5-3 安息
「こんなとこで何してんだ」
「何、と言われてもな。特に何も」
「セシリーが探してたぞ」
「セシリーが?何か用があると言っていたか?」
「お前に引っ付いてたいだけだよ。昔からそうだろ?」
あの夜会の日から既に一週間が経っていた。誓いの儀は無事終わり、名実ともにフェルディナントとローレンツは盟友となった。誓いの儀が終了した直後、両家は声明を出す。我らの結束既に岩の如し。過去は過去のまま、我らは未来へ進む。多くの者にとってはただの決意表明であったが、その真意は一部の者達へと向けた警告だ。
これまでの事は大目に見る。これ以上無駄なことをするな。もしも今後同じようなことがあれば、次は容赦をしない。
反抗勢力もこれ以上は無駄と悟ったのか、あれから目立った動きは見せていない。我らの完全勝利であった。そして夜会が終わり数日後、フェルディナント家、そして今後深く関わることとなるローレンツ家の面々に、私は自身の秘密と、セシリーとの関係を打ち明けた。
関わりの薄かったローレンツ家の二人は驚いていた。と言ってもそれはエルダーという種族に関する部分だけであったが。レティシャ曰く、セシリーの態度がわかりやすかった上、私がセシリーを見る目もまた他に向けるものとは少し違っていたそうだ。アダム殿もまた長く貴族の世界を生き抜いてきた経験からか、見れば分かると言った。そしてこの二人が分かったということは、フェルディナント家に至っては言うまでもなかった。
「分かってやれよ、乙女心ってやつをさ」
「やれやれ、お前にそのようなこと言われるとは、私も焼きが回ったかな」
「三百年も生きてるジジイなんだから仕方ねえよ」
「お前、言ったな!」
三百年生きているのは事実であるし、私の悩みが長く生きたことによるものだということもその通り。否定は出来なかった。
「なあルクス」
「なんだ?」
「セシリーのこと、頼むな」
「無論だ、と言いたいところだがな、正直少し不安だよ」
「そうなのか?」
「恋だの愛だのというものには疎くてな。父を除けば、親しくなったのはお前達が初めてだし、男女としての関係もセシリーが初めてだ。だからどうすればあの子を幸せにしてやれるのか、とんと検討も付かない」
「そうか、お前も似たような悩みがあるんだな」
「お前も?」
「ああ、俺だってレティが初めての相手だ。だから不安だし、悩むし、先のことなんて何も分からない」
意外だった。能天気なこの男のことだから、もっと楽観的に構えているのかと思っていた。
「悩んで悩んで、結局答えは出なかった」
「答えが出なくて、お前はどうした?」
「ぜーーーーんぶ話した。何を考えて、何を悩んで、何をしたいか、全部レティにぶちまけたさ」
「それは、なんというか、男として情けなくないか?」
「仕方ねえだろ。無理に背伸びしたっていいことねえよ。俺は俺らしくやってくしかねえんだ。それに案外結果も悪くなかったんだぜ?レティもさ、悩むことはあったんだってさ。だから二人で悩もうって。二人のことは、二人で決めていけばいいって、そう言ってくれたよ」
「二人のことは、二人で決める……」
「あと、ちょっと怒られた」
「怒られた?レティシャ嬢に?」
「幸せにしなきゃいけないなんて、何様のつもりだって。一緒に生きるのっていうのはそんな義務感ですることじゃない。二人で一緒に幸せになりたいんだって。そん時、俺は馬鹿だなって思ったよ。一人で空回りして、見当違いなこと考えて。だからやっぱり話すのが大事なんだ。話して、一緒に考えて、喧嘩して、仲直りして、そうやって俺たちは一緒に生きていく。そうして積み重ねる思いを、きっと俺達は愛って呼ぶんだ」
「愛か……」
エドワードの言うことはいちいち至極もっともだった。
「俺はさ、親父も、母さんも、セシリーも、レティも、そしてお前も、みんな愛してる。みんな大切だ。だからこうやってさ、たくさん話そう。なあ、兄弟!」
「そうだな、そうしよう、兄弟」
時間ならあるのだから。短くて長い、時間が。
「なあ、エドワード」
「何だ?」
「生きるとはどういうことだ。生きる意味とは、一体何だ」
セシリーにも投げかけた問いをエドワードにもする。この男がどう答えるか、興味があった。
「意味なんているのか?俺もお前も今ここにいる。一緒に飯食って、話して、笑って、そんでいずれ別れる、そんだけだ。難しいこと考えすぎなんだよお前は」
「ハハッ、ハーッハッハッハッ!」
「何だよ急に笑い出して、気持ちわりぃな」
「いや、すまない。ありがとう、参考になったよ」
兄妹そろって同じようなことを言うのが、少し面白かった。
