37話
フィーザーが昨夜の後片付けを済ませて朝食の準備をしていると、眠たそうな目を擦りながらフローラがリビングに入ってきた。
「おはよう、お兄ちゃん」
学院は休みなので制服ではない。生誕祭用の衣装をまだ着ていないのは、これからフィーナと一緒に楽しく着替えようと思っているからなのだろう。
そのフローラの視線がフィーナを探して部屋の中を彷徨う。
「フィーナはまだ起きてきてないのかな‥‥‥」
フィーナを部屋に呼びに行こうとする妹を慌てて引き留め、洗面所へと促す。
「きっと、もうすぐ来るんじゃないかな。すぐ朝食になるから顔を洗っておいで」
フィーザーがフローラと一緒に朝食をテーブルに並べていると、同じく眠そうな目をしたフィーナがやってきた。やはりまだ着替えてはいない。
光り輝く銀髪は全く乱れてはいない。長いまつ毛のルビーのような真っ赤な瞳も充血していたり、隈が出来ているようなことはない。どうやらちゃんと眠れたみたいだとフィーザーが安心して胸を撫で下ろしていると、おもむろにフィーナは爆弾を投下した。
「おはようございます、フィーザー、フィーナ。フィーザー、昨夜はありがとうございました」
「昨日の夜どうかしたの?」
「はい。私が眠れないでいたのを、フィーザーが優しく受け入れてくれました」
フィーナが少し頬を染めて、うっとりとした表情で胸の前で手を組むと、フローラが運んでいた朝食の入った皿が零れ落ちる。
「危ない!」
フィーザーは咄嗟に皿を宙に浮かせて、中身がこぼれていないことにほっと溜息をつく。
フローラはフィーナに駆け寄ると、ペタペタとフィーナの身体を触り、真剣な表情でフィーナの顔を正面から覗き込んだ。
「昨日、あの後お兄ちゃんと一緒にいたの?」
「はい。それがどうかしましたか?」
「何もなかった?」
フローラの勢いに、驚いた様子でフィーナが半歩後ずさる。
「え、ええ。フローラ、少し顔が怖いです」
フローラはくるりと反転すると、朝食の乗った皿をテーブルに置き終えたフィーザーがキッチンに戻る前に服の裾を捕まえる。
「お兄ちゃん? どういうこと?」
「どうもこうも何もないよ。フィーナが少しばかり嫌な予感がするというから、その不安を取り除く力になれたらと思っただけだよ」
「年頃の男女が一晩一緒のベッドに入って何もないなんてことあるわけないでしょ」
必死に自制心を総動員して危うくも耐えきった兄に対してひどい言いようだった。もっとも、学院に入り友達が出来るこの年代の女の子にとっては、多分に興味をそそられる、しかも一つ屋根の下で暮らしている自身の家族の事なのだから、興味を持つなという方が無理な注文であった。
もちろん、フローラにフィーザーの苦労が分かるはずもなく、フィーナに責任を追及することは出来ない。
「本当に何もなかったんだってば。フィーナが嫌な感じがするっていうから仕方なく、ってこともないけど、とにかく、僕たちは潔白だから」
フローラはしばらく兄の目を見つめていたが、やがて小さくため息をつくと椅子をひいた。
「ヘタレ」
「結局どっちでも呆れるんじゃないか」
もちろん、何かあった場合の何かを言及することは出来ないのだが。
フローラに必死に弁明するフィーザーの様子を、フィーナが不思議そうに見つめていた。
朝食と、フィーザーのフローラへの弁明が終わると、3人は街へと繰り出した。
お祭りムード一色となっている街には、色とりどりの屋台や露店が溢れ、遠くからはパレードの太鼓の音が聞こえてきている。
街中の電子公告や環状リニアの車体の外側には、イベントステージの予定や催し物の概要などが表示されていて、そこら中にビラを配っている少しばかり肌色成分の大目な服を着た女性や少女たちが、自分たちの出し物のチラシを配っていたりする。
「フィーナ、見える?」
「はい。すごいです」
降誕祭の時期に限っては飛行魔法等、魔法に関する制限がある程度解除されている。言うまでもないことだが、その分警邏隊の仕事も多くなるのだが。
パレード自体にも飛行魔法、いわゆる重力制御魔法は使われているし、その他にも、花火をあげたり、幻想の光景を見せるのにも幻術、迷彩等といった魔法が使用されている。
もちろん、個人の力量に頼ったことではないし、演者の魔法師が協力して見せているのだが、それでもハイレベルなことに変わりはなかった。
「フィーナ、あんまりはしゃぎ過ぎないようにね。下に注意して」
フローラが注意をすると、フィーナは一瞬きょとんとした後、慌ててワンピースの裾を押さえ、その部分にも反重力の魔法を行使した。下の方では、パレ―ドを見ずに、首を伸ばしていた男性諸氏が、フローラに睨まれて、慌てて顔を逸らしていた。
「まったく‥‥‥」
パレードが目の前を通り過ぎると、3人は緩やかに着地した。もちろん、フィーザーは二人のエスコートに手を取っていた。
「クラスの皆に頼まれていた手伝いはいいの?」
「多分。本格的に混むのはもう少し、お昼近くになってからだろうし」
そんな風に楽観していると、フィーザーの端末が着信を知らせる。
「どうしたの、フェイリスさん」
「どうしたのじゃないわよ。案内がてらというのなら、うちのクラスの出店も手伝ってくれないかしら」
浮かび上がった画面に映し出されたのは、ノースリーブのエプロンドレスを着たセレスティアだった。画面の後ろには手を合わせるクラスメイトも、それからレド達の姿も見える。
「お昼までは2人、いえ、フローラさんもいるみたいだから3人かしら。3人で回っていていいから、出来ればこっちの事も思い出してくれると助かるわ」
「お昼まではって‥‥‥、今から行かないと間に合わないんじゃ」
「それじゃ、よろしくね」
通信が途切れると、フィーザーは二人の方を振り向いた。
「どうするの、お兄ちゃん」
「頼まれちゃったし、フェイリスさんには色々とお世話にもなっているからね」
元々、クラスの出し物は手伝いに行く予定だった。もっとも、もう少しゆっくりフィーナを案内できるのではとも思っていたが。
「まあ、向かいながらでも十分見て回れるかな。気になるところがあったら遠慮しないで」
フィーザーはフィーナの手を取ると、ふわりと宙に飛び上がる。フィーナも今度は初めからスカートを注意してフィーザーの横に並ぶ。
「じゃあ、お兄ちゃん。私は友達と約束してるから」
フローラは弄っていた端末をポケットに仕舞うと、フィーナにもう一度、一通りの注意をしてから背中を向けて飛んでいった。
「僕たちも行こうか」
「はい」
時折見えるステージの催しや、偶に腹をこなしつつ、2人は学院へ向かった。




