2-4 依頼
「ルクス殿、私達の子供らに魔法の才があるというのは本当なのだろうか」
「ええ、にわかには信じがたいですね」
夜、兄妹も家人もみな寝静まった頃。執務室に私とランデル殿、シャーロット殿の三人で集まっていた。話題は勿論兄妹が魔道具を扱えた話だ。彼らが疑問を呈するのも無理はないだろう。それほどに人間の魔法使いというのは希少な存在なのだ。
「私もまた魔の道を探究する者。その誇りにかけて嘘は言いますまい。エドワード、ならびにセシリア、両名には間違いなく魔法使いとしての才、それもとびきり上等な才がありましょう。本来、才がある人間でも魔力の掌握や操作にはそれなりの時を要するもの。自身の身体と力、そして世界との対話の先にようやく魔力というものを感じ取れる。個人差はありますがおよそ半年から二年でしょうか。それをものの数秒でこなしてしまうなど、通常ではありえないこと」
「そうですか、あの子達がそれほど」
「戸惑いはしますが、喜ばしいことなのでしょうね。魔法使いになれば将来も安泰ですし、貴族としての箔もつくでしょう」
「それは間違いありますまい奥方様。正しく育てば必ず一廉の人物になるでしょう」
フェルディナント家が属する国には、現状魔法使いは百人といないであろう。それも貴族となればかなりの発言力を有する存在になれるだろう。
「では、ルクス殿があの子達に魔法の指導をしてくださるのだろうか」
「いえ、私は元々御息女の治療師として厄介になっている身。あの子の身体が治り次第また旅に戻るつもりですよ」
「まあ、そうなんですの。それは寂しいことです。あの子達の恩人ですもの、もっと長いこと滞在していただいても構わないのですよ?」
「妻の言うとおりです。それにエドワードもセシリアもあなたに懐いている様子。あなたに教えていただければ喜ぶでしょう」
「いや、しかしですね」
「以前より家族で話していたのですよ。あなたは人となりも良く、信頼のおける方だ。腕も立ち、知識も豊富、その上希少な魔法使い。セシリアの治療が終わった後も、あの子達を守っていただけるよう頼んでみてはとね。今の私達には敵が多く、もしものことがあっては……いえ、もう実際にそのもしもは起こってしまいました」
「そうですね……」
「勿論無償でとは言いません。護衛としての仕事と師としての仕事、どちらもきっちりお支払いさせていただきます。恐らく今後あなたほどの人物と出会えることなどないでしょう。是非とも我らフェルディナント家に力を貸していただけないだろうか」
頭を下げて頼まれる。貴族が目上でもない者に頭を下げるなどと、普通はないことだ。
「そのようなこと、おやめくださいランデル殿。私のことを買ってくれているのは大変ありがたく思います。しかし個人的な事情で中々はいと言い辛いのです。申し訳ない」
「そうか、いや、こちらこそ申し訳ない。ルクス殿にも事情がおありだろうから、無理強いをしたわけではないのです。ただ、もしも少しでもあの子達のことを気に入ってくださっているなら、考えるだけでもしてはいただけないだろうか」
「私からもお願いいたします。私達みな、あなたにここにいて欲しいのです」
「分かりました。良い返事ができるか保証はできませんが、少し考えてみます」
私に一つの悩みをもたらした夜の会合だった。
翌日、私は屋敷の二階から中庭を眺めていた。フェルディナントは武門の家だそうだ。彼らの先祖は北方の部族であったが、他の部族に追われ、半ば傭兵のような稼業で日銭を稼ぎながら南下。当時この国では、王家の弾圧や重税に苦しむ民や諸侯による反乱の真っ最中であった。そこに居合わせたフェルディナントの先祖もまた、自らの経験から反乱軍に意気投合。傭兵とは思えないほどの忠節と多大なる武勲をもって反乱軍に貢献し、政変後に貴族位と所領を持つに至った。
そのような歴史を持つ家だからか、この屋敷の中庭はいわゆる貴族家の庭園ではなく、当主家や家人、私兵の訓練場としての役割を持つ邪魔な物のない広場の様相を呈していた。
「ふっ!ふっ!ふっ!」
その広場で、兵士の訓練に混ざっているエドワード。気炎猛々しく、周りの兵士や教官すらも圧倒するような気迫で一心に剣を振っている。
「エドワード様、あまり無理をされなさるな。これでは体力がもちますまい」
見かねた教官が注意してエドワードが手を止める。
「いいや、多少の無理はせねばならん。俺はフェルディナントを継ぐ身。弱いままでは、お前達にも示しがつかない」
