3-4 春
あれから結局、不承不承ながらもエドワードはレティシャ・ローレンツとの面会を承諾した。しかし非公式ながらも高位貴族を招く準備などすぐには出来ない。少し時を空けることをロランに伝え、滞在している宿を聞き、準備が整い次第使いを出して知らせることを約束した。
ここで張り切ったのはセシリーである。浮いた話のなかった兄にようやく訪れた春だと、本人そっちのけで意気込み、あれやこれやと両親や使用人に働きかけ、たった三日でレティシャ嬢を迎える準備は整えてしまった。もっともそれは、準備期間に女性と、それも明確に自分を目当てにした相手への対応をじっくりと考えたかったエドワードにとって誤算であった。
「セシリー、勘弁してくれよ……」
その様の情けなさといえば、ついぞ私にまで助言を求めてくる始末。無論人間同士の色恋沙汰における機微など私には分からぬものだ。自分でどうにかしろと突き放した時の顔は、まるで崖から手が離れたような表情。傑作であった。そしてその情けない男は、間もなく相手が来ようという段になっても変わらぬままであった。
「うー……あー……」
ソワソワと落ち着きのない姿は、大真面目な本人には悪いが、傍から見ると笑えるものだ。
「エドワード、落ち着きなさい」
見かねた父が声をかける。
「でもよぉ」
「いつまで無様を晒すつもりだ。ここまで来て臆して何になる。会うと決めたならば、きちんとやりなさい。その態度は、お前に会うためにここまで来た相手への失礼にあたる。女性が苦手だというのはよく知っている。ならば相手の性別など考えずに、一個人として相対しなさい」
「おすっ」
父の言葉に落ち着いたのか、普段の姿に少し近づいた。
「失礼します。レティシャ・ローレンツ様をお連れしました」
サイモンが言い、廊下から使用人に案内され少女とロランが現れた。部屋に足を踏み入れた彼女は、恭しくカーテシーを行い口を開いた。
「お初にお目にかかります。レティシャ・ローレンツと申します。この度は急な申し入れにも関わらず受け入れて頂きましたこと、大変ありがたく存じます」
歳は十六だという話だが、所作だけを見れば一端の貴族。エドワードなど足元にも及ばないほどの風格があった。
「よくぞ参られた、レティシャ・ローレンツ。まずは掛けられるとよい」
「はい、失礼致します」
使用人が引いた椅子に腰掛ける様にすら気品があるとなればこれは見事なものである。反して、この少女が目当てにしてきた男はどうかと目をやれば、ぽかんと間抜け面を晒しているではないか。見入っておるなこいつ。
「レティシャ嬢、とお呼びしても?」
「ええ、構いません」
「ではレティシャ嬢、私がフェルディナント家当主、ランデル・フェルディナントである」
まずはこの場の最上位者であるランデル殿が名乗る。次いで家族。
「ランデルの妻、シャーロットです。お会いできて嬉しいわ」
その言葉はきっと本心であろう。立場こそ難しいものだが、息子にとって良縁となるかもしれない相手だ。シャーロット殿もまたセシリーと同じ期待感を持っているに違いなかった。
「エドワードだ」
短く挨拶にもなっていなかったが、先ほどまでの姿を考えれば随分マシだった。
「セシリアですわ。歳も近いですから、仲良くしていただけると嬉しいわ」
兄とは一転して愛想のいい妹である。社交辞令のように見せかけつつ、さりげなく距離を詰める。女性というのはこうも強かなのかと思わず感心してしまった。
「さあ、堅苦しい挨拶はここまでにしよう。ささやかながら茶と菓子を用意してある。存分に語らい、目的を果たせれよ」
「ありがとうございます、ランデル様」
そう宣言し、ランデルが茶を飲み、菓子に手をつけた。歓談の始まり、その合図であった。
「まずは、皆様が聞き及んでおられる通り、私は先日の東部貴族会で囚われの憂き目に合うこととなりました。しかしそこを、エドワード様にお救い頂きました。あの時はお礼も言えず仕舞いで、申し訳ございません」
「いや、それはアンタのせいじゃない。俺の方こそ、せめて人の多いところまで送っていくべきだった、すまん」
