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長者の旅路、果ての思い 〜旅に出よう。どこかの誰かと出会うために〜  作者: 一般通過純愛スキー
共に生きる決意

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5-4 別れ、旅立ち

 寝台に横たわる彼女を見ながら懐かしい思い出を振り返る。もう何十年も前の思い出は、まるで昨日のことかのように感じられた。それだけ彼女達との日々は私にとって鮮烈なものだったのだ。


「ルクス、そこにいるの?」

「ああ、いるよ、お前の側に」

「ちゃんと約束、守ってくれたわね」


 最後まで共にいるというあの日の誓い。それが果たされる時が来てしまった。シワの入った手を握り、すっかり白くなった髪を撫でてやる。もはや生気がなくなり冷たくなっていく体を、少しでも温めるために。


「本当にあなた、私なんかにずっと連れ添って。若い子のところへ行ったってよかったのよ?」

「今更言うことか、それは。それに、私なんかなどと言うな。前にも言っただろう、お前だから、私は愛しているんだ」


 それは私とセシリーとの間で起こった史上最大の大喧嘩だった。セシリーが四十を過ぎた頃の話だ。歳をとり老けていく自分と、いつまでも姿の変わらない私を比べ、セシリーが別れ話を切り出してきた。老いていく自分に付き合う必要などないと、あまりにもナメたことを言うものだから、私はかつて無いほどに怒り狂ったのである。


「そうだったわね、ごめんなさい。このところ昔を思い出すことが多くって」

「奇遇だな、俺もちょうど色々と思い出していたところだ」

「そうなのね、例えばどんな?」

「俺達の結婚式でランデル殿とエドワードが大泣きしていたこと」

「男泣き、と言うのかしらね。お父様は分かるけれど、お兄様までなんて、おかげで私も泣いてしまったわ」

「エドワードとレティシャの子が、両親よりお前に懐いて文句を言ってきたこと」

「あったわねぇそんなことも。お兄様がまだ家督を継いで間もなくて忙しかったから、二人の代わりに私達がショーンの面倒を見ていたからよね」

「孤児院から引き取った双子が、初めて俺達のことを親と呼んだ日のこと」

「コリンもアンナも立派に育ったわ。慣れない環境で大変だったでしょうに、ちゃんと貴族として成長してくれた」

「隠居したアダム殿が孫につきっきりでデレデレしていたこと」

「厳格な貴族だったのにねぇ。あんまりにも甘やかすから、お兄様達が接触禁止令を出そうとしていたのよね」


 本当に楽しい日々だった。私が生きてきた中でもっとも輝きに満ちた日々だった。しかしそれも間もなく終わる。


「お父様もお母様も、お兄様もレティもアダム様も、みんな逝ってしまった。けれど私には、あなたがいてくれた。だから寂しくないのよ。ずーっと、あなたという光が、私を照らしてくれていた」

「私もだよ。お前がいてくれたから、私は幸せを諦めずにいられた。お前が、いたからなんだ……!」

「ルクス、泣いているの?」


 覚悟はしていたはずだった。しかしそんなものは無意味だった。当然だ、最愛の彼女を失うというのに平気でいられる訳がなかった。


「分かっていたことだ!お前は死んで、俺は生き続ける、そんなこと分かっていたさ!それでも、悲しまずにはいられないんだ。お前のいない明日が、寂しくて仕方ないんだ!」


 とめどなく流れる涙が彼女の頬に落ちる。


「ああ、泣かないでルクス。雨が降っていたら、空から差す温かな光が見えなくなってしまうわ。どうか、いつものように優しく微笑んで」

「無理を言うなよ、阿保が」


 震える声で答えながら、どうにか涙を押しとどめる。

 

「それ、久しぶり聞いたわ。お兄様にはよく言っていたけど、私には全然言わなかったわね」

「お前はエドワードと違って賢い子だったからな。言う必要がなかったんだ」

「ちょっと羨ましかったのよ?お兄様に対しては昔っから全然遠慮がなくて、あなたと結ばれる前は嫉妬だってしていたんだから」

「それは初耳だな」

「誰にも言ってなかったもの。だって女性でもないお兄様に嫉妬しただなんて恥ずかしいじゃない」

「そうか」


 まさか別れを間近にして新たな発見があるとは思ってもみなかった。


「ねえルクス」

「うん?」

「あなたは昔言ったわ、世界はあなたを忘れていくって。でもね、例えそうだとしても、遺るものがきっとあるの」

「遺るもの……」

「私も、先に旅立って行ったみんなも、ショーンもコリンもアンナも、この家の家族みんな、あなたを愛してる。きっとその思いは、例え死が私達を分かとうとも、あなたの中に残り続ける」

