「帰ってくるよ!?」


父ちゃんは、戸口でひとことだけ言った。


「……様を、付けろ」


「分かってる!」


「様を付ければいいというものでもないが、とにかく付けろ」


「どっちなの!?」




城は、でかかった。


「ひろっ! 城ひろっ! ねえ長秀さん、ここ何人住んでるの? お風呂ある? 迷子になったらどうするの?」


門で待っていてくれた長秀さんは、ぜんぜん動じなかった。


「歩きながらでよい」


長い廊下を歩きながら、長秀さんが言った。


「今日はな、坊。殿の弟君に、お会いいただく」


「弟君……信勝様?」


「うむ。おぬしの夢の話を、聞きたがっておられてな」


「えっ、なんで? おれの夢の話、誰にも通じないのに」


「さて」


長秀さんは、ちょっとだけ笑った気がした。




通された部屋は、本だらけだった。


壁ぎわに、積んで積んで積みまくってある。本屋さんかと思った。戦国に本屋さんがあるのか知らないけど。


その真ん中で、信長様がごろっと寝そべっていた。城なのに。いや、自分の城だけど。


「来たか。ふいごの神童」


「ふいごは付けないでって言ったのに!」


そして、本の山のそばに、もうひとり。


若い男の人が、ちょこんと座ってた。


信長様を、やわらか〜く煮たみたいな顔だった。目がきらきらしてる。


なんだろう。会ったばっかりなのに、分かった。


この人、おれと話したい顔してる!


