1-2 親子
「父上、それはなんだろうか」
ある日のこと、父に連れられて倉庫にやってきた。
「実はお前に見せてやろうと思って、色々と集めていた物があってな。そこそこの数が揃ったからそろそろお披露目といこう。知識もいいが、実物を見ることも学びだ」
そこにあったのはいくつもの創造物だった。頭の中の知識と目の前の物を結びつける。絵画、彫刻、刀剣、皿や器、装飾品……数え切れないほどの品々だ。
「これは、絵、絵画というものか?」
「絵を見るのは初めてか?書物にも稀に載っていよう」
「図解や挿絵ならばあるが、あれは文章の説明のようなものだろう?ここにあるのは、一枚の絵として何かを表現したものだと感じる。まったく別物だ」
「そうか、確かにお前の言う通りだな」
そんなやりとりをしながらも、私はまばたきすることを忘れるほどに見入ってしまったいた。技巧や美しさなどその時の私には分からなかった。ただ私の心を揺さぶる何かがそこにはあった。
「なぜだろうか父上、私の中で今激しく感情が渦巻いているのが分かる」
「お前が今感じていることを整理して話してごらんなさい」
心を見つめる。なぜこれほどまでに揺さぶられているのか、何がそう感じさせるのか、少しずつ。
「何かが、伝わってくる」
「それは何だ」
「心、思いだろうか。例えばこの絵画、一本の線からでさえ強い感情が伝わってくる」
「それに描かれた女は、この絵を描いた男の妻だったらしい。病死してから数十年、男が死の数日前に鬼気迫る勢いで描き上げた最後の作品だそうだ」
「この剣からは、なんだろう、随分優しい感情が伝わってくる。ボロボロで刃は欠け柄も擦り切れているのに、何故だか安心感がある」
「この剣の持ち主の父は鍛冶師だった。戦場に赴く息子の無事を願いながら打った剣だそうだ。この剣を譲ってくれた、かつては兵士だったという男が語ってくれたよ」
これでもかと言わんばかりに剥き出しの感情が私に叩きつけられた。それは私にとってまったく初めての経験だった。
「ここにあるものは全て、作った人間の強い思いが込められた品だ。愛、喜び、怒り、悲しみ、憎悪、妄執、善悪や正負も関係ない。強い感情が込められた物は時に他者へ大きな影響をもたらす」
「父よ、感情とはなんだ、思いとは、心とは……」
「これといった明確な答えがある問いではないが、私の持論を述べるならば、感情とは、命の叫びだ」
「命の、叫び?」
「難しく考える必要はない。嬉しければ笑い、悲しければ泣き、怒りを覚えれば誰かを傷つける。何かを欲すれば奪い取ってでも手にしたい。かけがえのないもののために命を賭す。方向性は違えども、全て人として当然の行為だ」
「感情を表すために、人は行動する?」
「その通りだ。そして、何かを作るということもきっと、溢れんばかりの思いを誰かに伝えるための方法なのだろうな」
父が語った言葉には説得力があった。なにせまさに今自身がそれを実感しているところだったのだから。
「面白いことを教えてあげよう。エルダーは命多き種族、命を感じる種族だ。そして人の世では、魂や思いを込めて何かを創る時こう表現するらしい。命を吹き込む、とな」
そのようなことがあったせいか、私はそれからというもの、学ぶことと同時に、何かを作ることに夢中になった。父と私しかいないこの場所がひどく退屈だったというのもあるだろう。自身の知識と感性と技術が試されるそれは、1人で時間を潰すには最適な手段だったのだ。
最初に作ったのは大したことのない、父を模した人形だ。基本も何もない、それはそれは不出来な人形。手足の長さも、比率も、そもそも造形すら拙い歪さ。作った本人があまりの下手さに潰してしまおうとしたそれを、傍で見ていた父はそっと押し留めあろうことか取り上げてしまった。
「これでいい、いや、これがいいのだ」
そんな風に言って人形を懐に仕舞い込む父を見て、必ずもっと上手くなってやると誓ったのであった。とにかく様々な物を作った。人形から始まったそれは、やがてより大きく、より複雑になっていく。
「先日読んだ物語を私なりに解釈して絵にしてみた」
「これはクライス紀行譚かな。クライスが船旅の最中にクラーケンに襲われた場面だね」
「ここの彫り込みが中々上手くいかなくてな」
