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長者の旅路、果ての思い 〜旅に出よう。どこかの誰かと出会うために〜  作者: 一般通過純愛スキー
出会い フェルディナント家

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2-2 光

「毒とはつまり、本来人の中にないものが入り込み、人の身体に誤作動を起こさせるものだ」


 野営地に娘を横たえさせ、羽織っていた外套をかける。


「だから、その毒を無効化することが大事なわけだ。弱い毒は通常の人ならばそう問題はない。そもそも人の身体には無毒化する機能があるからだ。まあそれも毒の種類によって必ずそうなるとも言えんのだが、今はいいだろう。まずいな、身体が冷え切っている。おい、薪をくべて火を強くしておけ」

「分かった」

 

 指示を出し、腰の鞘から短剣を抜く。


「だが強い毒はそうもいかん。無毒化される前に身体が壊れてしまう。だから何らかの方法で解毒してやらねばならない」


 言いながら短剣を指に当て引く。ぷつりと血が滲み出た。一滴の血をすかさず操り、感覚を確かめる。


「何をしているんだ」

「言っただろう、胡乱げに見える手段だと。今から私の血を飲ませる。私の血とはつまり、私の魔力に満ちているものだ。体内でその魔力を操作し毒を無効化する」

「魔法使いにはそんなことができるのか!」

「誰でも、というわけにいかんがな。これには魔法ではなく、魔力そのものへの理解と、高い操作技術が要求される。通常の人間の魔法使いではまず無理であろうし、エルフが一生をかけて研鑽を積めばようやく、といったところだろう。さて、無駄口はここまでだ。ここからは集中力の問題だ。お前に構っている余裕はなくなる」

「何か手伝うことはあるか!」

「ない、が、まあそうだな。手を握って、無事を祈っておいてやれ」

「そんなことが、何か役に立つのか?」

「私にできるのはあくまで毒の無効化だ。弱ったこの娘がそこから回復できるかは生命力と生きる意志にかかっている。そういう場合にはな、時に思いが奇跡を起こすことだってあるのだよ。さあ、始めるぞ」


 娘の口を開かせ、操った血を飲ませる。飲むという行為はつまり、摂取したものを身体に行き渡らせるということだ。魔力は一瞬で娘の身体に浸透し、私の意のままに体内で行動を開始する。

 人体にとっての異物は排斥対象だ。私の魔力に対する反応を掌握、利用し、同様の反応を示されている毒を探知する。既に全身に散っていた毒を捕捉し、魔力と結合させる。毒を魔力で覆い人体への影響力をなくすのだ。極限の集中力を注ぎ込む。もっと早く、全ての毒を探し出せ。この娘の命は私にかかっている。


 そして空が白みだした頃、ようやく治療は終わった。


「無毒化は終わった。目覚めるかは、本人次第だ」

「そうかっ!」

 

 男に声をかける。刺客に追われた疲労もあるだろうに、一晩中寝ずに祈り続けていた精神力は驚嘆に値する。


「セシリー、目を覚ましてくれ!頼む!」


 セシリーとは娘の名だろう。無毒化が完了した今、目覚めなければそれは死を意味する。


「頼む!頼むよセシリー!そうだ、目を覚ましたら観劇に連れて行ってやろう!最近話題になってた何とかって劇団、お前見たがってただろ!もうすぐ俺達の街にも来るって噂を聞いたぞ!いやあ楽しみだな!」


 痛々しいほどに明るい声色で話し続ける。家族を思う気持ちが、胸を打つ。


「そのままだ、そのまま語りかけ続けろ」

「っ……それからな、実はこの前お忍びで街に出かけた時めちゃくち上手い屋台を見つけたんだ!」


 娘の身体に残る微かな魔力の残滓を伝い、深く命を同調させた。




 闇の中、少女が一人。


「ここは、そっか、私死んじゃったんだ」


 本能が理解する。この闇は死だと。生物が抗うことの出来ない絶対的なもの。


「結構、あっけないんだなぁ」


 刺客の振るったナイフが肌を切り裂く感覚。たったそれだけで終わりが訪れる。命は儚いものだった。


「お兄様は無事かなぁ」


 生まれた時から近くにあった温もりを思い出す。自分のように死んではいないかと、せめて兄だけでも無事であってほしいと。何も見えず、聞こえず、触れられず、果てのない闇の中で、一人思う。


「寂しいよ、お兄様……」


 唐突に訪れた死の孤独は、少女の心が受け止めるにはあまりにも暗いものだった。


「やだよ、やだ、死にたくないよ……」


 押しつぶされそうな恐怖に涙が流れる。誰が聞き届けてくれるわけでもないというのに。


「やれやれ、それならさっさと目を覚まさんかたわけが」


 何もないはずの世界に響く優しい声。涙を拭う大きな手。驚き顔をあげると、闇を照らす一条の光。そう、光だ。世界を照らす太陽のような、夜を包み込む月のような、旅人を導く星のような、優しい光。


