5-1 襲撃
「皆様、お集まりいただき誠に感謝いたします。当家のエドワードとレティシャ・ローレンツ嬢の婚約を、これほど多くの方に祝福いただけること、幸甚の極みに存じます。今宵は二人の未来を皆様もどうか願い、楽しんでいただければと思います。私からの挨拶は以上とさせていただきます」
「私からも、皆様に感謝を。思えばこの両家の確執も長きに渡るものでした。しかし私達は共にこの国で、同じ方を主に戴く者。くだらぬ慣習を捨て去り、共に手を取り合う未来を選んだ二人の若者を、私は祝福したいと思います。皆様も是非、彼らの未来に思いを馳せていただければと、切に願います。それでは、皆様存分に楽しまれよ!」
そのような言葉で夜会は始まった。私はフェルディナント家の要人護衛として会場に参加していた。会場はフェルディナントの領都であるため、警備に当たるのは主にフェルディナントの兵団だ。そしてローレンツ家からは領主一家の護衛戦力が会場入りしている。
「ルクス殿」
「ロランか、そちらの様子はどうだ」
「変わりなく。こちらは、聞くまでもないですかな」
「流石にな。始まったばかりの上、話している相手が王家となればまだ動けまい」
ロランはレティシャ付きの騎士である。彼女がエドワードに会いに来るたびに彼も着いて来ており、私達も知らぬ仲ではなくなっていた。ロランは会場にいるローレンツ側の護衛戦力の頭である。レティシャ嬢曰く、ローレンツ家最強の名を欲しいままにしているようだ。そんな騎士がなぜ当主ではなく娘のお付きになっているのかと言えば、なんてことはない、単に娘が心配なだけであるという。
「こちらは数も少なく、それほどお役に立てそうもありません。かたじけない」
「仕方のない事だ、そう気にするな」
普段、指揮系統の異なる者同士では連携も難しい。必然彼らには独立した戦力として動いてもらうこととなった。
「それに少しでも数は多い方がいい。襲撃が来るのは確実だからな。誓いの儀が行われるまでに、必ず奴らは動く」
この夜会の大トリに控える誓いの儀。婚礼では神に愛を誓うが、この儀では神よりも先に王家へとある誓いを立てる。二人の愛と、両家の和解、そして変わらぬ王家への忠誠。そんな題目でアダム殿がでっちあげた儀礼だ。この誓いは王家に向けた絶対的なものとなる。もしも誓いを立てた後にエドワードとレティシャが死のうとも揺るがぬほどに。愛は個人として立てるものだが、両家の和解と王家への忠誠は家として立てるものだからだ。だからこそ反抗勢力にとって、この儀は絶対に阻止せねばならないものである。
「アダム様の差配とはいえ、レティシャの晴れ舞台にケチが付くのはやはり悔やまれます」
「それはきっとアダム殿本人が一番思っていることだろう。娘の婚約発表を餌に釣りをしようと言うのだから。今はただ、守ることだけを考えろ。ここでしくじれば未来はないぞ」
「そうですな。詮無いことを言いました」
「まあどうしても気になるならば、その分婚礼を派手にやってやればいいさ。今日はそのための前哨戦だ」
「なるほど、そう考えるとやる気も出ようというものです」
「ならばよし。引き続き警戒は厳に。仕掛けさせる機はこちらから作るが、それまでに先走る奴が出ないとも限らん。油断するなよ」
「無論!」
夜会は順調に予定を消化していく。あちらの勝利条件は誓いの儀を阻止すること。この衆人環視の中、警備や護衛を超えてエドワードとレティシャ嬢を始末しなければならない。難度は高いだろう。しかしこちらにもそれなりに達成すべき条件がある。来賓に怪我をさせないことだ。奴らも馬鹿ではないだろうから、標的以外の貴族を狙うことはしないだろうが、万が一ということもある。戦闘の余波でもしも大きな怪我でも負おうものなら儀礼などやっている場合ではなくなる。こういった会で起きたことは、主催者の責任となるからだ。
この会場にいる貴族全員の安全を確保しながら刺客を撃退するのは並大抵のことではないだろう。故に一計を案じた。最初はエドワードのレティシャの警護を一部の隙もないものとする。奴らは手を出せずに夜会が進むのを見ているしかできない。しかしいずれ必ず動かなければならない。もしも破れかぶれになられてしまっては来賓の安全が非常に危うい。だからわざと隙を作り、そこを攻めさせることにした。両家の人間全員と王家が動く時、すなわち誓いの儀へと移行する段で警護の連携不備を装う。焦れに焦れた刺客はこの千載一遇の機会に賭けざるを得ないだろう。そこを一網打尽にすることで極力被害を抑える。
頭の中で段取りを確認しながら、警護を続ける。そしてついに、その時がやって来た。