「まあ、なぜエドワード様が謝るのですか。私はあなたに救われた身。感謝こそすれど責めることなどありません。あなたが負い目に感じることなど、何一つございませんわ」
「そ、そうか」
「ええ。エドワード様、あの時あなたの勇気ある行動がなければ、今頃私はどうなっていたことか想像もつきません。本当に、本当にありがとう」
真摯に礼を述べる姿は、確かに彼女はこのために来たのだろうと感じさせた。
「レティシャ様、ようございましたね」
護衛として控える騎士の呟きは、きっと近くにいた私にしか聞こえていなかっただろう。
それから和やかに歓談は進む。話すのは主にエドワード、セシリー、レティシャの嬢三人。子供達の語らいの邪魔をすまいと、大人二人は話を振られた時だけ会話するに留めていた。
「ねえレティシャさん、その時お兄様がその時なんて言ったと思う?」
「想像もつきませんね、セシリアさん」
「おいセシリー、頼むからあんま恥ずかしい話はやめてくれよ。レティシャもあんま笑うなよなぁ」
小一時間ほどしか経っていないというのに、随分と打ち解けたようだ。話題は主にエドワードに関するもの。女二人に男一人となれば会話の主導権は彼女達のものだ。聞きたがるレティシャ嬢と、話したがるセシリー。哀れエドワードには抵抗すら許されなかった。それにしてもエドワードはもう少し取り乱すと思ったのだが、父に言われたことと、間にセシリーを挟んでいたおかげか、それなりに会話が出来ていた。
こうして見ているとまるでセシリーを仲人とした見合いのようだな、などと思ったのは私だけではないようだ。ランデル殿、シャーロット殿、ロラン、みな可愛げなものを見るような目をしていた。私も同じような目をしていただろう。
「そろそろですわね」
ふとレティシャ嬢が呟いた。確かに頃合いであろう。初対面の貴族家に、私的な用事で長居するというのはあまり褒められたものではない。例え家長が認めていたとしても、それは礼儀として通さなければならない筋だった。この訪問自体も、些か急でありはしたが、事前にロランを使者として立てたものだ。その辺りの感覚は、最初の印象通り長けているということだろう。
「皆様、本日はありがとうございました。お会いできて、本当に嬉しかったです」
「あら、もう帰ってしまわれるの?遠慮なんてしなくていいのに」
「いいえ、これ以上は、ね」
「そうですね、お嬢様」
このレティシャ嬢とロランのやり取りから察するに、これ以上滞在している余裕はないという事情もあったのだろう。それが予定的なものか、立場的なものかは分からんが。
「既に馬車を表に待たせております」
「そう、ありがとうロラン」
この辺り、息が合っている主従である。十六年は伊達ではないのだろう。
「ではせめて、屋敷の前まで見送ろう」
ランデル殿の声に揃って席を立ち動き出す。自分から切り出したが、レティシャ嬢は名残惜しげで合った。そして意外なことに、それはエドワードもだったように見受けられた。
「本日は、本当に楽しかったです。ありがとうございました。フェルディナント家の皆様に幸あれ」
そう言ってレティシャ嬢は馬車に乗り込もうとする。
「あっ、ちょっ、ちょっと待った!」
「エドワード様?」
上擦った声で呼び止めたのはエドワードである。まさか、ここで男を見せるのか!?
「あのさ、俺達も、俺もさ、楽しかったよ、うん」
「まあ」
「だからさ、その……」
「はい」
「また来い、な!」
よくぞ言ったと、心の中でかつてないほどまでにエドワードを賞賛した。
「また来ても、よろしいのですか?」
ランデル殿を見やり、エドワードに問いかける。彼女も勿論分かっているのだ。フェルディナント家とローレンツ家の関係を。その上でもいいのかと、問いかけている。
「おや……いや、そうだな」
思わず口をついて出かけた言葉をぐっと飲み込んだ。ランデル殿は優しく見守っている。
「また来い!」
「っ、はい!」
エドワード・フェルディナント、十九歳。春の訪れであった。




