64話
建物の中へと突入したフィーザー達はボールスの元へと向かって全力で走った。
ボールスは、自身の居場所を隠すようなことはすでにしておらず、溢れる魔力の元を辿るだけで、容易くフィーザー達は居場所を特定した。
ボールスの命を受けているのか、向かっている最中は彼の部下と交戦することとなったが、全く問題にはならなかった。
ボールスの部下と言うだけあって全員が魔法師ではあったが、先のリミウェルやウィリティア、ミルフルーリのような強さを感じることはなく、魔法による攻撃のほとんどはフィーナによって吸収され、それがフィーザーやセレスティア、フローラにプールされることで、ただ大気の中から変換される以上の魔力を得られていたフィーザー達にとって、相手になるような者はいなかった。
「この先です。今までとは明らかに魔力の質が異なります」
最上階の一番奥の扉の前にフィーナが手をかざす。
フィーザーやフローラ、セレスティアにもそれは感じられていた。扉越しにも感じられる威圧感、何とも禍々しい嫌な感じは、彼らの感覚に絶対に交戦するべきではないと訴えかけていた。
「準備は出来てる?」
頭の中に鳴り響く警鐘を無視して戦闘に立つフィーザーが振り返る。
こちらの会話、気配は掴んでいるだろうに全く仕掛けてくる様子ではないのは、すでにフィーザー達に興味がないのか、それとも準備万端整えて待ち構えているからであろうか。
いずれにせよ、ここまで来た以上、引き返して逃げ帰るなどという選択肢は、フィーザー達の中には存在しなかった。
もちろんだという全員の頷きを確認したフィーザーが、代表して扉に手をかける。
いざ、と手をかけたところで、隣にもう1人の手が添えられる。
「フィーナ、大丈夫?」
重厚そうな扉を前に、フィーナの細い腕では大変そうに見えていたが、フィーナは大丈夫ですと微笑んでみせた。
「一緒にやりましょう、フィーザー」
「そうだね」
中から何が出てきても対処できるように、ディオスやレド、セレスティア達は、フィーザー達の後ろで頷きあうと、緊張した、真剣な面持ちで、セレスティアがバリアを形成し、レドはメルルとフローラを背中に隠し、ディオスは腕のブラスターを構えた。
「誰も来る様子はないよ、お兄ちゃん」
「よし、行こう!」
「はい」
後方、今まで来た方を確認していたフローラの合図を受けて、頷きあったフィーザーとフィーナは同時に扉に力をかける。
もちろん、力といっても筋力で開くわけではなく、魔力をかけている。
2人が魔力を揃えたことで、扉は左右同時に音もたてずに開いていった。
「何の用だ」
何もない、ただ広いだけの部屋の中心に立ち、吹き抜けのミルファディアの空を見上げているボールスは、振り向くことすらせずに告げる。
「言ってあっただろう。私はこれから忙しくなると」
「あなたをを止めに来ました」
フィーザーが宣言したことでボールスはようやく扉の方へと頭だけ振り向いた。どうやらここまで来るのは自分の部下だけだと思っていたらしく、わずかに眉を動かした。
「これは驚いた。まさかここまで追ってくるとは」
ほとんど感情の籠っていない声で告げたボールスは完全に身体ごとフィーザー達の方へと向き直った。
「私と同じように魔法の、魔力の探求のためにここまで来たという感じではなさそうだな」
「俺達がここへ来た目的は今しがたフィーザーが告げたばかりだが、もしかして耳が悪くて聞こえなかったのか?」
ボールスの瞳には何の感情も映ってはおらず、ただフィーザー達を眺めているだけであった。観察だとか、そういった類の視線でもない、本当にただ目に映しているだけだ。
「私を止める‥‥‥? その必要性がお前たちにあるのか? すでに私の目的が達せられた以上、その娘にも、お前たちの世界にも私は興味はない。お前たちに干渉することももはやないだろう。誰にしても、私と争う理由はないように思えるが?」
フィーザーは硬く握り絞めていた拳をほどくと、1つ深呼吸をしてから静かに告げる。
「あなたは、すでにフィーナに用がないとおっしゃられますが、その根拠は何処にあるのでしょうか?」
「私の言葉が信じられないと?」
「ええ、信じられません」
フィーザーははっきりと宣言する。
「あなたは目的を達成されたとおっしゃられましたが、こんなくだらない理由のためにフィーナを利用したあなたが、この先にフィーナを欲しないという確証はありませんし、少なくとも僕は信じられません」
「くだらないだと? 魔法師たるお前がこの場所に何の価値も見いだせないと?」
たしかにフィーザーにとっては、おそらくはヴィストラント、ストーリアに限っても、魔法師であればこのミルファディアの地に何も感じないということはないだろう。
ほとんどの魔法師にとっては魅力的な地であることは間違いがないだろうし、知れば1度は見てみたい、来てみたいという人は大勢いるだろう。
しかし、フィーザーはきっぱりと言ってのける。
「何の価値も見いだせないということはありません。ですが、フィーナを危険な目に合わせてまで、どうしても開かなくてはならなかった道だとは僕には到底思えません」
これから先、同じような扉の存在に突き当たった場合に、彼が再びフィーナを利用しようと思わないという確証はない。既に前例が出来てしまっている以上、ボールスが何と言おうとも、フィーザー達を納得させることは出来ないだろう。
「まだ若いお前達には―—」
「他にもある」
ボールスの言葉を遮ってディオスが口を挟む。
「魔法師でもないお前に何が―—」
「俺達がこちらへ辿り着いた直後、あの扉をくぐって怪物がヴィストラントへと侵攻しようとしていた。既に扉は閉じられたために大事には至らなかったが、俺たちの生活をこれから先脅かすかもしれないお前を倒し、後顧の憂いを絶つ」
ディオスにとってメルルの身の安全は何においても優先事項である。
あのような怪物がいつこちらから出てくるかもしれない日常など、到底容認できるものではなかった。当然、ボールスを信用する気もない。
「フィーザー達を言い訳に使うわけではないが、友人が困っていたのならば、いや友人に限ったことではないが、それだけで理由は十分だ」
セレスティアの前に出たレドの横に、セレスティアが並び出る。
「セレス、お前―—」
「レド。あなたに心配されるほど、私はやわじゃないわ。私は大丈夫だから」
フローラとメルルは、セレスティアと同じように自分も前に出るようなことはしない。これから始まるであろう戦いに、自分たちが邪魔にしかならないだろうことは、フローラと、わずかにでも魔法、魔力について学び始めたメルルには分かり過ぎるくらいに分かっていた。
「まったく理解できんな」
そんなフィーザー達の様子を見て、ボールスが肩をすくめて、ため息を吐くような仕草をする。
「お前達にはもはや興味などなかったのだが、私の邪魔をするというのであれば、振り払うくらいはするぞ?」
一層強まったボールスの気配がフィーザー達にぶつけられる。




