3-2 ローレンツ家
「ローレンツ家は、我々の敵対勢力、その筆頭だ」
フェルディナント家は元々北方からの移民である。にも関わらず所領を持ち、貴族に列せられている。その忠節は深く、王家からの覚えもめでたい。実行はされなかったが、王家からの降嫁まで検討されたこともあったと言えば、どれほど評価されているか分かろう。民からの評判も良い。元より弾圧や迫害で移動を迫られら者達だ。罪なき民に苦しみを与えることなかれ。初代から受け継がれる家訓であるそうだ。大きな戦いがあれば一族から必ず誰かが戦場へと赴くということもまた、ふんぞりかえっているだけの貴族とは違い兵士からの受けも良い。忠義を尽くし、民を慮り、戦場と共にある一族。フェルディナントこそ貴族の鑑、とは百年前の王が言い放った言葉である。
さて、フェルディナント家がここまで評価されているわけだが、それを快く思わない者も無論存在する。かつての反乱よりも昔からこの国にいた古い貴族家の一部である。時の王家に擦り寄りながらも、形勢が不利と見るや王家を裏切り反乱軍に着く始末。のらりくらりと甘い汁を啜ってきた者達だった。彼らの既得権益を、ぽっと出の移民に脅かされたとなれば、その反発は当然起こり得るものだった。しかし、二百数十年も経とうというのに未だその逆恨みを維持しているというのは、呆れを通り越してもはや関心さえ覚える。決して褒めてはいないが。そんな彼等を取りまとめる筆頭貴族、それこそがローレンツ家であった。
「そのローレンツ家のご令嬢が家に使者などと、何かの間違いではないのか?」
「いいえ、確かにそう名乗られました。そして、使者殿が言うには、既にこの領都にレティシャ様は来られているとのこと」
「はぁ!?」
狼狽え、素っ頓狂な声を出すランデル殿を責めることはできまい。敵対勢力のお膝元に、護衛は勿論付いているだろうが、それでも娘を赴かせることなど通常考えられないことだ。
「どうしますか、あなた。急に訪ねてきた非礼はあちらにあります。追い返すという手もあると思いますが」
「それはそうだが、もしかすると追い返したことを理由に我々を非難してくるということもありえる」
「ですが、何かの罠かもしれません」
夫婦がああだこうだと言い合うが、それを止めたのはセシリーだった。
「ねえ、お父様、お母様、そのレティシャさんは、何をしに来られたのかしら?」
「セシリー、それが分からなくて私達も困っているのだ」
「いいえお父様、前提が間違っていると思うの。お父様、確かレティシャさんはローレンツ家の一人娘よね?」
「ああ、そうだな」
「よく考えてもみて?お父様がローレンツ家の当主だったと場合、大事な一人娘を敵対勢力の元へ送ることなんてするかしら。それが例え何かの罠だったとしてもよ?」
「……いや、私ならしないな」
「そうよね。何か企みがあったとしても、一人娘を使うなんて考えられないわ。だからね、私は思うの。これってローレンツ家がどうこうというより、レティシャさん個人の動きなんじゃないかしら」
「レティシャ嬢個人の?」
「ねえサイモン、使者さんをここに連れて来られる?お父様もお母様も、判断材料が少なくて困っているのでしょう?だったら詳しいお話を聞いてみればいいのよ、ね?」
そんな鶴の一声で、この場の話は纏まったのであった。
「ローレンツ家臣団所属、レティシャ様付きを任じられております、ロランと申します。この度は急に伺った非礼、フェルディナント家の方々には大変深くお詫び申し上げます」
連れられてきた使者はいかにも騎士然とした男だった。歳は四十前後か。丁度ランデル殿と同じ頃のように見て取れた。
「顔を上げなさいロラン殿。私達も戸惑いはしたが怒っているわけではない。そこまでしなくとも良い」
「はっ!ご寛恕痛み入ります!」
「して、レティシャ嬢からの使いと聞いておるが、一体どういう訳か詳しく聞かせてもらえないだろうか」
「無論です。しかしランデル様、そちらの方、稀代の魔法使いと名高きルクス殿とお見受けしますが、同席したままでよろしいのでしょうか」