エルダーという存在は人間にとって劇薬だ。エルフでさえ長寿ゆえの知識や、魔法の腕、見目麗しさから人間の世では重宝される。その希少性と精神性から、エルフが仕える者は規範となるような素晴らしく高潔な人間であると言われる。そんなエルフさえはるかに凌ぐ私の正体が明るみに出れば、文字通り私を巡ってフェルディナント家は世界を敵に回すことになるだろう。しかし姿の変わらぬ私が普通の人間としてこの国に馴染めるわけもなく、それ故私はエルフとして世間に公表されることとなった。
フェルディナント家とローレンツ家の融和の象徴となったエドワードとレティシャの婚約は国中で大きな話題となっていたが、その上エドワードの妹がエルフと婚約したとなれば、もはやどの町でもフェルディナントの名を聞かない日はないほどであった。それがフェルディナントのお膝元となればもはやお祭り騒ぎである。
「偉大なる領主一家!フェルディナント家に栄光あれ!」
「エルフ様!どうか我らの町をよろしくお願いします!」
「なんと麗しいお二人だ!」
姿を隠さずに町を歩けば常にこんな調子だ。露店で買い物をしようものならば、店主が代金の受け取りを拒否する始末。変装をして町に出ても、常にどこかから賛美の声が聞こえてくる。これはいかんと、ほとぼりが冷めるまでは町に出ることを控えようと二人で決めたのであった。
しかしながら家に引きこもっているのは健全ではない。私にとっては数週間や数ヶ月程度なら魔法の研究か、あるいは何かしらを作っていればすぐだが、セシリーはそうもいかない。だが幸いなことに彼女にはかねてより心休まる場所があった。
「ねえセシリー、結婚するってほんと?」
「そんなの嘘だよ!セシリーは僕と結婚するんだから!」
「あんたなんかじゃセシリーには相応しくないわよ!」
「こーら、喧嘩しないの」
やいのやいのと騒がしい子供達の中心にいるのは我が婚約者殿である。町外れにある孤児院。フェルディナント家が全ての運営資金を賄っている場所であった。元は兵役で親を失った子供の面倒を見るために先々代が作ったものだったが、ランデル殿が家督を継承して間もない頃、その枠組みを取っ払い規模を大きくしたそうだ。こうして時折、慰問と表してここにいる子供達に会いに来るのがセシリーの楽しみであった。
「ルクス様」
「院長か。いつもながら騒がせてすまないな」
「いえいえ、お二人がいらっしゃると子供達が喜びますから。あの子達の面倒を見ていただいてありがとうございます」
この孤児院の院長は歳の割にがっしりとした老人だった。かつてはフェルディナントの兵団に所属していた騎士であったらしい。戦場で負った傷で満足に戦えなくなった彼が、それでもなおフェルディナントに忠を尽くさんと思い、こうして孤児院の院長として勤めている。
「そうだ、この度はおめでとうございます。お二人の婚約、誠に喜ばしく思います」
「ありがとう。エドワードの婚約以来色々とバタバタしていてな。セシリーもお前には直接伝えたいと言っていたのだが、結局遅くなってしまった」
「致し方ありますまい。それもセシリア様が成長された証ということでしょう。かつてはうちの子供達に混じって遊んでいた幼いあの方が、貴族として立派に成長し、こうして素晴らしい婚約者までできた。いやはや、長生きはするもの……おっと、エルフたるあなたに言うことではありませんでしたな」
幼少期、身体の弱かったセシリーは家で疎外感を覚えていたようだ。家族も家人達も優しく接してはくれるものの、自分だけが何も出来ない失望感は心に暗い影を落とした。特に兄は嫡男として存分に剣の才を見せ、誰もに期待されていた。意外なことだが、その頃のセシリーにとってエドワードは少し疎ましい存在であったらしい。そんな様子を見かねたシャーロット殿がセシリーをこの孤児院へと連れてきたらしい。
親がおらず塞ぎ込む子供や、空元気で誤魔化す子供はセシリーにとって衝撃的な存在であったが、最も大きな影響を与えたのはその経験を乗り越え、明るく未来を望む子供の姿であった。根気よく下の子供達の世話をし、畑を耕し、家畜の世話をする彼らを見て、現実を知ると同時に、兄の姿を重ねたのだ。以来セシリーはエドワードを受け入れ、度々孤児院に足を運んでは子供達と遊ぶようになった。ここはセシリーにとって、いわば原点と言うべき場所だった。
「ルクス……」
「うん?どうした?」
一人の子供が声をかけてきた。三年前に孤児院に入り、私とセシリーに懐いた双子、その妹だった。身を屈めて目線を合わせながら話しかける。
