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長者の旅路、果ての思い 〜旅に出よう。どこかの誰かと出会うために〜  作者: 一般通過純愛スキー
エドワードの春

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3-3 夜会

「ロラン殿、続きを頼む」


 沈黙に包まれた部屋の中、切り出したのはこの屋敷の主であった。

 

「ええ。ともかく、レティシャお嬢様は夜会の途中に攫われてしまったのです。様々な人間が出入りする夜会に紛れた刺客によって。レティシャ様のお姿が見えなくなり、私達は、そしてローレンツ家当主であるアダム様は相当に焦りましたとも。大事な一人娘が攫われてしまったのですから当然です。しかし、行方知れずになってから二時間ほどでしょうか、レティシャ様はひょっこりと戻って来られたのです。何の傷もなく」

「おお、無事であったのか。それは良かった」

「本当に。そして何があったか、レティシャ様の口から語られたのです。手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされ、抵抗もできず攫われていたところを救っていただいた方がいると」

「ん?」


 ふと、エドワードが声を漏らした。


「その方は、魔法を自在に操る年若い剣士だったと、レティシャ様は仰られました」

「魔法を自在に操る」

「年若い」

「剣士」


 順にランデル殿、シャーロット殿、セシリーが声に出しながらエドワードを見る。


「あー……えーっと……いやぁ……」


 そこには、見るからに挙動不審で、汗をかいて焦る男の姿があった。

 

「心当たりが、あるんだなエドワード」

「あるようなぁ、ないようなぁ……」

「そういえばお兄様、気疲れしたと言ってしばらく抜け出していた時間がありましたわね。お父様達には内緒だって言って」

「セ、セシリーさーん?内緒だって言ったよなー?」

「エドワード」

「はいっ」

「話しなさい」

「うす……」


 


「ったくよ、なーんで貴族ってのはこうも茶会だの夜会だのと、そんなのが好きなのかねぇ」


 うんざりとしながら独りごちた。貴族の付き合いというのは、エドワードにとって馴染まないものだった。父ランデルはエドワードにとっての憧れである。家と民を背負い、剣を振るう姿は幼き頃の目にはとても格好の良いものに見えた。その父の姿と、七面倒な付き合いがどうにも頭の中で繋がらなかったのである。


「てかあんな大勢の女に囲まれて落ち着いてなんていられるか」


 加えてエドワードは非常に奥手であった。女性と手を繋いだこともなければ、そもそも親しくしたことすらない。どうにも気恥ずかしさが勝って女性から逃げてしまうのだ。昔から妹によくそこをからかわれてもいた。


「さっさと帰って、剣と魔法の修行でもしてえなぁ」


 彼の魔法の腕は妹に少し劣るものであった。才能自体にそれほどの差はないが、魔力量の違いでセシリーが一歩先を行く、とは彼らの師ルクス談である。妹の能力が高いことは勿論喜ばしいことではあったが、兄としてやや悔しさがあるのも事実。そして元より武門たるフェルディナント家の人間として剣の才を受け継いだ者である。それ故剣と魔法を組み合わせる道を選ぶことは必然だったのであろう。どちらか一方を選ばなければいけないという決まりもない。その方針をルクスに伝えると、彼はエドワードを尊重し、妹とは全く異なる訓練を考案し、課した。


「まったく、頭が上がんねえよな」


 改めてルクスという男の存在がいかに大きいものかを理解する。


「いっそ婚約だの嫁だのもルクスに聞いてみるか……いや、そういやアイツもあんまり女っ気ないよな。案外初心かも知れねえな」


 いつもやり込められている悔しさから、細やかな復讐心が芽生えていた。


「うん?」


 ふと立ち止まる。遠くから聞こえる夜会の喧騒を他所に、庭園は静かなものだ。ルクスは常々兄妹にこう言っていた。魔法使いは、世界の命を扱う者。故に、常に世界を感じることを意識しろと。そして父から教わった常在戦場の心構え。これらがエドワードに小さな違和感を覚えさせたのである。


「声?にしてはくぐもった音だな。それに、掻き分けるような音」


 音の聞こえる方向に足を向ける。この時点であまり良い予感はしていなかった。まるで風のように移動したエドワードの目に映ったのは、怪しい人影達であった。人目が少ない庭園で、生垣を隠れ蓑に進む姿はいかにもである。その上手足の縛られた人間を担いでいるとなれば尚更だ。


「おいおい、マジかよ」


 どうするかと、逡巡したのは一瞬のことである。バレたら親父に怒られるなー、などと呑気なことを考えながら、武門故に帯びることを許されていた式典用の刃潰しされた剣を抜き放ち、人影達へと襲いかかった。


「なんだ!」


 一歩踏み込み、二歩目には加速しきったエドワードの剣が、瞬く間に二人を昏倒させる。縛られた人間を担いでいた者と、その最も近くにいた者だった。手早く縛られた人を担ぎ上げて、大きく距離を取る。ここに至ってようやく下手人達は襲撃に気付く。


「よう、お前さん方。悪いことは言わねえ、この人のことは諦めて家に帰るんだな」


 無論人を攫おうなどという連中がそれで諦める訳もない。不意打ちこそくらったが、多勢に無勢だと彼らはエドワードへと襲いかかる。


「まっ、そうだよな」


 予想はしていたのか、些かの逡巡もなくエドワードは魔法を放った。風の魔法は下手人達の足を絡め取り、石の魔法が放たれた暗具から彼らを守る。どうにかそれを掻い潜った者も、剣に打ち倒された。この間僅か十数秒のことであった。


