3-1 成長
迫る炎をかいくぐり、剣を上段から振り下ろす。しかし刃は守護の魔法の阻まれ、大きく弾かれることとなった。
「ここだ!」
無論その隙を相手が見逃すわけもなく、すかさず剣が突き入れられた。しかしそこは私が一枚上手。弾かれた勢いのまま蹴り上げ、そのまま後転で距離を取る。
「弾性が強すぎたな。守護魔法も考え物だ、よく特性を考えなければこうして利用されることもある」
「くそっ、もう少しだったのに!」
「さあ、仕切り直しだ。今度はこちらからいくぞ」
正面から動きを見せつけるように突っ込む。まるで搦め手などないように。それがかえって疑念を呼ぶ。何を仕掛けてくるのか、どこで仕掛けてくるのか、そう思い目を凝らす。それこそがこちらの狙いと気付かぬままに。
「まだまだだな」
一瞬で光球の魔法を発動する。ただし目が焼けるほどの眩しさのものだ。
「ぐぁっ!」
目を使わせて、潰す。単純だが分かりやすい方法だろう。眩んだ視界に動きが止まったところを引き倒す。手に持った剣を蹴り飛ばし、こちらの剣を突きつける。
「ここまでだな」
「あー負けだ、参った」
悔しげに叫ぶ男を引っ張り起こしてやる。
「自信があったようだがなエドワード、魔法込みの戦いではまだまだ負けてやれんさ」
「ちくしょー!悔しー!」
「まあしかし、お前の成長ぶりには目を見張るものがあるのは確かだ。剣と魔法を両立しながらたった三年でよくぞここまで練り上げたものだ」
「そうかぁ?負けてばっかりなのにそんなこと言われても実感湧いてこねえよ」
「いいや、実際お前は大したものだ。最近では剣でも私に勝ち越しているではないか。魔法もありならもはや手も足も出んだろうな。父としては寂しくもあるが、しかしお前の力は誇らしいものだよ」
戦いを終えた私達に声をかけてくる者、ランデル殿だった。
「親父もそろそろ歳だからな。いい加減勝っておかないとまずいだろ?」
「生意気なことを言うようになったな」
ワシワシと頭を掻き回されるも、表情は満更でもなさそうであった。
「とは言っても確かに昔よりは動きにキレがなくなってきているのは自分でも感じるよ。特に目と、反応がな」
「身体が衰えたなら、衰えたなりに技術は磨かれ続けるものだ。ランデル殿は未だ強い剣士だよ。ただエドワード、お前がランデル殿を超えただけのことだ。素直に受け止めておけ」
「へへっ、そうか。じゃあそろそろ家督も俺に譲って引退するか?」
「馬鹿者、嫁もいない半人前にまだまだ家は任せられんさ」
「ちょっ、それを言うなよ!」
エドワード・フェルディナント、十九歳。絶賛婚約者募集中であった。
フェルディナント家では週に一度家族揃っての茶会が開かれる。互いの動向は家人を通して知れはするが、家族間での交流は絶やしてはならないという、昔からの伝統とランデル殿は語った。私がフェルディナント家に雇われてからは、エドワードとセシリーの要望で私もそこに参加するようになっていた。
「それにしても、ルクス殿が我が家に来てからもう三年にもなりますか」
「ええ、恥ずかしながら長い間お世話になっております」
「いえいえとんでもない!あなたのおかげで息子も娘も大事なく育っております。護衛としても、師としても、感謝することしきりです。なあ、シャーロット」
「本当にそうですね。幾度もこの子達を救っていただいておりますもの」
この三年の間、兄妹の命が狙われることが幾度もあった。それはあの日と同じフェルディナント家の敵対勢力によるもの。ランデル殿も何度か告発しようとしたが、証拠の隠滅だけはお手のものらしく中々尻尾を掴めずにいた。特に一年目は酷かったものだ。しかしその尽くを私は撃退し、護衛としての存在感を誇示してきた。やがて兄妹の魔法の腕が上がったことにより自衛能力も高まり、奴らも無理を悟ったのか、最近はめっきりそのようなことも減ったのだった。
「いつからかルクス殿のことが噂におっておりましたな。フェルディナントに稀代の魔法使いありと」
「いやはやお恥ずかしい。私もまだまだ道半ばの青二歳ですよ」
「ルクス、謙遜も過ぎては嫌味だわ。あなたが青二歳なら、私とお兄様なんて赤子じゃない」
「ハッハッハッ、実際私にしてみればその通りだよセシリー」
膨れっ面をした娘の頭を撫でてやる。随分髪は伸び、顔も身体つきも大人びてきたが、こういうところは変わらず子供のままだった。
「もうっ、そうやっていつも子供扱い。今に見てなさい!」
「すまんすまん、許してくれ!」
こんなじゃれあいも平和な日々の象徴だった。
「ふふっ、私達には魔法のことなどさっぱりですが、この子達が日々立派になっていることは親として分かります」
「そうですね、二人とも良い人間に育っていると思いますよ」