「細かい部分はやはり技術と経験がものを言うのだろう」
「鋼の純度を高めて剣の強度を上げた。柄頭に水晶を埋め込んで目的に応じた魔法を予め仕込めるようにしてみた」
「なるほど、咄嗟に魔法を使えるのは実用性がありそうだ」
人形、彫像、絵画といった芸術分野は勿論のこと、木工や石工、鍛冶、彫金、料理……とにかく好奇心に任せてあれやこれやと手を出し続けた。普通の人間には出来ないことも、魔法を使える私にはできる。木材、石材、食材、原料の調達には苦労しなかった。鉱石も父がどこからか調達してきた。作業工程の簡略化も造作のないことであった。とはいえ何を思ったか、家を建てた時には父も呆れた様子であったが。
そうして研鑽を積むこと数十年。その道の専門家に比べるとどの程度のものかは分からぬが、様々な分野でそれなり以上の腕にはなったであろうという自負があった。
「父上、これを見てくれ!」
「どうした、また何か作ったのか?」
「ああ、今回は自信作だぞ!」
そしてこの日完成した物は、これまでの中でも傑作といっていいだろ。
「これは、見事なチェス盤だ。黒と白の大理石、黒の中には茶の模様。磨き上げも一切妥協のない滑らかな仕上がり。これだけでも一級の芸術品だろう。自信作というのも頷ける」
「早まるな父上、誰が盤だけだといった。駒もなければチェスはできんだろう?」
そういって取り出したのは革張りの収納箱。
「さあ開けてみてくれ」
「やれやれ、大層な自信だが私はチェスにはうるさいぞ?」
そう、チェスは父の趣味の一つである。私も幾度となく付き合わされた物である。だからこそ作った。
「ほう、こちらもなんと美しい。材質は様々、石材、木材、貴金属、宝石まで埋め込まれているではないか」
「ああ、何も盤と同じ材質である必要も、一つの材質にこだわる必要もあるまい」
「確かにその通り。そして意匠も見事なものだ。冠から馬具やたてがみまで精緻に彫り込んである。これは時間がかかっただろう?」
「まあそうだがな、しかし一番苦労したのはそこではないのだ」
「何?これほどの細工よりも苦労することがあったのか?」
そう、この盤と駒の真価はそこではないのだ。
「まあ言葉で説明するより実際に使う方が早かろう。さあ、一局指そう」
「うむ、しかしお前の方から誘われることなど今までなかったことだ。存外嬉しいものだな」
そう言って父は椅子に腰かけ盤と駒を用意するが、私は立ったまま動かない。
「どうした、かけなければ対局できんだろう」
「いやこのままでいいのさ。さあ始めてくれ」
「なんだ、よく分からんが、まあいい。私が先番で始めるぞ」
白のポーンを前に、定石と言える手だろう。変わって黒番。さあ、ここからがお楽しみだ。父が駒を動かしてから数秒、変化は如実に現れる。
「これは、なんと!?」
黒のポーンが独りでに動き出す。白のポーンの動きに対応する、こちらも定石だ。
「見たか、これが今の私が持てる全ての技術を注ぎ込んだ最高傑作だ!基本的な規則から駒の動き、定石や応手を一つの魔法として書き込み、駒を動かす魔法と連動するよう設計した。それほど大きくない盤と駒に精緻な魔法を刻み込むのは苦労したよ。材質や意匠もこだわりではあるが、魔法を発動させるための補助という意味合いもあるのさ」
「そうか、お前のこれまでの努力が詰まっているのだな、これには」
「まあな。これで私がいない時でもチェスが出来るぞ」
「素晴らしい!素晴らしいぞ息子よ!なんということだ!こんな物を作ってしまうとは、お前は天才であったか!」
喜ぶであろうとは予想していたが思った以上だったな。これで少しは暇つぶしもできるだろう。
「うむうむ、これは楽しそうだ!」
まったく年甲斐もなくはしゃぎおって、本来の目的は別のところにあるのだがな。このチェス盤と駒に刻まれた魔法は三つ。二つは先ほど語った通り。最後の一つは、私を模した思考の傾向によって対局を進めるというもの。つまりこれを使った対局は、私と対戦するのとほぼ同じだということだ。
これがあればいつでも対局できるし、父が死した後も向こうで私と指せるだろうと、そんなささやかな親孝行だった。
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