35話
降誕祭の時季は学院もお休みになり、ヴィストラントから大陸の方へ遊びに出かける人、また、逆に大陸の方から来る観光客とで、ショッピングモールやホテル、空港、港を中心に人が溢れ返る。
そのため、普段は混雑などほとんどないリニアの乗り場にも警邏隊の動員が掛けられるほどである。
ヴィストラントの至る所で、吹奏楽のコンサートや、個人や有志が集まった出店や屋台が準備されていて、そしてそれらに労働力として駆り出される者、もちろん自身で参加する者もいる。学院生でもバイトに精を出していたり、単にお客として祭りを満喫しようとしてたり、それぞれ楽しみ方は違うが、誰もがそれなりに慌ただしく、そして楽しんでいる。
中央議会や、特に学院からは羽目を外し過ぎたり、問題を起こしたりしないようにと、注意事項も多い。もちろん、形だけのものであり、毎年警邏隊や監視用のドローンが至る所を巡回しているものの、やはり騒ぎ過ぎたりと注意を受ける者は少なくない。
「だから、フィーナもいつも以上に気を付けて、しっかりとお兄ちゃんの腕を掴んでいなくちゃダメだからね」
降誕祭を翌日に控えた夕食の席で、まるで小さな子供に言い聞かせるように、フローラがフィーナに、何度目になるのか分からない注意をする。
結局、フィーナを案内して回ることは了承させられたものの、クラスメイトには宣伝のためと称したコスチュームと、ビラの束を渡されていた。
渡されたコスチュームを試着したフィーナを写真に収めたり、ポーズをとらせていたりと、フィーザーのクラスはホームルームが終了した後も大騒ぎだった。
「父さんと母さんは何か言ってた?」
フィーザー達の両親は大陸の方で働きに出ている。夏期休暇中も帰省はしてこなかったことだし(大陸の方の祖父母の実家にフィーザー達兄妹が里帰りしなかったのだとも言える)、降誕祭にはこちらへ戻って来るのではないかと思っていたが。
「難しいみたいだよ。やっぱり、どこもこの時期は忙しくなるからね」
忙しいだろう両親の事を考えて、兄妹は基本的に、緊急時以外では、テレビ電話の機能を使わない。メールでの連絡を主としている。
「こっちの事が片付くまでは父さんたちに不要な心配を掛けずに済んで良かったのかもしれないけど」
フィーナと出会ってから約半年。それだけの間、フィーナの居所を大まかにでも掴みつつ、それでも捕らえることのできていない彼らが、祭りに乗じて大掛かりなことを仕掛けてこないとも限らない。
「心配しないで、フィーナ。お兄ちゃんも、私も、いつでも一緒にいるから。フィーナにとっては初めての降誕祭でしょう? あれ? 初めてだよね?」
不安そうな顔を見せ、申し訳なさそうに俯いてしまったフィーナを励まそうとフローラが出来る限り明るい声で、しっかりとフィーナの手を握る。
「今までの事をよく覚えていなくても、これから先の事はきっと楽しい思い出に出来るよ」
フローラの視線を追う様に、フィーナの視線が自身の首元に下がる。
フィーナは愛おしそうに首から下げたネックレスを手に取って、幸せそうな笑顔を見せる。
「それいつもつけてるね」
サンクトリア学院はアクセサリーや小物に関して厳しくない。
宝石やロザリオの中には、媒介として魔力を向上させる力のある物も存在するため、テストでの使用は個々人の自主性に任されてはいるが、自身の実力を測るためのテストでそのような不正が行われたことは一度もない。
フィーナに送ったネックレスにはそのような力は込められていないし、そうでなくともフィーナの魔力はほとんど無限と言っても良いようなものなので、クラスメイトも教師も何か言うようなことはなかった。
「はい」
フィーナがほんのり頬に赤みを差しながら頷くと、フローラも、良かったね、とフィーナの頭を撫でていた。
「よーし。それじゃあ今から明日の衣装に着替えに行こう。私も、明日お祭りが始まっちゃう前に、フィーナの可愛い姿をじっくり見ておきたいからさ」
フローラがフィーナを連れて部屋へと入ってしまったので、フィーザーは夕食んお後片付けをする。女の子の着替えに同行するわけにはいかないからだ。
「お兄ちゃん、どうしてもというのなら―—」
「いいから早くしちゃいなよ。お風呂にも入ってないし、明日寝坊すると困るから、早いところ済ませちゃった方が良いでしょう」
分かり切っていた答えに、フローラはふふっと可愛らしい微笑みを漏らすと再び部屋へと向かっていった。
「まったく‥‥‥」
フィーザーも年頃の男子として、フローラには別にそういった気持ちを抱いたりはしないが、フィーナに対しては違う。
期待もするし、見えない、聞こえないと分かっていても、何となく、無意識的に、耳を済ませたり、足音を忍ばせたりしてしまう。
フィーザーが片づけ終わり、お風呂を沸かせるようセットして、リビングでくつろいでいると、慌ただしく扉の締まる音がして、階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
「‥‥‥フローラ、やっぱりこれは恥ずかしいです‥‥‥」
「ここまで来て何言ってるの」
先に姿を見せたフローラが来ていたのは真っ白はフリフリのドレスのようなワンピースで、天使の羽のようなものが背中についていた。
「なんだかんだ言いつつ、フィーナだって着たんじゃない」
恥ずかしそうに俯きながら、もじもじとしたフィーナが着ていたのは、背中のすっかり開いたノースリーブの白い衣装と黒い猫耳、それから尻尾だった。首の下には金色の鈴のついたリボンもつけている。
「あう、そ、それはそうですけど‥‥‥」
「お兄ちゃんも似合うと思うよね?」
妹に両肩を抱かれた、猫耳をつけた銀髪の少女を前にして、フィーザーは固まっていた。
それほど胸が膨らんでいるわけではないが、腰は折れてしまいそうなほどに、けれど不健康には見えないラインで綺麗にくびれていて、ミニスカートとストッキングの間の太ももと、恥ずかしそうにスカートを押さえる手と手袋、むき出しの真っ白な肩と細い二の腕が眩しい。対照的に、フィーナの顔は、これでもかというくらいに、耳まで真っ赤に染まっていた。
「あ、うん。‥‥‥とっても似合っているし、可愛いよ」
言葉をつっかえながらも、しっかりと目を逸らすことなく褒めるフィーザーを、フィーナが上目遣いに見上げる。
「本当ですか?」
「うん。寒くはない?」
「大丈夫です。思っていたよりも、生地が厚めで暖かいですから」
そんな風に見つめ合う二人の横で、フローラがデジカメのシャッターを切った。
「後で写真立てに入れて飾っておかなきゃ」
クラスメイトに渡せば、高額で引き取られ、ブースに引き延ばされた特大パネルが飾られることになっただろうが、フローラがそんなことをするはずもなかった。