私には母がいなかったが、この人が良い母親なのは分かる。ランデル殿も良い父だ。親は良い子に恵まれ、子もまた良い親に恵まれた。フェルディナント家は本当にいい家族だった。
「ああそうだ、エドワード、セシリー、お前達に渡そうと思っていたものがあったんだ」
「何だ?」
「プレゼント?そんなもので機嫌を取ろうっていったって、そうはいかないんだから!」
「そんなつもりじゃないさ。これは、お前達の師としての贈り物だよ」
腰の短剣を鞘ごと外しエドワードの前に置く。そしてセシリーには、小指から外した指輪を。
「この三年間でお前達は驚くほどの成長を遂げた。腐らず、曲がらず、真っ直ぐに続けてきたお前達の努力を私はよく知っている。よくやった、そしておめでとう。お前達の師として、エドワード・フェルディナント、セシリア・フェルディナント、両名を一人前の魔法使いとして認めよう」
「一人前?」
「私達が?」
「ああ、比較する相手が私しかいないから気づいてなかったかもしれないが、お前たちの技量はそう呼ぶに差し支えないものだよ」
ぽかんとした表情の二人に告げてやる。あの日、二人の才能を天才と評したのは間違いではなかった。天才が、魔法に長けたエルダーの指導を受け、順当に努力をした結果であった。
「お、おぉ……」
「えっと、あの……」
「どうした二人とも。ルクス殿が認めてくれたんだ。嬉しくないのか?」
「いや、そりゃ嬉しいけどさ。いまいち実感が湧かないっていうか」
「そうね。だってルクスったら魔法のこととなるといつも厳しいのよ?それが、こんな急に」
「なんだ、いらんのか?それならそれで構わんぞ」
二人の前に置いた短剣と指輪を回収しようとした。しかしそれは、恐るべき速さで出された手に阻まれるのであった。
「いらないなんて言ってねえよ!」
「そうよ!もう私達のものよ!返せって言われても返さないんだから!」
「そ、そうか」
どうやら喜んではもらえているようだった。
「二人とも使い方は分かるな?」
「そうね、今までに何度か使わせてもらったから大丈夫」
「エドワード、短剣に込められた魔法は変わらず守護の魔法だ。希望があれば私が変えてもいいし、自分で変えてもいい」
「うーん、いや、このままでいいよ」
「そうか、お前がいいと言うなら構わんが、派手な魔法が好きなお前にしては意外だな」
炎を操ったり、風の刃を飛ばしたり、氷塊や瓦礫をぶつけたりと、エドワードは見た目に分かりやすい魔法を好むたちであった。
「だってさ、この剣はルクスがずっと大切に使い続けてきたものだろ?俺はさ、この剣を……いや、剣だけじゃない。魔法だって、誰かを傷つけるものにしたくないんだ。ルクスに教わって、授けられたこの力は、大切なものを守るために使いたい。俺はそう思ってる。だからこの剣はこのままでいい。守るための力、その象徴にしたいと思う」
身体も大きくなり、剣の腕も魔法の技量も上がったが、一番成長していたのは心の方だったとはな。私はいい弟子を持ったものだ。
「エ、エドワードォ……!」
「うおっ、なんだよ親父、なんで泣いてんだよ!」
「これが、これが泣かずにいられるか!よくぞ、よくぞこれほど立派に育って!父は、父は嬉しいぞぉ!」
「ぐすっ、そうね、そうねあなた。もう私達の息子は子供じゃないのね!」
「母さんまで、やめてくれよ!」
親子三人が感動的(?)な寸劇を繰り広げているともう一人の子が言い放った。
「これでお嫁さんができれば、お兄様も晴れて貴族として一人前ね!」
ぴたりと、エドワードの時が止まった。妹の小悪魔のような意地の悪さは相変わらずであった。
「セ、セシリー……」
男エドワード、妹に泣かされる。その姿は哀愁漂う情けないものだった。
「お兄様ったら、本当に奥手なんだから。せっかく夜会に行ってもまともに女性と話せもしない。そんなんじゃ結婚なんて夢のまた夢よ。お父様もお母様もこれじゃあいつまで経っても安心できないわ。ねえ?」
「いや、その通り、その通りなんだがなセシリー」
「お兄ちゃんを見てごらんなさい。さっきまでは立派に見えた姿が、どんどんしょぼくれていくわ」
「だからどうしたっていうの?大体お父様もお母様もお兄様に甘すぎるわ!フェルディナント家を継ぐ者として、こういったことはガツンと言い聞かせなければ……」
「皆様、ご歓談の途中失礼致します」
セシリーが続けようとした言葉を遮ったのは、歳の頃は七十を迎えようとしている老紳士。先々代の頃からフェルディナント家に仕えているサイモンという男だった。
「どうしたサイモン、何か危急の事態でもあったか?」
「ランデル様、たった今屋敷にさる方からの使者が参られまして」
「さる方、とは」
「ローレンツ家のご令嬢、レティシャ様です」
「何!?」
この予想外の来客が、エドワードに、ひいてはフェルディナント家に大きな変化をもたらすこととなる。




