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76話

 フィーザー達は反射的に今まで立っていた場所から後方へと飛びのいた。

 

「お前達が私の身体の中へ入り込んだ時点でここまで辿り着くだろうことは予測していた。仮にも私の同志たちを破ってきたお前達だ。その程度の事は出来て当然だろう」


 ボールスはマントを翻し、手を大きく広げて構えをとった。

 瞬間、ボールスから感じられる圧力が増し、切るのが面倒くさかったからという理由で伸ばしていそうだった髪が一気に逆立った。

 マントが風に広げられてたなびく中で、ボールスの両目が静かに開かれた。


「先に言っておこう。たしかにお前たちが今攻撃を加えようとしたこれは、私のこの身体を支える核となる部分であり、これがなくなれば私は自然と形を保つことが出来なくなり、やがて消え去ってしまうことだろう」


 自分の弱点を話しながら、ボールスからは微塵も焦る様子が感じられず、むしろ余裕すら窺えた。


「ふん。それならさっさとそれを片付けてしまおう。いつまでもお前の身体の中に居るのは気分が悪いからな」


 言うが早いか、レドが即座に切りかかる。一投足すらもない間合いを詰めるのは、レドにとって造作もないことで、振り返りながら手にした剣を一閃する。ただそれだけの事であるはずだった。

 しかし、それは叶わない。

 レドの振るった刀は、いつの間にやらフィーザー達の背後、核の前へと移動してきていたボールスによって掴まれていた。


「何!」


 さすがのレドも、そしてフィーザーとセレスティアも驚きを隠すことは出来なかった。

 レドの刀を掴んだことに対してではない。

 大規模な魔法を展開した気配はなく、まるで転移したかのように、今まで目の前にいたボールスが自分たちの背後に現れたのだからそれも当然の反応だろう。

 通常、転移の魔法にはそれなりの人員と時間が必要であり、個人が魔法を発動する兆候も見せずに易々と使える物ではない。だからこそヴィストラントのインフラは整備されているのであり、もしも転移の魔法がもっと一般的であったのならば、おそらくはリニアが発展することはなかっただろう。それは大陸においても同じである。 


「何を驚くことがある」


 しかし、ボールスは淡々とした口調で、特に感動もせずに告げる。


「ここは私の体内だぞ。この程度の事は造作もない」


 次の瞬間には、フィーザー達の目の前にボールスが出現していた。

 ボールスが自己強化魔法によって強化された腕を振るう。単純な砲撃や斬撃ならばフィーナに吸収されてしまうし、何より下手をすれば自身を傷つけることにもなりかねない。


「くうぅ!」


 いきなり目の前で振るわれた攻撃に対して防御できたのは流石と言えよう。

 フィーザーやセレスティアは、ボールスの体内に入ってから、いつでも防御魔法を展開できるように準備をしているが、レドはそうではない。

 ボールスという、明らかに自分たちよりも格上であろう敵を目の前にしてレドの心配までをしている余裕はフィーザー達にはなかったし、おそらくはレドならば大丈夫だろうという、一種の油断と言えなくもない安心感も相まって、こうしてボールスと相対してからはレドを防御魔法の範囲から外してしまっていた。


「レド!」


「こっちに構うんじゃない! そんな暇があるなら、隙を探して奴の防御をすり抜けることを考えろ!」


 心配して反射的に駆け寄ろうとしたセレスティアをレドの声が窘める。 

 ここは戦場。一手の違いが自身を破滅へと導く。そのことをレドはしっかりと認識していた。

 レドは刀を横倒しにして構えをとる。そうすることで、自身の眼は前方を、そして刀身の反射を利用することにより自身の背後を映し出した。

 常に態勢を入れ替えることにより、自身の影が映りこむことによってできる死角の位置を変化させ続ける。

 ボールスの姿はいつの間にやら周りと同化しており、ここがボールスの体内だということを考えれば当たり前なのかもしれないが、攻撃の初動に反応してから声を掛けるのはかなり難しくなっている。


「フィーナ」


 フィーザーは油断なく辺りを見回し、全周防護壁を展開しながらフィーナに囁きかける。


「フィーナが他の一切を気にせず集中すれば、彼の魔力を吸収しつくすことは可能かな?」


 フィーナは目を瞑り、考え込むような素振りを見せてから頷いた。


「‥‥‥おそらくは出来ると思います。ですが、結局、あの核と思われる部分に辿り着くにはその前の防御壁を突破しなくてはなりませんし、どうしても一瞬で、というわけにはいきません」


 障壁を再び作り出すのは、一瞬でというわけにはいかないだろうが、この領域から感じられる魔力を考えると、吸収してしまうにしても、どうしても時間はかかってしまう。

 無論、吸収している間、フィーナは魔法を発することが出来ないので、文字通り相手の懐の中で無防備となってしまう。

 フィーナが危惧しているのは自身が無防備な状態を晒すことではなかった。

 おそらく、その間自分を守ると言うであろうフィーザー達に負担を強いることになってしまうことを心配していた。


「だったら、その間は私たちが全力でフィーナをサポートするわ」


 案の定、セレスティアはそのつもりであった。

 上手くフィーザーの障壁に自身の障壁を重ね合わせることで入ってきたセレスティアが、フィーザーに背中を向けながら光の矢を放つことでボールスを牽制する。


「一応、ここでも障壁はきちんと機能しているし、攻撃することを考えずに守りに徹すればなんとかなる、と思う」


 フィーザーの瞳に強い意志を感じとり、フィーナは、体感としては長く、一瞬の後、躊躇いなく決断する。フィーザー達の決意に水を差すつもりはなかったし、自分に出来ること、自分にしか出来ないことがあるのだから、それに集中しようと考えた。


「分かりました。私の出来ることをやります」


「うん」


 フィーザー達はフィーナを囲う様にほとんど隙間なく身を寄せ合い、一歩ずつ慎重に核へと近づく。

 全体飛行の魔法では、フィーナが障壁を吸収するときにおそらく一緒に吸収されてしまうだろうし、障壁と違い一点に集中してかけるということは出来ず、性質上身体全体を覆う様にかけなくてはならないため、吸収されずに飛び続ける自信がなかった。


「ほう。本当にできるか、試してみると良い」


 ボールスは未だ余裕のある態度を崩さず、その前に全滅させる気であることは明白だった。


「ゆきます」


 フィーナの障壁が解除される。

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