「あなたは、誰?」

「私が誰かなどと、そんな瑣末なことはどうでもいいだろう。今お前がすべきことはもっと違うことのはずだ」

「すべきことなんて、そんなのない。だって私死んじゃったんだよ?」


 死んだ人間に出来ることなど何もないというのに。


「まったく、諦めるのが早くないか?確かに生きる上で潔さは時に大切だが、もっと生にしがみついてもよかろうに。なあお前、いくつだ?」

「少し前に、12になったわ」

「何かやってみたいことはなかったのか?」

「やってみたいこと?」


 そんなこと言われるまでもなかったのだろう。普通に生きる少女にやりたいことがない、なんてことはない。


「そんなの、そんなのっ、いっぱいある!ヘンリエッタ歌劇団も見に行きたかったし、マーガレット詩集も読みたかった!王都で話題の新しいお菓子も食べてみたかった!お兄様のお嫁さんも見つけないといけない!だってお兄様ったらずっと私にべったりなんですもの!私に優しくしてくれるのは嬉しいけど、自分の幸せだって考えてもらわないと困っちゃうわ!だからお兄様に相応しいお嫁さんを見つけて、結婚してもらって、子供ができて、その子を私が抱いて、それで、私もいつか結婚して……」


 こぼれ出てくるのは普通の願い。平和に生きていればきっと叶ったであろうものばかり。


「楽しくて、幸せな、いい夢だ」

「でも、もう叶わない」


 絶望は誰にも平等だ。けれど、だからと言って希望を捨てるにはまだ早い。


「よく耳を澄ましてみろ」

「えっ?」


 ―……リー!………っ!―


「お兄様?」


 ―王都の焼き菓子!親父に頼んでみよう!セシリーが本気で頼めばきっと嫌とは言わないぞ!もし渋るようなら、そうだ、母さんも味方につければいい!母さんも気になってるって言ってたからな!―


「聞こえるか?」

「うん、お兄様の声。いつも優しいお兄様の声だ」

「そうだ、まだ聞こえる、まだ繋がっている。だから、絶望するな。大切なのは意志だ」

「意志……?」

「生きる意志、諦めない意志、夢を叶える意志、なんでもいい。ただ前へ進む意志が、お前の背中を押してくれる」


 少しずつ、光が大きくなる。やがて目を開けることすら出来ないほどに眩い光が闇を払う。


「いい子だ。そのまま行け。まっすぐ、振り返らずに」

「うんっ!」


 そして世界は白に染まった。



 

「うん……」

「セシリー!?目が覚めたのか!」

「お兄様……?」

「ああ、ここにいるぞ!」

「ねえお兄様、お願いが、あるの……」

「どうした、なんだって言ってみろ!」

「お菓子、お腹いっぱい、食べたいな」


 先程まで生死の境を彷徨っていた者の口から出るには、あまりにも日常的な願いだった。それは、日常の象徴。


「ああ、ああっ、そうだな!一緒に、一緒に食べよう!」


 破顔し、涙を流して妹を抱きしめる。


「わっ、お兄様、苦しい」

「うるさい、心配させた罰だ!」


 夜は明けた。鬱々とした旅をしていた私にとって、久しぶりに胸がすくような思いだった。


「さて、飯でも作るか」


 朝を食わねば力は出ないし、体力の落ちた娘にも食わせて回復させねばならんと、立ち上がったところで視線を感じた。


「ねえ、素敵なあなた」

「素敵かどうかは分からないが、私のことかな」

「ええ、素敵なあなたのことよ」


 どうやらこの娘は口達者なようであった。


「ありがとう。私が生きてるのはきっと、あなたのおかげ」

「そうだ!本当にお前の、あなたのおかげだ!刺客からも救われ、妹を死の淵からも救っていただいた!なんと礼を言えばいいのか俺には分からない!」

「やめろやめろ、そういうのは性に合わん。別に礼を求めてやったわけじゃない。見捨てるのが忍びなかった、それだけの話だ」


 畏まって礼など言われると照れくさい。そういう年頃だった。


「ふふっ、あなた、照れ屋さんなのね」


 もっともそんな私の心情はたった十二の小娘に見抜かれていたようだったが。


「ねえ、こっちに来てくれないかしら」


 言われて娘の傍に屈むと、手を取られ、頬に当てられる。


「温かい手。これがあなたの意志と、心と、命の温かさ」

「お前の体が冷えているだけさ」

「もう、照れ屋さんなのはいいけど、無粋なのはよくないわ」

「それは、すまないな」


 まったくばつが悪い。

 

「ねえ、もう一度聞いていいかしら。あなたは誰?」

「私は、お前たちより少し長生きなだけの魔法使いさ」

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