1-1 生誕
生きるとは一体どういうことなのだろう。もっと言うならば、生きる意味とは?
そう問いかけた私に、ある者はこう言った。
「意味なんているのか?俺もお前も今ここにいる。一緒に飯食って、話して、笑って、そんでいずれ別れる、そんだけだ。難しいこと考えすぎなんだよお前は」
またある者はこう言った。
「あなたの抱える苦悩がどれほどのものかは分からない。だけどあなたと過ごす時は、私にとっては何より掛け替えの無いものよ。ねえ、私と過ごすこの時間は、あなたにとって意味の無いもの?」
永き生の中で多くの人と出会い、そしてそれら全ての人と別れた。みな輝いていた。善人も、悪人も、何かを成した者も、何も成せなかった者も、命の放つ輝きだけは同じだった。燻っていた私の生は、彼らに火を灯してもらったのだ。
彼らのように生きたいと思った。理由はきっと、彼らが羨ましかったからだ。短い生の中で、星のように煌めいて消えていくその命の在り方が。
だってそうだろう?私がただ無為に、死んだように生きている時に、彼らは命を燃やしていた。熱く、激しく、眩く、まるで世界を照らすみたいに。悔しかった、何者でもなかった自分が。惨めだった、永き生を言い訳にしていた自分が。羨ましくて、妬ましくて、あまりにも綺麗で、気付けば涙を流していた。生きるということを知った。
そうだ生きるのだ。今を全力で。笑って、楽しんで、怒って、たまに泣いて、そしてまた笑う。誰かと過ごしてもいいし、疲れたら一人になってもいい。別れが悲しいものだとしても、それは今を楽しむことを否定する理由になどならない。何を成そうとも、成さずとも、懸命に生きることこそが美しいと教わった。
そうして生きた、生き続けた。友と、愛する者と、別れてなお生きて、私は今ここにいる。数えることも忘れるほど、永い永い旅路の果てで、私は最期の仕事を成そう。新たな命に祝福を送るのだ。いや、祝福などと言うのは大層でよろしくないな。これは、そう、餞別だ。
それでは聞いてくれ、この年寄りの昔語りを。
最初に感じたのは光、そして声。
「ああ、生まれてしまったのか、新たな子が。もはや先のない私に、見守ってやることの出来ぬ私に、なぜ神は新たな命を授けたもうた……!」
怒りか、悲しみか、やりきれぬ感情を押し殺した声だった。
「あなたは、誰だろうか」
眩しさをこらえながら目を開き声をかけた。今思うとおかしな話だ。生まれた時から私は、人間で言うところの五歳ほどの体で、言葉も話し理解することができた。
「私はソウラ、お前の同胞だ」
「同胞、つまりあなたは私の兄弟ということだろうか」
「兄弟、兄弟か、いやそれは少し相応しくないかもしれぬな。私とお前は、そう、親子だ。私が親で、お前が子だ」
「親子、理解した。あなたが親で、私が子」
「あなたなどという呼び方はやめなさい。親子とはそのように他人行儀な呼び方をする関係ではない」
「なるほど、では、父上と呼んでもよいだろうか」
「ああ、それでよい」
「それでは父上、もう一つ問うてもよいだろうか」
「何かな?」
「私は、誰だろうか」
生まれた時から自我はあったが、何分記憶はなかった。この時の私には、自分を定義するものがなかったのである。
「ハッハッハ!そうか、そうだな、お前はまだ生まれたばかりだったな!」
「父上は、何を笑っているのだろう」
「いや、すまない、お前を笑っているのではないのだ。自分の馬鹿さ加減があまりにも酷いものでな!」
「何を言っているのかがよく分からない」
「簡単なことだ。同胞だの親子だのという話をする前に、もっと大事なことがあったということだ。お前に名を付けてやるという大事な大事な話がな」
「名、それは必要なものなのか?」
「ああ、大事な、とても大事なものだ。お前がお前であることを最初の言葉だ」
「私が、私である……」
「そう、これは私がお前に贈る祝福だ。そうだな、お前の名は、ルクス、ルクスだ」
この時、私はこの世界に生まれた。
父は私に教えた。私達はエルダーと呼ばれる種族であると。人間よりも、エルフより、どの種族よりも長く生きる存在、それが私達であると。傷付いてもすぐに治り、腕や足、どころか頭や心臓が無くなろうとも、数日もすれば元通りになるほどの治癒能力がある。しかし決して死なぬ訳ではない。
「私達はね、命の総量が多いのだ。命とは、生物が生きている間に使われるものだ。そして怪我や、欠損した体を治すと更に命が使われる。それが他の種族よりも遥かに多い。いつになれば尽きるか分からぬほどにな」
「理解した。それでは父上もまだ長く生きるということだろうか」
「いいや、私の命はもうそれほど長くない。私はね、もう年寄りなのだよ。どれほどの時を生きたか、もう覚えてはおらんがね」
そういう父は確かに、どこか草臥れたような様子であった。容姿は若い、それもまたエルダーの特徴らしいが、声が重かった。長い積み重ねを感じさせる声だった。
「そうなのか。一体あとどれほど生きられるのだ?」
「恐らく、百年あるかどうか、といったところだろう」
「そうか、しかし百年も私は父上と共に生きるのだな」
百年という時、それが長いのか短いのか私には分からなかった。だからだろう、私がこうも無邪気な言葉を言えたのは。
