75話
フィーザー達が進む、道と言ってもいいのだろうか、ボールスの体内であることは事実であり、その通路は規則正しく振動していた。
心臓の律動のためか、もしくは心臓を代替する器官が働いているのかは分からなかったが、最も魔力の濃い地点を目指して歩いていた。
「正直、あまり意味があるとは思えんがな」
周囲の器官を壊し、切り裂きながら歩くレドによって広げられ、わずかに歩きやすくなったところをフィーザー達が歩く。
それらの器官はフィーザー達の侵入を拒むような動きを見せていたが、免疫機能のようなものだと考えればなんとなくの説明は付く。
レドが斬り開いて道を作っているのは、レドやフィーザーはそれほどまでには気にしたりしないが、セレスティアやフィーナは、口で何と言おうとも、おそらくは心の片隅で嫌悪感を抱いているだろうと推察したためだ。
もちろん、道幅を広めるためだけにやっていることではなく、そうすることで何らかのダメージ、もしくは彼らにとって都合の良い、ボールスにとっては歓迎されない変化を望んでの事ではあったが、今のところ目立った動きをしてきてはいなかった。
「それでも彼は元々、というよりもついさっきまでは普通の人間だったのよね。だったら、やっぱり、その名残というか、この身体を構成する最も重要なパーツがどこかにあると思うわ」
セレスティアが言っているのは脳や心臓の事だ。
心臓と脳、どちらか、或いは両方を潰せば、人間ならばほぼ確実に死に至る。子供でも知っている、常識以前の、問題にすらならないことだ。
もちろん、ボールスが変化の過程でそれらがなくなっているというのならば話は違ってくるのだが。
「もしかしたら、ミルファディアに順応していて、核のような部位があるかもしれないけどね」
フィーザーはミルファディアへと足を踏み入れてからこの建物に辿り着くまでに―—もっとも、建物は崩れてしまっているかもしれないが―—遭遇してきた怪物、魔物と呼んで差し支えないだろう彼らの事を思い返していた。
こちらへ来てから摂取した魚や動物―—もしくは魔物―—らしきものたちは、心臓と思われる部位の他に、その魔物を構成する中心であるような器官を持っていて、それを破壊すると魔力が抜けていった。
おそらくは、取り込んだ魔力を溜めておくための器官だったのだろう。
魔力が残っているままでは、どのような副作用があるのかも分からなかったし、食べるわけには勿論いかなかった。
もしかしたら、ボールスも同じように変化を遂げているかもしれない。
その場合、元々人間だった時に必要だった心臓と、この姿になってから獲得したかもしれない器官、両方ともどうにかしなければならない可能性もある。
もちろん、殺してしまうわけにはいかないので、最低でも心臓はどうにか残して元の姿に戻すなどの方法をとる必要があるかもしれないが。
「もうすぐ、この先から強い魔力を感じます」
フィーナの指さす方向をレドが見据える。フィーザーとセレスティアは、フィーナに言われるまでもなく、その魔力に気がついていた。
気づかされていた、と言う方がこの場合は正しいのかもしれない。
「分かった。この先だな」
「待ちなさい」
早速踏み込もうとしたレドの肩をセレスティアが捕まえる。
「何故止めるんだ、セレス。それこそが目的ではなかったのか?」
セレスティアは小さなため息をつくと、子供に言い聞かせるように指を立てた。
「どうしてあなたはそう無策で突っ込もうとするの。私たちの身体だって、異物が侵入すれば免疫が働いて排除しようとするでしょ。ましてやここは未知の空間なのよ? もっと慎重に様子を見ながら進むべきよ」
フィーザー達は一丸となって、恐る恐る壁の向こう側へと顔を覗かせる。
そこには、赤く脈打つ巨大なボールのような、繭のような器官が、大事そうに保護されていた。
「あそこから最も強い魔力が感じられます」
フィーナの言う通り、フィーザーとセレスティアは、今まで感じていた魔力をぎゅっと凝縮したような濃い気配を真っ赤な脈打つ球から感じていた。
フィーザー達は顔を見合わせると、代表してフィーザーが魔力弾を飛ばして様子を窺った。
様子を見つめるフィーザー達の前で、魔力弾は何か見えない壁にぶつかったかのように弾けて消えた。
「やっぱり、あそこが本体、いえ、最重要器官なのは間違いなさそうね」
セレスティアは予想通りと言う顔で頷いた。
「今弾けたのはなんだ?」
「多分障壁、それも特別強固なバリアかシールドで守られているんだろうね」
「それなら、何故攻撃したんだ? 俺には分からん感覚だが、魔法師には魔法が感知出来るんじゃないのか?」
「ええ、そうよ。私達、魔法師は魔法を感知できる。けれど、ここはボールスと呼ばれていた男の体内で」
セレスティアが顔をしかめながら先を続ける。
「そこら中がその彼の魔力で溢れているから」
ボールスの卓越した魔法の技術力により、貼られていたシールドは周りの魔力とほとんど完璧に同化されていて、たしかめてみるまではフィーザーやセレスティア、そしてフィーナでさえもはっきりとは分かっていなかったのだ。
「でもあることが分かれば」
セレスティアがフィーナの方へと顔を向ける。
「分かっています。私の出来ることですから」
フィーナが、魔力を吸収するべく目を閉じるのと同時に、フィーザーとセレスティアは魔法を使うのを止める。
もちろん、フィーナの邪魔にならないようにである。
「危ない!」
そのタイミングを見計らったかのように後方から矢のように飛んできた剣を、レドが刀で弾き飛ばす。 フィーザーは瞬時に障壁を再構築し、セレスティアも油断なく辺りを見回す。
「今のを叩き落すとは、魔法師でないにもかかわらず中々のものだ」
フィーザー達の背後には、大きくなる前の、変化する前のボールスが静かな、そして不気味な笑顔を浮かべて立っていた。