「きみが鉄之助? 俺は信勝。兄上の弟だよ。年は19。よろしくね」


「19!? おとなじゃん!」


おとなのはずの信勝様は、ずいっと身を乗り出した。


「ねえ、座って座って。それで、てれびの話をして」


「挨拶終わるの早っ!?」




「長秀から聞いたんだ。四角い箱に、遠くの相撲が映るんだろ? どういうこと? 教えて」


「えっとね、ほんとに映るの。遠くでやってる相撲が、そのまんま」


「箱の中に、小さい人がいて相撲を取るの?」


「いない!」


「じゃあ、絵? 絵が動くの?」


「動く! 本物そっくりに!」


「ふうん……」


信勝様は、あごに手を当てて、ちょっとだけ黙った。それから言った。


「……水鏡って、あるよね。水たまりに景色が映る、あれ。あれが、ものすごーく遠くまで届くんだとしたら……てれびって、何百里も先を映す『鏡』? 違う?」


おれは、固まった。


「…………そう!! それ!! そういうこと!!」


通じた。


初めて、通じた。


父ちゃんにも、兄ちゃんたちにも、信長様にも、長秀さんにも通じなかったのに。


「やった! 合ってた!」


信勝様が、おれと同じくらい大きい声を出した。


「おい」と、ごろ寝の信長様。「箱の話で、なぜそこまで騒げるんだ」


騒ぐよ。これは騒ぐよ。


「じゃあ次! しんかんせん! 速い箱なんだろ?」


「速いなんてもんじゃないよ! 鉄の道の上を走るの!」


「鉄の道!?」


「細い鉄の棒がね、ずーっとずーっと先まで続いてて、その上だけを走るの」


「速いって、馬より?」


「馬の十倍!」


「十倍!? 人は乗れるの?」


「いーっぱい乗れる! 千人……くらい?」


「千人!?」


信勝様の目が、まんまるになった。


「千人を乗せて、決まった道を、馬の十倍の速さで行く……荷車じゃない。馬でもない。それは……船だ! 陸を走る船!」


「そう!!! 陸の船!!!」


「海もないのに!?」


「ないのに!!」


ふたりで、げらげら笑った。なにがおかしいのか分かんないけど、止まらなかった。


横で長秀さんが、ぶつぶつ言ってた。


「陸の、船……なるほど。そう聞けば、形が見えてくるな……」


「おい」と信長様。「さっきから何の話だ」


「箱と船の話!」


「分からん」




ひとしきり笑ったあと、信勝様が聞いてきた。


「ねえ。その夢の中で、きみは誰なの?」


「おれ? おれは……蛍、って名前の子」


「ほたる」


信勝様は、その名前を、口の中でころころ転がした。


「いい名だ。よし、決めた。きみのこと、これから、ほたるって呼ぶ」


「えっ。なんで?」


「だって、夢の話をしてるときのきみ、鉄之助っていうより、ほたるって顔してるから」


なにそれ。顔って何。意味分かんない。


……でも、なんでだろ。


くすぐったくて、ちょっとだけ、うれしかった。




「あのね、ほたる」


信勝様が、少しだけ声を落とした。


「ほんとは、いちばん聞きたい話が、別にあるんだ」


「なに?」


「兄上のこと。……兄上に言ったんだろ。ばらばらの日本を、ぜーんぶひとつにしちゃう、って」


「言った! 夢で習ったもん。……ねえ、信長様って、このあと天下取るんだよね? たしか」


ごろ寝の信長様が、こっちを見もしないで言った。


「当たり前だ」


信勝様が、ばっと立ち上がった。


「兄上が、天下を……!」


「えっ、そんなに喜ぶ?」


「喜ぶよ! ねえほたる、それ、夢のみんなが知ってるの? 夢の中でも、兄上は有名なの?」


「有名! 日本でいちばん有名!」


「だよね! 兄上がすごいのは知ってたよ! 俺、ずーっとそう思ってたんだ!」


信勝様は、自分のことみたいに――ううん、たぶん自分のことより、喜んでた。


「ねえ、他には? 他に有名になる人はいるの?」


「えっと……ひでよし? って人が、なんかすごかった気がする」


「ひでよし。……聞いたことないな。どこの家の人だろう。兄上、ご存知ですか?」


「知らん」


「えっ!? 有名なのに!? 知らない人なの!?」


「まだ有名じゃないんだろ」


信勝様はそう言って笑った。


「これからすごくなる人なんだよ、きっと。……ねえ、ほたる。兄上の話、思い出したら、ぜんぶ教えて。どんなに小さいことでも、ぜんぶだよ」


「いいよ! 思い出したら、すぐ言う!」


「約束ね」


信勝様は、指切りでもしそうな顔で笑って、それから、ごろ寝の兄上のほうを見た。


「……天下人、か」


小さい声だった。


笑顔が、一呼吸だけ、止まった。


すぐに、いつもの顔に戻った。ろうそくの火が、一回だけ揺れた。そのくらいの話だ。おれは、気のせいだと思うことにした。




「おい、鉄之助」


信長様が、むくっと起き上がった。


「弟と俺と、どっちが面白い」


「えっ」


「答えろ」


「…………信勝様」


「ほう」


「だって信勝様、話が通じるもん! 信長様、ぜんぶ『分からん』って言うじゃん!」


「分からんものは分からん」


信長様は、ふいと横を向いた。


「あはは! 兄上が拗ねてる!」


「拗ねておらん」


「拗ねてますよ。耳が赤いもの」


「拗ねておらん」


信勝様は、ひとしきり笑ってから、おれに言った。


「また来てよ、ほたる。明日でもいいよ」


「おい」と信長様。「ここは俺の城だ。来いと言うのは俺だ」


「じゃあ兄上も言ってあげてください」


「…………来い」


「どっちに呼ばれても来る!」




帰り道、おれは半分スキップだった。




家に着いたら、戸を開ける前に、中から戸が開いた。


「おかえり!」「無事か!」「粗相しなかったかい!?」


家族全員が、戸口にぎゅうぎゅうに詰まってた。


「ただいま……近っ! 顔近いよ!」


次兄ちゃんが、おれの肩をばんばん叩いた。


「おお、生きて帰ったか」


「帰るって言ったでしょ!?」


長兄ちゃんは、おれの両手をつかんで、じっと見た。


「……何も触ってないだろうな」


「触ってない!」


「ふいごは」


「城のふいごの場所も知らないよ!」


「ならよし」


「その確認やめて!」


母ちゃんは、質問攻めだった。


「お城はどうだった? ごはんは出たの? 一張羅は汚してないだろうね?」


「順番に聞いて! それより聞いてよ! おれ、親友できた!」


「あらまあ、親友。お城の、小姓の子かい?」


「ううん。信勝様!」


家の中が、しん、とした。


「……殿の、弟君か?」と長兄ちゃん。


「そう! すっごい話が通じるの! 箱の話も、陸の船の話も、ぜんぶ!」


「待て待て待て」


次兄ちゃんが、おれの頭を両手ではさんだ。


「お前いま、殿の弟君を『親友』って言ったか」


「言ったよ? だって親友だもん」


「だもん、じゃない!」


「だって、また来てって言われたんだよ!? 明日でもいいって!」


「明日!?」


母ちゃんが、ひっくり返りそうになった。


「一張羅! 明日まで乾くかい!?」


そのとき、父ちゃんが、ぼそっと言った。朝に椀を落とした場所に、まだ座ってた。


「……様は、付けたか」


「付けた! ぜんぶ付けた!」


「ならいい」


それだけ言って、湯を飲んだ。


なんか、ちょっとだけ機嫌がよさそうだった。湯しか飲んでないのに。




その晩。布団に入っても、目がぜんぜん閉じなかった。


戦国に来て、初めて、友だちができた。


たぶん、あれだ。親友ってやつだ。


話が通じるって、こんなにすごいことだったんだ。


次はなに話そう。給食の話? お祭りの話? 信号機?


……それで、ふと気がついた。


おれ、信勝様に夢の話はいっぱいしたけど、おれ自身の話は、まだしてない。


ご先祖様みたいな、すっごい刀を打つんだ、って話。


今度会ったら、言うんだ。


でも、「打つんだ」って言うからには――打てるようにならなきゃ、かっこつかないじゃん。


よし、決めた。


明日の朝、父ちゃんに言う。鎚、触らせてって。今度はぜったい、ぜったい引かない。


やりたいことが、いっぺんに増えた。


早く、明日にならないかな。


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【次回更新】明日17時予定!

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