「ああ……そうだな、たった百年、されども百年だ。終わりの時まで私はお前と共に生きよう。お前に伝えられるだけのことを伝えよう」
「よろしく頼むよ父上」
父は自身の知るあらゆる知識や経験を余すことなく私に授けてくれた。それはあまりにも膨大な量であった。世界の理などという大きなものから、果てはほつれた服の直し方まで。私は生来の気質として、どうやら学ということが好きだったらしい。父の語る知識を理解した時、共に実践して実感を得た時、私の心は喜びで満たされた。どこからか父が書物を持ち帰って来るたび、飛び付いてねだることもあった。あまりにも書物を好んだ私はある時父に尋ねた。
「父上、これらの書物を書いたのは一体何者なのだろうか」
「それはな、人だよ」
「人、人か。人とは何だろう」
「人とは何か、か。難しいことを聞くのだなお前は」
「そうか、難しいことなのか。ということは父上も知らぬか。まさか父上に分からぬことはあるとは意外だな」
「むっ、待ちなさい。難しいとは言ったが、知らぬとは言っておらぬ。しかし人を理解するのは難しく、お前には経験が足りぬ」
普段は超然とした父が妙にムキになって言い返してくる姿はおかしなものだった。だから私もからかうように続けた。
「そう言って本当は知らぬのではないか?いやなに構うまい。私は父上を尊敬しておる。たかだか一つのことを知らぬだけでそれは変わらぬよ、うむうむ」
「ルクス、一体なにゆえそのような生意気な口をきく!いいだろう少し待て」
そう言って数分ほど考え込んだ後、父上は口を開いた。
「人間、ドワーフ、コボルト、数の少ないものだとエルフや竜人まで、理性を持ち社会を築きながら互助的集団として生きるもの達を総称して人と呼ぶ」
「互助的集団?」
「そう、彼らは複数の個体が集って集落を作る。数が多くなれば町を作り、やがては国という単位になる。そうして集まった者達は己の得意なことやできることを行い、時に足らぬ部分は他者が補う。そうして自然や世界、あるいは他者に立ち向かう在り方、それを人と呼ぶのだ」
「なぜだろう、己一人で全てを行う方が生きる上で都合が良いのではないか?わざわざ他者に頼らなければならないというのは、あまりにも脆弱に思える」
なんと愚かな物言いだろう。笑ってしまうであろう?本当に無知な子供であったと思う。
「愚か者、基準を己だけに置くな。教えただろう、人はそう長く生きられぬものだと。エルフでさえ長くとも1000年ほど、人間ならば100年も生きられぬ。その上彼らには甥がある。老いがあるということは衰えがあるということだ」
「会得できる能力に限りがあり、それもいずれ衰える。だから助け合い、技術や知識を継承していくということか」
「その通りだ。そしてその恩恵にお前もあずかっているだろう」
「むっ、なんだそれは」
「お前がさっき聞いたことだろう。書物を書いたのは何者なのかと」
「そうか!なるほど、そうだったか!誰かに受け継ぐために自身の技術や知識、思想を記録したもの、それが書物か!」
「効率のいい方法だろう?」
「ああ、ああ!いやすごいな人というのは、まったく!素晴らしい生き物ではないか!」
自身とは違う在り方、それを初めて実感したのは恐らくこの時だった。
「しかし父上」
「何だい?」
「なぜここには人がいないのだろう。ここにあるのは、作り物のような自然と、私と父上の2人だけだ」
そう、知識を得るほど自身のいる場所への違和感が大きくなっていった。ここにある命は全て茫洋としており、普通の命とは思えなかった。
「そうか、もうそこまで分かるようになったか」
「どうした、何を笑っている」
「いやなに、子の成長とは早いものだと思っただけだ」
「なんだ、よくわからんぞ」
「ああ、これはきっと親にしか分からぬ感情だ。さて、お前の疑問だがな、簡単な話だ。ここはエルダーが死する場所、エルダーの墓場なのだ」
「エルダーの墓場……?」
なんとも嫌な響きだった。
「最初のエルダーは、ただ気付けばそこに在ったのだという。何の前触れも、何の記憶もなく、ただ数人がそこにあった」
「なんだそれは、それはまるで……」
「そう、お前のようだろう。エルダーはエルダー同士で子を成せるのだが、最初のエルダーは神が創りたもうた命だった。彼らは何も分からぬまま世界に放り出され、生きることとなった。それぞれの道を歩み、それぞれの生を謳歌したが、なぜか不思議と彼らは生まれた場所へ戻りそこで最期を迎えた。以来ここはエルダーにとっての聖地となった。少しずつ、少しずつ増えたエルダー達はやがて父祖の眠りが脅かされぬようにその場所を世界から隠した。何者にもバレぬよう、何者にも侵入されぬよう。そこにあった自然が絶えぬよう、作り物の自然を生み出してまで」
「それがこの場所なのか」
「そう、そして全てのエルダーはやがて、父祖に習いこの地で最期の時を過ごすようになった」
「なぜだ、なぜこんな作り物のような命しかない世界で」
「拠り所が必要だったのだよ、我らには」
その言葉の意味を、当時の私は理解できなかった。
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