36話
明日に備えて早く寝なくちゃ、とフローラが言い出したのは、真夜中近くになってから、興奮冷めやらぬといった感じで、フィーザーやフィーナと一緒にトランプをしたり、人生ゲームをしたり、大分はしゃいだ様子でフィーナと一緒にお風呂に入ったりした後だった。
すでに早いとは言えない時間だったが、目が覚めてしまって眠れないなどと言っていたフローラも、目覚ましをしっかりとセットしてベッドに入るなり、すぐに静かな寝息を立て始めた。
「父さんと母さんも、降誕祭くらいは帰って来られれば良かったんだけどな」
フィーザーは大陸について、地図でしか見たことはなかったが、ヴィストラントなど比べ物にならないほど広大だということは知っている。
両親が大陸の方で何をしているのか、実はフィーザーもフローラも詳しいことは知らなかった。以前聞いてみたこともあったのだが、何となくはぐらかされていた。それでも、兄妹がメールをすればすぐに返事はあるし、たまに、いや、稀に帰ってくるときには揃って出かけるくらいには家族仲は良好だった。
「気にしても仕方ないな。向こうは向こうで元気にやっているみたいだし」
写真が送られてくることはなかったが、今日も明日からの降誕祭について短く書かれたメールが送られてきていた。大陸、ストーリアでも地域によっては、特にヴィストラントからほど近い地域では同じ時期に降誕祭が行われる。それでも観光客が訪れるのは、催しに差異があるからだろう。
そして、そのことに書かれたメールが送られてきているということは、兄妹の両親はヴィストラント寄りの地域にいるのだろう。フィーザーは地図でも確認しようかと思ったが、またでいいやと思い直し、開く前に端末の電源を切る。
「‥‥‥フィーザー、まだ起きていますか?」
躊躇いがちに部屋のドアがノックされる。
「大丈夫だよ」
今寝ようと思っていたところだったけど、などと余計なことは言わずに、フィーザーは歩いていって扉を開く。
「遅くにすみません」
白と薄青色のストライプの寝間着を着たフィーナを部屋に招き入れ、電気をつける。フィーナの目が眩しそうに細められた。
「あ、ごめん」
「いえ、こちらへ押しかけてしまったのは私ですから‥‥‥」
フィーザーはフィーナにベッドの縁に腰かけるように促すと、自分は机の前の椅子に座った。
話があるのだろうと思って、話し始めるのを待っていたのだが、フィーナは一向に口開こうとはしなかった。
同じ部屋にいると、妙に意識してしまい、ほのかなシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。一緒に住むようになって、フィーナと出会ってからもう半年ほど経つのに、一向に慣れない。
(‥‥‥って、慣れたら大変だろ、僕は何を考えているんだ)
フィーザーが誤魔化すように首を振っていると、フィーナは不思議そうに首を傾げ、その仕草がまた色っぽく見えて、フィーザーは挙動不審になりそうだった。
「何か話があるんじゃないの?」
先程まで一緒にいたのに話していなかった理由は分からないが、流石にフィーザーも何の理由もなくフィーナが夜中に押しかけてきてくれるなどと考えるほど自惚れてはいない。
フィーザーがじっとフィーナの瞳を見つめていると、フィーナは躊躇いがちに口を開いた。
「‥‥‥実は、先程から、お風呂をいただいていた時からでしょうか、何か嫌な気配を感じるんです」
お風呂、と聞いて、具体的な想像をしてしまいそうになったフィーザーだったが、今はそれどころではないと話の続きを促す。
「それは、まさか覗きじゃないよね」
フィーナが瞬きをした後、若干身体を引いたことに、自分もそういう事をするように思われていたのかと、フィーザーは軽いショックを覚えた。
「違うんです、その、フィーザーがとかではなくて‥‥‥」
フィーナに何故か困ったようにフォローを入れられる。共に年頃の男女としては普通の反応かもしれない。
(そりゃ、興味がないと言ったら嘘になるけど‥‥‥、って、そうじゃなくて!)
「連中、この言い方は良いのかな? とにかく、彼らの気配が感じられるの?」
もしそれが事実ならば、かなりの成果だ。今まではどうしても受け身ばかりだったが、こちらから向かうことが出来れば、問題の解決は早まるかもしれない。
「分かりません。漠然としたものなので‥‥‥すみません」
「謝ることじゃないよ」
フィーザーも念のため、自宅を中心に索敵魔法を使用する。
(今のところ、明らかにこちらに向けられている敵意はないみたいだけど、きっと、フィーナの感覚の方が正しいからな)
こういう時、他人からは分からないが、本人が感じることで本人に影響がある事というのは、得てして当たるものだ。以前、予知の授業を履修していた時の教師も、そのような内容の事を話していたような記憶があった。
予知に関しては、例えば教会のシスターのお告げなどにも近いものがあり、しっかりと時間をかけて学ぶか、もしくはかなりの適性があれば、それなりに精度の高い結果を得ることが出来るのだが、あいにく、フィーザーは普通の人よりも少し出来る程度でしかなかった。
フィーナが感じているという不安の正体はフィーザーには分からない。しかし、それが嘘だとは思わなかった。
謝りながら目を伏せてしまっていたフィーナは、思い詰めたような表情でフィーザーの顔を再度見上げた。
「それで、あの、で、できたら、一緒に、眠ってくれませんか」
上目遣いに、年頃の美少女に、顔を真っ赤にしてお願いされて、断れるような思春期の男子は、少なくともフィーザーには当てはまらなかった。
フローラと一緒じゃなかったの、とか、そういった当然用意するべき質問すら出来ないほど、フィーザーの思考回路は一杯一杯だった。
気がついたときには、同じベッド、同じ布団で、隣にいるフィーナと枕を半分にしていた。
当然、一人用のベッドに2人で入っているわけで、2人の身体はこれ以上ないほどに密着している。
パジャマ越しとはいえ、フィーナの柔らかいものが押し付けられて、普段分からずとも、確実にあるのだと、まさに実感させられていた。
甘い香りに包まれて、緊張からすっかり目が冴えてしまったフィーザーは眠るどころではない。
結局、朝まで眠ることが出来なかったフィーザーは、一晩中、フローラに対する言い訳と、上手いこと追及を躱す手立てを考えていた。