「ではこれより誓いの儀へと移らせていただきます。両家の関係者はこちらへ。王家の方々は壇上へお越しください」
貴族達の間でざわめきが広がる。フェルディナントとローレンツ、長きに渡る確執がいよいよ解かれる時が来たかと。王家が壇上に上がり、両家の人間は檀下の両脇に控える。その間をエドワードとレティシャが通ろうとした時、奴らは動き出した。
人々の間から、天井から、柱の影から、窓の外から、一斉に資格が侵入してきた。
「アラン!お前達は壇上の方々を!」
「承知!」
この場で最も傷つけてはいけない者の警護を投げる。
「お前達、気張れよ!ここが正念場だ!」
フェルディナントの私兵達に発破をかけながら前に出る。派手な魔法は使えない。その余波がどこに及ぶかも分からないからだ。それでも、やらせはしないと胸の内で気炎を上げる。切り結び、殴り倒し、一人、また一人と刺客を打ち倒していく。
「これで、最後……じゃ、ないみたいだな」
第二波が会場に侵入して来た。恐らく奴らも、こうした力押しになる場合に備えていたのだろう。そして俺達の意識が中に向いたこの時に、外に待機させていた戦力を投入してきた。この分だと第三波、四波の存在も疑った方がいいだろう。
「上等だっ」
何人来ようと関係ない。俺達の役目はただ一つ、守り抜くことだ。
それからはただ無心に戦った。疲労で重くなる腕で剣を振るい、倒れた味方の穴を埋めるために奔走し、そしてついに残るは一人。
「今度こそ、最後だ!」
振り下ろした剣が刺客を切り裂くのを感じながら、ようやく終わりが訪れた……と思った瞬間である。倒れていた刺客達、その中の数人が突如動き出した。これもまた奴らの作戦だったのだろう。兵法の基本だ。人間、勝ったと思った時が一番油断しやすい。対応しきれずに突破を許してしまう。しかし焦りはなかった。なぜならば、そこには頼れる戦力がいるからだ。私が守る力を授けた弟子が、そこにいる。
「エドワード!」
「ああっ!」
礼服の下に隠し持っていた獲物を抜く。それはかつて授けた守護の短剣。守るための力の象徴だ。
「絶対に、やらせねえ!」
レティシャに向かって振り下ろされた剣を守護魔法で弾き返す。同時に横合いから狙ってきていた刺客の攻撃を短剣で捌き、すかさず切り返す。それに動揺して動きを止めた最後の一人。再び動こうとした時にはもう遅い。
「大人しく、沈め!」
対応していた刺客を倒し、追いついた私が意識を刈り取った。今度こそ終わりだと、安堵しながらエドワードを見る。
「守ったぜ」
「ああ、よくやった」
大切な人の未来を守れたと、胸に達成感が去来した。ここからが彼らにとっての始まりだと、そんなことを思った私はやはり、油断していたのだろう。気づけたのは奇跡に近い。視界の端に鈍色の光が映った瞬間、何も考えずに体が動いた。エドワードとレティシャ嬢を庇うように、彼らの前に出る。
仲間が倒され形勢が傾く中、来賓に紛れ最後の最後まで牙を隠し続けた。この瞬間こそ、奴らにとっての最大にして最後の機会だったのだ。
ざまあみろ、俺達の勝ちだ。
投擲手は優秀だった。飛来するナイフは狙いも正確だ。吸い込まれるようにレティシャ嬢の方に飛び、私の右胸に突き刺さった。
「ルクス!」
エドワードが吼え、下手人はすぐに兵に打ち倒された。
「おい、ルクス、ルクス!」
「騒ぐな、阿保が」
「だけど、お前!」
「俺のことなど、どうでもいい。それよりも、お前が今成すべきことを成せ。俺はそのために体を張ったんだ。お前の、お前達の未来のために」
胸の痛みを堪えながら、エドワードの背中を押す。愛すべき弟の背を。
「分かった……みんな、誓いの儀を始めよう」
「よいのか、ルクス殿」
「ああ、心配はいらないよランデル殿。私は魔法使い。こんな時のための魔法も使えるのでね。後のことは、お任せする」
「ええ、確かに、任されました」
痛いのは嫌いだが、体が動いてしまったのだから仕方ない。随分とアイツに入れ込んだものだと思いながら、その場を立ち去ろうとする。損傷は大したことない。肺に到達しているが、身体の再生が進み出血はほぼ止まっている。どこかでナイフを抜いて完全に再生させればいいだろう。
「ルクス、ついて行くわ」
「来なくていい。お前もフェルディナント家の一員だろう」
「いいえ、絶対について行くわ。私がいなくても儀礼は進められる。いいわよね、お父様」
「ああ、好きにしなさい」
「そういうことよ」
まったく、押しの強い娘だ。これはいよいよ、向き合うべき時が来たのかもしれない。