「構わない。ルクス殿はもはや我らフェルディナント家の一員と言っても過言ではない。無用な心配だ」
「そうですか、失礼しました。ルクス殿、無礼仕った」
「いや、気にすることはないよ」
ロランの疑念は至極真っ当なものだった。内々の貴族家同士の話に、第三者、ましてや貴族でもない者が介在するなどということはあまり推奨されない。どこから情報が漏れるか分からないからだ。一般的な考えに基づき、礼を失すると自覚しながらも確認を取ったのは彼なりの誠意だ。私がそれに気分を害することはなかった。
「では、ことの発端は半月前。皆様もいらしておられた、東部貴族会での出来事です」
東部貴族会。その名の通り王国東部の貴族が集う会合である。東部地域の情報交換を行い、各貴族の領地に安寧をもたらす、などという名目で年に一度、三日に渡って開かれる大きなものである。どんな派閥に所属していようともこの会合を無視できる家はない。この会合に出席しないということは、情報戦に出遅れるということを意味するからだ。この会合は王命で開かれるものであり、ここで虚偽を述べれば王家への翻意ありと看做されることもある。必然、各家は重要な情報を隠すことはあれど、述べる情報の確度は高くなる。共有される情報は確かにその名目上役に立つものとなるのである。
そしてこの会合にはもう一つの側面があった。三日目の会合は昼に終わり、夜会が開かれるのである。全ての東部貴族が参加するこの夜会は、特に小さな貴族家にとって貴重な機会である。普段は歯牙にもかけられない上位貴族達に近づけるのだ。上位貴族の庇護を求め、ここぞとばかりに小貴族達は自分達を売り込む。そして上位貴族達もまた、自分達の利となる小貴族を見極め寄子とする者達を選ぶ。約定を結ぶ者もあれば、養子縁組や婚姻により結ばれる者もいる。そういった、貴族達の縁を結ぶ場としての機能もあるのだった。
「ローレンツ家はフェルディナント家と敵対関係にあります。これは皆様も良くご存知のことです」
「まあ、当事者であるからな」
「しかしながらローレンツ家の敵はなにも皆様方だけではございません。伝統貴族の統領という立場上、古より多くの敵を作ってきました」
伝統貴族とは、要するに古くからの歴史ある貴族のことである。
「その禍根が、東部貴族会でレティシャ様に牙を剥くこととなったのです」
「まさか、レティシャ嬢が狙われたと?」
「その通りでございます。いくつかの貴族家が連携を取り、レティシャ様を攫うための画策をしていたようです」
「はんっ!つまりお前らが俺達にやったことが、そのまま返って来たってだけの話だろ。ざまあねえぜ!」
「エドワード、控えなさい」
「でもよ、親父!」
「ランデル様、よいのです。ご子息様にはそう言う資格がおありだ。三年前の経緯は私も聞き及ぶところです。そしてそれから幾度となく、我らの勢力からの刺客が送られていることも。言い逃れのしようもございません」
「ほら、自分でこう言ってるぜ!こそこそと刺客なんて使って、自分達の性悪さを自覚してんだ!」
「いい加減にしろ!」
大声にエドワードは面食らう。ランデル殿がここまで声を荒げることなどそうはない。ましてやそれがエドワードに向けられることもだ。
「ここで彼を責めてどうなる!彼は確かにローレンツ家に仕えるものだが、私達に刺客を送ってきた者ではない!その責めを負うべき者は他にいる!違うか!」
「っ……」
「それともお前はローレンツ家に仕えるもの、そして与するもの全てを悪だと断じるつもりか?よもやただの使用人ですらも憎むべき敵か?馬鹿も休み休み言え。いいかエドワード、お前の怒りは良く分かる。いやむしろ、お前以上に私やシャーロットの方が怒っている。大切な我が子達を狙われたのだからな。それでも、越えてはいけない分別というものがある。今ここで彼を責めなじることを、お前の中の正義はよしとするのか、よく考えなさい」
「…………」
叱られたエドワードは考え込んでしまった。無意識にか、その手は腰に差した短剣の鞘を撫で付けていた。




