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長者の旅路、果ての思い 〜旅に出よう。どこかの誰かと出会うために〜  作者: 一般通過純愛スキー
出会い フェルディナント家

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2-1 撃退

 父が死に、私は旅に出た。あの場所にいればいつまでも感傷に浸ってしまうだろうし、人の世界にも興味があったからだ。家族の死は私の心に暗い陰を落としたが、数年の旅が癒してくれた。それから、最初の数十年はただただ楽しかった。書物で知った気になっていたものも現実に見てみると実感が湧く。見るもの全てが新鮮で、人間の社会には娯楽が多く、それはそれは楽しんだ。賭場というところで楽しみすぎて、少々大変な目にあったりもした。

 百年もすれば人の世もある程度理解できた。経験が私を大人にした、と言っても旅に出る時点で齢百と人間にしてみればそれなりの年齢だったわけだが。まあ落ち着いたというべきか、無闇にはしゃぐようなことは無くなった。

 転機は百五十年ほど経った頃だろうか。ふとかつて訪れた地を再び見たくなったのだ。そうして足を向けたのは、私が初めて足を踏み入れた人間の村だった。あの時世話になった人間は元気だろうかと、かつて寝泊まりした家へ赴くと、そこには家などなかった。まったく愚かなことだが、人の寿命のことなどすっかり抜け落ちていたのだ。一所に定住していたなら違ったかもしれないが、あちらこちらへ旅をしていた私は特定の親しい人物を作ることもなく、人が寿命で死ぬことを気にしたことなどなかったのである。

 いくつもの場所を再び訪れ、ある村は町に、ある村はなくなり、ある国は滅び、新たな国が興り、ようやく理解した。かつてのエルダー達が経験した絶望を。右も左も分からぬ私を泊めてくれた優しい家族も、うっかり再生能力を見せてしまい私を化け物だと追いかけ回してきた衛兵も、借金を踏み倒して逃げた賭場の金貸しも、誰も彼もいなかった。私は、世界のどこにも残っていなかった。

 認めたくない現実を前にして、私は逃げた。見ぬふりをして、気付かぬふりをして、そうすれば傷つくことなどないと、今にしてみれば無駄な足掻きだったと思うよまったく。

 そうしておよそ二百年経った頃、私は少々ひねくれていた。斜に構え、口を開けば皮肉を言う。齢三百にして小生意気なガキの誕生である。落ち着きはどこへ行った。あの頃は、思い出すだけで顔から火が出るほど恥ずかしい時期だ。しかしまあ、それも私には必要なことだったのだろうと思う。




 夜の街道から少し離れた場所で、焚き火を突きながらぼーっとしていた時だった。遠くから馬のいななきと怒声。明かりなどない夜に、街道とはいえ馬や馬車で移動する者などそうはいない。道が見えず街道から逸れる危険があり、何より夜は獣の活動する時間だ。すぐに異常な事だと分かり、そして音はどんどんとこちらに近づいてきていた。


「まったく面倒な……」


 ゆるりと立ち上がり、少しばかり魔法で視力を強化して音の方を見やる。思ったよりも近づいて来ていた。先頭はなんとも立派な体格の馬だ。駆るは若い男。腕に意識の無い人間を抱えている。追ってきているのは五人、格好からすると賊だろうか。妙に統率が取れている。二人分の重量と、夜の視界のせいで思ったように操れていない。追いつかれるのは時間の問題だろう。

 

「一体どちらが下手人か」


 集団に追われる一人に味方したくなるのが心理というものだが、それが正しいとは限らない。ひょっとすれば若い男の方が悪党という可能性もある。こういう時にどうするかといえば……


「どちらも捕まえてしまえば問題あるまい」


 そういうことである。どちらも捕まえて双方の言い分を聞いてから判断すればよい。関わらずに逃げてしまっても良いのだろうが、見捨てるのも寝覚めが悪い。理性と心が衝突した時、私はしばしば心を優先することが多かった。


「風は踊る、たおやかに」


 ふわりと柔らかに風が吹くと人も馬も諸共宙に浮かぶ。この段階で怪我をさせるのは忍びない。それ故たおやかに。


「凪いだ後には草伏せる」


 そっと大地に落ちた体を草が絡め取る。逃げられぬようにこちらは少し強めに。


「なんだこりゃ!あいつらの罠か!?」


 若い男に近づいてみれば、何が起こったか分からず困惑している様子。それなりの時を人の世で過ごしてきたが、魔法というものはどうやら人間にとって一般的なものではないらしい。長命種の中ではそれなりに発展している技術だが、人間の中では極一部の才に恵まれた者が扱う程度に留まっていた。


「やあ、少しいいかな」

「誰だ!」

「誰と言われてもな。まあ、通りすがりの魔法使いだよ」

「魔法使いだと!?まさか奴らの仲間か!」

「奴らというのがそこらで君と同じように情けなく転がってる連中のことならば、否。通りすがりと言ったろう。まだ若いだろうに痴呆か?」

「信用できるか!」


 確かに見ず知らずの怪しい男、それも見慣れぬ魔法使いを信じられぬというのも無理のない話だろう。


「して、お前達はなぜ奴らに追われていたのかな。状況が見えぬ故全員捕縛したが、どうしたものか困っているのだ」

「なぜって、そりゃ多分、あいつらが親父の政敵に雇われた連中だからだろう。大方俺達を人質にするつもりだろう」

「雇われた……なるほど、どうりで格好のわりに動きが良いわけだ。つまり君達は少なくとも現状においては被害者であると。ふむ、そちらの刺客君達には何か言い分はあるのかね」

