65話
直後、いつ踏み込んだのかも分からないような速さで間合いを詰めたレドは、至近距離からボールスの顔面を目がけて拳を突き出した。
対するボールスは、マントを靡かせることすらなく、瞬時に全周防護壁を展開、その勢いだけでレドの突撃をあっさりとはじき返した。その見切りは完璧であり、元来、戦士ではないフィーナが咄嗟に魔力を吸収する隙はなかった。
魔法は、武術や機械的な攻撃、ビーム兵器などに完全な耐性を持っているわけでも、確実にプラズマシールドを突破することの出来る破壊力を有しているわけでもない。それは、この部屋に辿り着くまでにもボールスの部下と思われる者は何人もいたが、その彼らに対してレドやディオスの攻撃が有効であったことからも分かる。
しかし、確実にいつも通用するのかと言われれば、そういうわけでもない。
レドの拳は、ボールスの展開した防護壁を突破することは叶わず、逆にバインドシールドによって捕らえられる。
レドがそのバインドを打ち砕くよりも速く、ボールスの放った無数の魔力弾がレドを目がけて殺到する。それらはレドに着弾する直前、フィーザーとセレスティアが構築した、レドの身体を覆う様な格好のシールドによって防がれた。
無論、フィーザーかセレスティア、どちらか片方だけのシールドであれば容易く突破されていたことだろうが、2人分の、更に、わずかに遅れて構築されたフローラのシールドと、フィーナが力を合わせることによって、完全に攻撃を防ぐことに成功していた。
「ほう」
その様子を見てボールスが感心したようなつぶやきを漏らす。
次の瞬間には、すでにレドはバインドを破壊して後方へと宙返りすることによってその場を離脱することに成功していた。バインドシールドによって突撃の勢いはすでに失われており、その場の踏み込みにより攻撃をねじ込むことでもダメージを与えることは可能だろうが、それよりも次の攻撃へと移る準備をした方が賢明だと判断したためと、もう1つ、後方から聞こえてきた声によるためだ。
「下がっていろ、レド」
ディオスの声と、わずかに漏れるチャージ音により、タイミングを合わせてレドが動く。意味は薄くとも、ギリギリまで死角を作っていようという考えからである。
レドが離脱する、その直後に出来たかもしれないわずかな隙に、ディオスが光学兵器及びブラスターによって攻撃を仕掛ける。
今はまだ自分が動けているため無事でいるが、万が一、メルルに危険が及ぶかもしれないということを考えると、早めに倒してしまうことが得策であるとディオスは考えていた。
「児戯だな」
至近距離から放たれたその攻撃を、ボールスは、先程、建物の前で見せたように、自身を霞へと変えることにより躱した。
「私にそのようなちゃちな子供だましなど通用しない」
「それはどうでしょうか」
戦っていた者が全員、声のした方へと振り向く。絶好の攻撃する機会であったが、誰もしようとはせず、その声に耳を傾けていた。
「本当に通用しないのであれば、あなたが兄様の攻撃を躱す必要はないはずです。その、自分の身体を霞のように変えている魔法にも魔力は消費しているのでしょう? もし本当にあなたが無駄に魔法を使っているのであれば、いずれこちらの有利になることには変わり有りませんけれど、そのような考え方は合理的とは言えません。つまり、あなたには兄様の攻撃を躱すだけの理由があるのです」
「なかなか面白い考えだ。証明してみたまえ」
ボールスの指先がメルルへと向けられる。
その先から放たれた、おそらくは破壊力を有すると思われた光線は、メルルの前に立ちふさがったディオスが展開するプラズマシールドと電磁フィールドによって霧散させられた。
「貴様‥‥‥」
表情にこそほとんど変化は表れていないものの、ディオスは完全にキレていた。
「闘っている俺達ではなく、メルルにまで攻撃を加えるとは‥‥‥許さん」
「では、その娘は戦ってはいなかったと? 戦う術は何も武力だけではないだろう。戦略も、戦術も、思考、観察、その他戦場におけるすべてが戦いだとは思わないのかね?」
それこそ侮辱であると、ボールスは鋭い視線をディオスへ向ける。
しかし、その程度で揺らぐような精神をディオスは持ち合わせていなかった。
なんと言われようとも、メルルが危険に晒されたことは事実であり、ディオスにとっては到底許すことの出来る問題ではなかった。
「お前の語るような、そんな一般論などお呼びじゃない。重要なのはメルルの命と心の平穏だ」
ディオスは自身の義体にかけていたリミッターを完全に解除する。
「兄様!」
ディオスに起こった変化により、それを理解したメルルから悲鳴のような声が漏れる。
リミッターとは出力を押さえるものであり、ディオスが力を出し過ぎてしまわないようにするためのものだ。
自律神経を支配するリミッターの解除により、今までの倍どころではないエネルギーがディオスの身体に満ち溢れる。
「長くはもたない」
主語が省かれていたにも関わらず、フィーザーとレドはディオスが自分たちに言っているのだと正しく理解していた。
ディオスの身体に蓄えることの出来るエネルギーの総量では、今のところ、あの力を長い間解放することが不可能なのだろう。
現在ですら、楽観的に考えて拮抗している状況で、ディオスの戦力がなくなればどうなるか、フィーザーとレドだけではなく、セレスティアも、メルルも、フローラも、そしてフィーナも理解していた。
フィーザー達はフィーナを中心に囲う様に集まると、ディオスを先頭に、ボールスへ向かって行く。