「弱いなどと何をおっしゃりますか。あなたに勝てる兵などそうはおりません。指導をしている私とて勝てるか怪しいほどです。あなたは十分にお強い」
「いいやまだだ、こんなものでは足りん!こんな、この程度では!俺は妹を命の危機に晒したのだぞ!」
「それは、多勢に無勢というものでしょう。複数人に取り囲まれながら人を守るなど、あまりにも難しいことです」
「それでもだ!それでも、俺がもっと強ければ守れたかもしれない。ルクスがいなければ、セシリーはきっと死んでいた。あんな悔しい思いをするのはたくさんだ!」
風の魔法で運ばれたエドワードの声は悲痛であった。
「ルクス……」
こちらはこちらで沈んだ声をかけてくる始末。
「セシリー、どうしたのかね」
「お兄様、辛そうでしょう?私達の前では明るく振る舞っているけれど、本当はああして悩んで自分を追い込んでる」
「家族を目の前で失いかけたんだ。無理もない」
「昨日、本当に嬉しそうだったわ。あんなに無邪気に笑うお兄様を見たのは久しぶり。昔はね、いつもそうだったのよ。身体が弱くて塞ぎがちだった私のために、一人で森に出かけて珍しいお花を摘んで来てくれたり、屋敷で馬鹿をして大騒ぎしたり。それでね、お父様が怒るの。危ないことをして、もしも何かがあったらどうするんだーって。そうやって怒られるお兄様を心配して覗いてたらね、目が合って、そしたらお兄様ったらイタズラっぽく笑うのよ」
「良い兄なのだな」
「ええ、自慢の兄よ!まあ、最近は少し抑えて欲しいと思うことはあるけれどね。でもいつからか、お兄様は私の前以外で笑うことが少なくなっていった。後継としての重責、敵対勢力に狙われているという状況、大人に近づくにつれて気づいた理想と現実の乖離。お兄様はね、誰もが笑って誰もが幸せな、そんな世界がいいだなんて絵空事を本気で語れるような能天気さんなの。そういう、優しい人なの」
「ああ、そうだろうな。たかだか半月の付き合いでも分かる。あいつは根っからのいいやつなんだろう」
妹へのさりげない気遣いや、他者との接し方の節々にそれは現れている。粗野な言動は恐らく本人も無意識に行っている、押し込められた幼性の発露なのだろう。
「お父様とお母様から聞いたわ。ルクスは、私が治ったら出ていくつもりだって。ねえ、お願い!もっとここにいて!私達に魔法を教えて!お兄様を、助けてあげて!」
私にしがみつきそう訴える目は、ああなるほど、確かに二人は兄妹なのだと思わせた。妹の命を救ってくれと頼む兄と、よく似た目をしていた。
「やれやれ、私は旅人で、便利屋ではないというのに」
よく手入れされた髪を撫でてやりながら、あっさりと絆される自分が悔しくて、悪態が口をついて出る。
「そんなこと言わないで。確かに私達はあなたの力を頼りにしてるけれど、それだけじゃないわ。お兄様も、お父様も、お母様も、勿論私も、あなただから頼むの。たかだか半月の付き合いでも、みんなあなたのことが大好きになったのよ」
「まったく、達者な口だ」
悩んでいた、というのはきっと誤魔化しだったのだろう。嫌ならばはっきりとあの場で断ればよかっただけだ。そうしなかったということは、まあ、そういうことだったのだ。
「セシリー、私にはね、お前達に隠している秘密がある」
悠久を生きるエルダーであるということ。それは依然として私の心に重くのしかかる現実であった。数年も経てば、まったく姿の変わらぬ私に疑念を持つだろう。親しくなれば、別れが辛くなるだろう。父との別れさえ受け入れるのには時間を要し、私が残っていなかった世界に心折れかけてもいた。けれど、この兄妹を見守ってやりたいと、今はそう思うのだ。
「それを話すかも、話さぬかも分からない。そしてそれが私をお前達のもとから離れさせるかもしれない」
「あら、少しの秘密は人を魅力的にするものよ。ただでさえ素敵なあなたが、もっと素敵になってしまうわ」
冗談めかして返される言葉に、少し救われる自分がいた。
「あなたが話したくないならそれで……いえ、やっぱり悔しいわ!そうね、きっと話させてみせる。打ち明けてもいいと思えるくらい、あなたに私達を信じさせてみせる。離れようといっても、そうはいかないんだから!」
「そうか、そこまで言うならやってみせてもらおうか。この仕事、引き受けてやる」
花開いたような笑顔は、とてもとても眩しいものだった。