「……」


 沈黙。情報は渡さぬと言うわけか。どうやらそれなり優秀な刺客のようだが、しかしそれがこの状況で正しいかどうかは別だろう。


「沈黙はつまり、彼の言い分が事実であると認めるようなものだが、それでいいのかね」

「……」


 更なる沈黙は裏付けとなる。単なる賊や暴漢ならば命惜しさにみっともなく騒ぎ立てるものだろうが、得体の知れぬ力に拘束されてなお黙して語らぬのは、奴らがその道の専門家であるという何よりの証左であろう。


「さて、現状私としては君に肩入れする心情になっているわけだが、本当にここからどうしたものか。何かいい考えがある者はおらんか?」


 帰ってくる言葉はないが、まあ当然か。


「まあ、誰も何も言わぬのなら仕方ない、私の好きにさせてもらう」


 言うやすぐさま全員の拘束を解く。


「さあ、どこへなりとも行くがよい。目の前で死なれては寝覚めが悪い故この場は助けたがね、かといって私にはお前達を殺すほどの動機もない。お前達は依頼は失敗したが命だけは儲けて、君達もこの場は刺客を凌げた。これで手打ちとせんかね?」


 などと提案の体を装っているが、この場の支配権を持つ私がそう言った以上それは事実上の確定事項だ。何せ歯向かったところで今度こそ私に殺されて終わりなのだから。それを理解したからか、刺客達は目配せをし合った後、闇夜に消えていくのであった。


「助かった、のか?」

「気配は消えたようだな。お前さん、怪我はないかね」

「ああ、俺は問題ないが、妹が」


 捕えられてなお抱えていた娘を心配げに見やる。


「どれ、見せてみろ」


 腕に鋭利なもので裂かれたような傷。


「奴らに?」

「ああ、いきなり襲われた。俺はなんとか抵抗したんだが、そのせいだったのかもしれん。多分俺を大人しくさせるために妹が切られた。切られた途端に動けなくなった。ほぼ間違いなく毒だ」

「切られてからどれほど時間が経っている」

「正確には分からないが、恐らく20分ほど」

「そうか、それは、まずいかもしれんな」

「ま、まずいって!?どういうことだ!?」

「落ち着け阿保。いいか、一言で毒と言っても効果や強さなどは様々だ。そして即効性の高い毒はえてして強いものだ。それも切られた途端に効くなど、人間にとってあまりにも強力な毒だ。このまま放置すれば間違いなく死ぬぞ」

「そんな馬鹿な!奴らは俺達を人質にするつもりだったんだぞ!それなのにそんな毒を使うわけがない!」

「だから落ち着けと言っているだろう。考えれば分かることだ。二人揃って人質にできれば御の字であったのだろうが、しかし二人というのは別に必須な条件ではない。一人取れれば十分だと思わんか?」

「それは……」

「それとな、毒を使う者は必ず解毒手段を持ち合わせるものだ。まかり間違って自分がその毒で死んでは洒落にならんからな。妹を動けなくさせて、お前が大人しくなればよし。早々にお前が捕まれば解毒して二人揃って人質。そうでなくとも子が死ねばお前達の父は動揺するであろうしな。恐らく奴らにとっては毒で一人死のうがどうでもよかったのだろうさ」

「そんな、俺の、俺のせいで!そんな馬鹿な!くそっ!とにかく急いで治療を!屋敷に帰ればきっと!」


 なんと哀れなことか。毒の強さと時間を鑑みればもう助からぬというのに。


「それは無駄だ。よく見てみろ、既に呼吸は浅く顔色も悪い。間も無く死ぬよ。屋敷に帰るだの、治療の手配だの、そんなことをやっている間に死ぬぞ」

「嘘を言うな!」

「ここで私がお前に嘘をつく意味などないよ」

「っ、ふざけるな!」


 気づいた時には体が宙を舞っていた。渾身の力を込めて振り抜かれた拳は軽々と私を吹き飛ばした。


「信じない、信じないぞ!このまま死ぬなんて信じない!何かあるはずだ!どうにかする手段が!」


 殴られた頬と悲痛な叫びから、男の悲哀が伝わってくる。


「痛いではないか、何をする。私に八つ当たりをするでない」


 痛む頬をさすりなが立ち上がる。助けてやったというのになぜ殴られなければならぬ。


「うるさい!黙れ!」


 家族の危機に取り乱す気持ちは理解するが、流石に腹が立ってきた。

 

「ああ、まったく……落ち着けと、言っているだろうたわけが!!」


 一喝。雷のように響く声が男の身をすくませる。声を増幅し響かせる単純な魔法だが、こういう時には便利だ。


「よく聞け阿呆。私は、手段がないとも言っておらんし、その手段も持ち合わせている」

「本当か!」

「言っただろう、私がお前に嘘をつく意味などないと。しかしその手段はお前にとって胡乱げに見えるものだ。だからお前にその必要性を説明するために話していたというのに、勝手に取り乱して、あまつさえ既に一度お前達を助けた恩人と言える私を殴り飛ばすなどと。一体どういう了見だ!」

「す、すまない……」

「いいか、感情が乱れたならばまず落ち着け。冷静でない頭で何を考えたところで意味はない。理性と意思で己を律しろ。それが人の持つ最大の武器だ」

「わ、分かった……」


 ようやく頭が冷えたか。


「もういい、とにかく治療を始めるぞ。説明はこの際同時にしてやる」

「ああ、いや、本当にすまなかった。お前の言う通り、恩人に手を挙げるなど、人にあるまじき行為だった。この通りだ!」


 深く、深く頭を下げる。


「その上で、頼む!厚顔無恥なのは重々承知している!どうか妹を救ってくれ!」

「頼まれたよ」

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