「ああ、お前達のことを忘れたりなどしない。私もまたお前達を愛しているのだから」

「悲しくても、涙を拭って歩き出して。私達の愛が、きっとあなたを導く光になるから。あなたに雨は、似合わないわ」

「ああ、約束するよ。お前が愛した、私でいることを」

「ええ、これで、安心ね」


 セシリーの手から力が抜ける。ああ、よく知っている気配だ。何度も見てきた、命が終わる気配。


「セシリー、幸せだった。お前と過ごせて、お前達と共に生きれて、幸せだった」

「ええ、私も、きっとお兄様達も……」

「ああ、ああ、そうだろうとも!俺達はみなで、幸せになったんだ!ありがとう!愛している!」


 ありったけの感謝と愛を伝えた。あの世で彼女が温もりを思い出せるように。


「私も、愛してるわ、素敵なあなた」


 そう言い残して彼女はこの世を去った。私にたくさんのものを遺して。




「本当に、行ってしまうんだな」

「ああ、以前から決めていたことだ」


 セシリーの葬儀が終わった翌日、私はこの家に来た時のように背嚢を背負って屋敷の前にいた。違うのは、ここから去ろうとしていること。そして沢山の家族達と向き合っていること。みなすすり泣いたり、目を赤くしながら私を見ていた。別れは昨日済ませた。だから最後に語るのは一人だけ。


「叔母上がいなくなって、その上ルクスまで。寂しくなる、本当に」

「大した話じゃないさ。年寄りがいなくなる、それだけのことだ」


 そう、私が人間ならとっくに彼らとは別れていたはずだ。その時が少し遅れてやって来たというだけのこと。


「行き先は決めてるのか?」

「何も。まあ数十年ぶりの旅だ、まずは気の向くまま歩いてみるさ」

「そうか」

「ショーン、みなを頼む」

「ああ、あなた方先達から託されたもの、今度は俺が受け継ぐいでいくよ」


 真っ直ぐ射抜くように私を見る瞳はかつての友を彷彿とさせた。これでもう、思い残すことはない。


「じゃあな、達者で」


 これ以上は別れが辛くなると、背を向け歩き出す。

 

「ルクス!ルクス・フェルディナント!偉大なる先達よ!我らの家族よ!どうかその旅路の先が、幸福に満ちた未来であることを切に願う!」


 出会いはただの偶然だった。当て所なく彷徨うような旅の中、俺は運命と出会った。だからまた、旅に出よう。どこかの誰かと出会うために。


 

 

 





「随分大きくなったものだ」


 記憶にある姿よりも、はるかに大きくなった町並みを眺め独りごちた。


「まあ五百年も経てば変わりもするか」


 喧騒を掻き分け歩みを進める。


「しかし、変わったものもあれば、変わらぬものもある」


 かねてから中心地であった大通りの周りには、見覚えのある建物がいくつもあった。


「ねえ、待ってよお姉ちゃん!」

「待たないもーん!男の子なんだから追いついてごらんなさい!」

「あっ、お姉ちゃん前っ!」

「へっ、んぐっ!」

「おっと」


 感慨にふけっていたせいか、子供を避け損ねてしまった。勢いよくぶつかった少女は尻餅をつく。


「すまない、大丈夫か?」

「うん、へーき。こっちこそごめんなさい」


 素直に謝る少女に手を差し伸べてやる。

 

「ほら、立てるか?」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

「もーお姉ちゃん、前見ないと危ないよ!」

「分かったから、ちゃんと謝ったでしょ」

「もう、ごめんなさいお兄さん。お姉ちゃんが失礼しました」

「大丈夫、気にしていないさ」


 お転婆な姉に、しっかり者の弟。仲の良い姉弟なのだろう。


「お兄ちゃん、旅人さん?」

「そうだな、ついさっきこの町に着いたばかりだ」

「そうなんだ。じゃあこの町を、ルクセリアを楽しんで行ってね!」

「ルクセリア?」


 かつてはそんな名前ではなかったはずだが、いつの間にか変わってしまったのか。どうにも自分と似た名前というのは気恥ずかしい。


「光差す場所って意味なんだって」

「光差す場所、それはまた縁起のいい名前の町だな」

「でしょ?私達の自慢の生まれ故郷よ!」

「そうか、自分の生まれた場所を愛せるのはいいことだ」

「でも、本当はもっと違う意味があるって父さん達は言ってました」

「そうなのか?」


 いい由来だと思ったが、後付けの理由だったのか。


「本当かどうかも分からないおとぎ話みたいなんですけどね。僕達のご先祖さまに、すごく長生きな人がいたらしいんです。その人は旅に出てしまったみたいなんですけど、遠い未来にその人が帰って来た時に、ちゃんとこの町がその人の故郷だって分かるように名前を変えたんですって。その人の名前がルクスだったから、ルクセリア。ルクスのいる場所」


 ああ、セシリー、お前の言ったことは正しかった。遺るものはあったんだ。私が愛して、私を愛した者達の思いが、こうして未来に繋がった。


「わわっ、お兄ちゃん泣いてる!?やっぱりぶつかって痛かったの!?」

「もーお姉ちゃん!お姉ちゃんのせいだよ!」

「ご、ごめんなさい!えっと、ほら、痛いとこはさすってあげればいいってお母様が言ってた!」


 小さな姉弟が私に近づき触れてくる。二人が身に付けているものを見て思わず抱きしめた。


「どど、どうしたの!?そんなに痛いの!?辛いの!?」 

「いいや違う、違うよ。痛くなんてない、辛くなんてない、ただ少し、光が眩しかっただけだ」

「お兄さん?」

「ありがとう、本当に、ありがとう!」


 きょとんとした顔をした姉弟の首には、青い宝石と水晶が嵌め込まれた指輪がかかっていた。確かにこの町は、光差す場所だった。

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