「ルクス、ぜんぜん来なかった。セシリーも。二人とも、嫌いになった?」
不安げにしている顔を見ると申し訳ない気持ちになってくる。
「そんな訳ないだろう。少し忙しかっただけだよ。お前達が嫌いなら、今日だって来ないさ。ほら、そんな顔をするのはよせ」
「んっ」
答えてなお不安だったのか、私に抱きついてきたのを受け止めながら、頭を撫でてやる。
「ルクス、結婚、するの?」
「ああ、今すぐではないけど、するな」
「セシリーと?」
「そうだ」
「もう、来なくなる?」
本当に聞きたかったのはこれだったのだろう。服を掴む手に力が入るのを感じた。
「いいや、来るさ。忙しい時は来れないかもしれないが、ちゃんと来るよ」
「ほんと?」
「本当だとも。私がお前達に嘘を吐いたことなどないだろう?」
「うん!」
ようやく安心したのか、表情が綻んだ。
「あー!ルクス浮気だー!」
「そうだそうだ浮気だー!セシリーというものがありながら!」
「お嫁さん大事にしないとダメなんだぞ!」
「あらあら……」
ヤジを飛ばしながら駆けてくる子供達を横目に院長に問いかける。
「一体どういう教育をしてるんだお前」
「私ではありませんよ。あの子達も、自分達なりに成長しているということです」
もう少し真っ当に成長して欲しいものだが、まあみな笑っているなら、大目に見るかと思いながら子供達の波に飲まれた。
「まったく、子供ってのはすごいもんだ。あの小さい体にどれだけ体力があるんだ」
「あら、なんだかおじいちゃんみたいなことを言うのね」
「三百年も生きてりゃ、お前達にしてみればジジイもジジイだろう」
先程まで俺とセシリーを巻き込んで走り回ってたくせに、まだ遊び足りないと言わんばかりの子供達。長椅子に腰掛けて休んでいる俺たちとは大違いだ。アイツらの面倒を毎日見ている院長には頭が下がる。
「最近は出兵も少なくて、孤児院に入る子は減っているみたい。勿論ゼロとはいかないけれど、それでも昔に比べれば随分よくなったって、お父様も院長も言ってたわ」
「いいことだ。不幸も悲しみも、少ないに越したことはない」
魔物に襲われ壊滅した村、重税に苦しむ人々、隣人ですら信じられない欺瞞に満ちた町、争いばかりの国、旅をしていればいくらでも悲劇を目にすることはあった。それに比べてこの領地のなんと平和なことか。
「いい場所だな、ここは」
「そうね」
穏やかに時が流れる感覚は久しく感じていないものだった。迷いのない目で世界を見つめてみれば、そこにあるのは命の輝きが溢れる眩しいまでに綺麗な世界だ。そして隣には子供達を優しく見つめる最愛の女性。幸せだと、素直に思えた。
「セシリー、子供は好きか?」
「そうね、あの子達はみんな大好きよ」
孤児院にいる時のセシリーは普段と違う一面を覗かせる。きっと女性としての本能がそうさせるのだろう。子供を見守る母の慈悲に溢れていた。だから申し訳なく思うことがある。
「すまない、セシリー」
「急に謝って、どうしたの?」
「私はエルダーだ。お前達とは根本的に違う種族。だからきっと、俺とお前の間に子供ができることはない」
それは生物としてどうしようもないことだった。子を成せず、母にしてやることができない。それがセシリーにとっての重荷にならないかが心配だった。
「確かにそれは少し残念だけれど」
「だろうな、本当にすまない」
「謝らないで。ルクスが私を選んだように、私もルクスを選んだの。どちらかが悪いってことじゃないわ。それに血が繋がっていなくても、私達は家族になれるって知っているじゃない。子供が欲しくなったら養子を取ってもいいのよ。それこそあの子達からでもね」
「そうか、養子か」
「いつかはね。でもしばらくは、あなたと二人きりがいい。ただあなたと、この日々を過ごしていた。色々考えるのはそれからでもいいんじゃない?ルクスはね、色々難しく考えすぎなのよ」
「歳をとって独りの時間が長くなると、自然にそうなるんだよ」
「あら、じゃあもう安心ね。今は私がいるんだから」
「ああ、そうだな。まったく、お前にはいつも救われるよ」
「ふふっ、そう思うなら感謝の気持ちを表してくれてもいいのよ?」
こんな小娘に惚れ込み、いつもやり込められてばかりいる悔しさが私の中にはあった。だから見返してやりたくなったのだ。
「なら、こんなのはどうだ?」
「んんっ!?」
そっと触れるだけの口付けをする。
「きゅ、急にこういうの、ずるい!もっと雰囲気とか、こう、あるでしょ!?」
「なんだ、嫌だったか?」
「嫌では、ない、です……」
「ハハハッ!そうかそうか!」
たまにはこうしてやり返すのも悪くないものだ。