「この通り、俺ってばそれなりに強い訳なんだが、まだやるか?今なら見逃してやる。そこに転がってる連中も拾ってさっさと退け」


 まるでかつて自分を救ってくれた師のようだと思いながら言い放った。実際エドワードの判断はそう間違ったものではない。守らなければならない人間がいる以上、危険はできるだけ避けるべきであった。自分の腕を過信するのは危険だと、彼は知っていたのである。やがて下手人達は去り、庭園には平穏が戻ってきた。


「俺も少しはアイツに近づけてるかな」


 上々の結果に満足しながら振り返る。落ち着いて見てみると縛られていたのは女性のようだった。猿ぐつわを外し、手足の縄を切って解放する。


「あのっ」

「なあ、俺のことは内緒だぜ」


 こんな時でも女性への苦手意識を発揮し、そう言い残し足早に立ち去った。後に残されたのは呆然とする女性一人のみ出会った。




「ということが、ありまして……」

「お嬢様の仰られたことと一致します。エドワード様が助けられたのはレティシャ様で間違いないでしょう」


 語られた話に本人とロランを除いた一同は唖然とする。


「エドワード、どうして私に報告しなかった」

「だって親父怒るだろ。危険なことをするなってさ。でもあの場で見捨てるなんてこと俺には出来なかった。それに誘拐騒ぎがあったなんてことになれば、あの夜会を取り仕切った貴族と、主催たる王家の面子が丸潰れじゃねえか。だから黙ってる方がいいと思ったんだよ」

「むうっ」


 エドワードの語る最もらしい言葉にランデル殿が唸った。エドワードの言うことは正しい一面があったからだ。


「ローレンツ家もそう判断し、公言することを控えました。勿論それはレティシャ様が無事に戻られたからこそですが。あの日のエドワード様の行動がなければ、今頃東部は大きく揺れ動いていたことでしょう。それはきっと国全体に波及していたかもしれません」


 知らぬ内にエドワードが国の危機を防いでいたのかもしれなかった。


「分かった、この件でお前を責めることはもうすまい」

「っぶねー」


 最も本人にそんな自覚はないようだったが。


「フェルディナントに稀代の魔法使いあり。フェルディナントにその教えを受ける兄妹あり。お嬢様から話を伺った私はすぐにその剣士が、エドワード・フェルディナント様だと思い至り、アダム様とレティシャ様にお伝えしました」

「つまり此度の訪問はローレンツ家からエドワードに対する謝意を表するものだと?」

「いえ、それは少し違います。お嬢様自身はそうしたかったようなのですが、フェルディナント家とローレンツ家の関係性がある中、公表していない誘拐騒ぎの礼など出来るはずもありません。アダム様はお止めになられました」

「では、一体なぜ?」

「止められてなお、お嬢様はエドワード様にお会いすることを望まれたのです。此度の件、アダム様は関与しておられません。全てレティシャ様の独断であります」

「なるほど」


 全てを信用できるかは分からないが、少なくともこのロランという騎士が嘘を吐いているようには感じられなかった。


「ロラン殿、話は分かった。しかしあなたはそれで良いのか。ローレンツ家に使えるあなたが、主人に断りなくこのようなことに手を貸すというのは危うく思えるが」


 ランデル殿も恐らく私と同じだろう。だからこその彼を案じる言葉だ。


「ええ、ええ、まったくその通りであります。しかしこれ以上、レティシャ様の辛そうなお姿を見るのは耐えられないのです。生まれた頃より見守ることはや十六年。近頃のレティシャ様といえば、食事も喉を通らず、日がな一日黄昏れてはため息を吐くばかり。あのような姿は見たことがありません。どうかお願いですエドワード様。一目でも構いません、レティシャ様と会ってはいただけないでしょうか」

「お、俺が決めんのか!?家同士の問題もあんだから、こういうのは親父がだな……」


 体のいい言い訳で逃げたな。


「ふむ、ロラン殿、この件を知っているものはどれくらいいる」

「張本人あるレティシャ様、お付きである私を含めた騎士、メイドの四名、そしてきっとアダム様もご存知でしょう」

「あなた方がここに来るまでに妨害のようなものは受けたか?あるいはローレンツ家からの使いが来たといったことは?」

「いえ、何事もなく順調な道中でありました」

「そうか……」


 どうやらアダム・ローレンツという男は頭の回る抜け目のない男のように思われる。そんな奴が一人娘の動向を把握していないとは考えられない。そして止めようと思えば手段などいくらでもあっただろう。ならば、分かっていながら放置した、ということか。不干渉を決め込んだ、あるいはこの場合黙認したとも取れる。


「そうだな、エドワード、お前が決めなさい」

「親父までかよ!」

「フェルディナント家当主として、此度の訪問は受け入れよう。しかしレティシャ嬢が望んでいるのはお前と会うことだ。そしてそれは当人たるお前が決めること。レティシャ・ローレンツという個人が、エドワード・フェルディナント個人に会いたいと、そう言っているのだ。私の命令で決めるのでは意味がない。お前が決めなさい」

「ぬおー……」


 頭を抱えるエドワードであった。まあこれも、良い経験だろう。男を見せろよエドワード。


「ねえねえ、ルクス」


 こそこそと囁いてくる小娘一人。

 

「うん、どうした?」

「これはひょっとして、ひょっとするんじゃないかしら」

「お前もそう思うか?」

「ええ、お兄様にも春が来たのかもしれないわ!」

「そうだな、面白くなってきた」


 エドワードには悪いが、ここは外野として楽しませてもらうこととしよう。

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